嗚呼怪我人生

狐照

前夜

手足が痺れ始めた。

今度こそ時間の問題か、ニヒルに笑って格好をつけてみた。

どう体裁を取り繕ってもずたぼろなのには変わりないのだし、結果も変わらないのだ。

ならせめて好きな風でありたかった。


なにもかもが面倒臭い。

瞼がかなり重たい。

内臓が重たいのなんてのは初めてのことだった。


やる気の失せた瞳は、すべての死を見てしまった死神のように深く暗い。


このまま死ぬか。


色々致命傷で、瀕死なのだから。


できることなら安楽死希望。


そう物騒な方向へ思考が流れ、消毒液とその隙間からドクダミの匂いを嗅ぎ取って、男は我に返る。


目の前の見慣れた光景に、男はくつろぎを覚えながら、


「じゃ、安楽死一丁…」


ぼそり、懇願してみる。


男にとっての見慣れた存在、医者もどきは、これまた場違いな白い歯を見せ、


「いっそ、そーしたい、けど、できなさそ」


俺はアンタの医者だものー。


軽口を叩き、いつもどおり上機嫌にあっという間に処置終了。


男はこれでまた戦える。


追い詰められもはやこの医者もどきしか味方はいない状況だが、それに不満はない。

むしろなんだか嬉しいとさえ思う。

だからこそ今のうちに、自分に執着する気味の悪い敵どもにどうにかされてしまう前に、死んでしまいたかった。

この医者もどきの手で。

そんな思いを顔に出すと、色々付き合いの長い医者もどきはやれやれと肩を竦ませた。


「ふふ…じゃ、コレ」


音を立て頬を撫でてからの深いキス。

舌に舌を絡ませると、何かを置いて離れてしまう。


「…んだ、これ?」


名残惜しいと不満たらたらな舌の上に残るは涎とカプセルのような物。

医者もどきがポケットから新たに取り出し、自らも口の中へ放り込む。


「かみ砕けばあっという間に死ぬ」


そして、医者のもどきである力を誇示した。

いやらしい、彼お手製の毒薬ということだ。


「捕まったら、そーしよ」


医者もどきが、まるで男の不安をすべて分かっているかのように抱き絞め囁く。


「囲まれたらさ、二人でそーしよ?」


こめかみにキスされ、男は白衣の背中を握り締める。


「大丈夫、体、溶けちゃうから、ね?」


狂気に満ちた劇薬を、優しい微笑みで大丈夫。

見つめるその糸の目は小さく灯った命さえ天網恢々祖にして漏らさず。

男はそんな医者もどきにすがり何度も頷いた。


うん、と。


そうして、そりゃあもう必死に二人は戦った。

極められた目の光の鋭さを互い絡め合わせながら、生きようとした。

でも、案の定、囲まれた。


医者は殺せ。


そっちは…ようやく手に入った…。


悪人面に悪人面、黒服に黒服。

死屍累々な様。


二人は手を取り合い、ふふ、鼻で笑う。


「…ふん…」


「おばーかさん」


嘲笑も同時、かみ砕いたのも酷似。


溶けて、

居なくなった。


ああ怪我人生。

最期の最期まであわあわと怪我塗れ。

されど愛しき怪我人生。

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