第2話異世界でも歩きながら「しりとり」


「母さん、国を手に入れに、ちょこっと森まで行ってくるね」

「そう。日が沈む前には戻りなさいよ」


 そう言いながら、執務室で忙しそうに書類と睨めっこしている女の名前はオサーナ・ナジミー。今世でのボクの母だ。


 母さんは、父さんと同じくどこかの辺境を治める伯爵家の四女で、父さんとは恋愛結婚。


 そんな母さんは今、王都にまで足を運んでいる父さんに代わって、あらゆる領主の仕事をこなしている。


 領主教育を受けていない元令嬢に領主の仕事が務まるのか、と思った人もいるだろう。

 でも、

 母さんは才女だったらしいし、大丈夫だと思うよ。

 

 念のため「だったらしい」と言っておくのは、今の母さんを見たら、誰も信じてくれないと思ったからだ。


 恋は盲目って言うでしょ?


 多分母さんのために用意された言葉だよ。これ。


 ボクはいつも父さんとデレデレしている母さんしか見たことがなかった。だからある日の夕食時に、父さんから昔の母さんの話しを聞いた時には思わず牛乳を吹いちゃったよ。そんなのあり得ないでしょ、てね。


 母さんが……王都の学園で主席!?


 その学校の偏差値の低さを疑ったのは当たり前だけど、セレナリカの父に聞いたら王国一の学園だってさ。


 ……母さんが王国一、か。


 前世であらゆることを受け入れる覚悟を整えたはずだったけど、ボクもまだまだのようだったよ。流石に反省したさ。


 そしてその日から幾日か経って、


 セレナリカの母が「どうしてオサーナはこんなにもポンコツになってしまったのかしら……はあ」とため息をつくところを見かけた。だから、


「慢性的な恋の病を患ってしまったんですよ」と言っておいたよ。


 ……そう。

 

 母さんは患ってしまったから豹変した、という形で、ボクは何とかあり得ないという方向に発散する事実を、収束させることに成功した。

 そのおかげで、ボクはありのままの、過、去、の、事実を受け入れることができたのだった。


「はいはーい。それじゃ行こっか!」

「そうですね。オサーナさん、行って来ます」

「おばさん、行ってくるね!」


 オサーナは仲の良い三人が元気に返事をするのを聞き、微笑ましく思いつつも、視線は手元の書類にあった。


 と、そこで、


「あっ、それと!」と何か思い出したかのように呟き、パッと書類から顔を上げた。

 が、


「あまり森の奥には行っちゃダメよ。あそこには……ってもういないわね」


 三人はすでにいなかった。



○▲▽▲○



「り、り、りんご!」

「ご、か。うーんと……ゴリラ!」

「「ゴリラ?」」


 貧乏男爵家のボクらには、「移動手段? 何それ馬車に決まってるだろ?」なんてことは当然ない。


 移動手段は基本的に徒歩。父さんのように王都に行くことがなければ、馬にすら乗ることもない。


 真ん中にボク。右にセレナリカ。左にディーナ。


 ボクら三人はときどき雑談を交えながら、肩を並べて野道を歩いていた。


 雑談の内容は、主に周りの景色のこと。


 ここら辺ってど田舎だよねー、そだよねー、ともう何回目かわからないことを、ね。


 そしたら突然、前世で田んぼに囲まれた野道を歩きながら、一人しりとりをしていたのを思い出した。


 ……あのときは一人ぼっちだったけど、今は二人の幼馴染がいるではないか!


 どこで語尾に「ん」をつけるか迷う必要がない。


 ということで、二人にしりとりの説明をし、しりとりが始まったのだった。


 しかし、始まってものの数秒で二人が「何それ?」と首を傾げたのが冒頭部分。

 

 さてと、どうやらこの世界の人間はゴリラを知らないみたいだ。どうやって説明しよう……。

 

 ボクは顎に手を当てて、「うーん」と前世の記憶を探っていく。探っていく。

 そして、ゲームに出てきたあのキャラを引っ張り出してきた。

 名前は確か、ドンキー……何だっけ?

 まあ、いいや。


「人間みたいだけどボクらよりも横に大きくて、全身が毛むくじゃら。それと胸を叩くと『ポコポコ』って音が鳴る動物だよ。あっ、あと言語は……ウホウホかな?」

「どうして最後が疑問形なのよ?」


 呆れ声でツッコんだのはセレナリカ。「ディーナは知ってる?」とレグルス越しに彼女を見て訊ねた。


「知りませんね。昔動物図鑑を見たことがありますけど、そういった特徴の動物は載っていなかったと思います」


 首を横に振りながら、淡々と答えたディーナ。

 

 ふむふむ。どうやらこの世界にはゴリラ君がいないみたい。

 

 ……えっ、だったらこの世界の人類って、何から生まれたの?


 という疑問を一瞬だけ感じないこともなかったけど、すぐにどうでもよくなった。

 ボクは生物学者じゃないもん。


 ゴリラの話しはもういいよね。

 これ以上存在しない動物のことを話し続けても仕方ない。ただの妄想人間になっちゃうし。

 ここは戦略的撤退をしよう。


「あっ、そういえば! 千年くらい前に絶滅したなんてことを聞いたなー……父さんから」


 今はもう絶滅したことにしておけば、

 そんなにも昔の生き物を知ってるなんてさすが(です)ね、レグルス(君)

 で、終われる。


 これならボクの全知全能性が守られるのさ、ふふふ。


「嘘ね。あなた適当なこと言ってるだけでしょ?」

「嘘ですね。ゴジラなんてはじめからいなかったのですよね?」


 ……うん。なんか余裕で嘘バレした。

 

 て、ん?

 なんか子音が違うよ、ディーナさん?


「ディーナ。ゴリラ、ね。ゴジラとか進化しすぎだって」

「「ゴジラ?」」

「……………っ」


 目をパチパチとさせながら、再び首を傾げる二人の姿を見て、ボクは悟った。いや、悟らざるを得なかった。


 あっ、この世界の人間に前世の知識を話すのはあかんやつだ。


 質問からの説明……からの質問。


 何この負のスパイラル。やめて! 


 ボクは、ハァと大きめのため息を吐くのだった。




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