イジワル魔法使いとスナオ見習い

.


 


「師匠ぉぉぉぉ!! 朝ですよ、起きてください!!」


 小鳥のさえずりが聞こえる陽気な朝。それに負けないくらい、私は大きな声で目の前の扉に向かって叫ぶ。

 しかし『実験室』と表記された部屋の中から物音一つしない。


「師匠!! 起きないとこの扉ぶち壊しますよー?!」

 

 ‥‥‥。


 静寂が鳴り響く。


 これだけ叫んでも返事がないなんて一体何事だと思う人は沢山いるかもしれない。現にそうである。

 だが、私の師匠の場合はただ師匠は朝に弱いというか理由で片付けられるので心配をする必要はないのだ。

 

「こうなったら強行突破だ‥!」


 扉を思いっきり開き、中へと入る。その瞬間に、薬草や化学品などの独特な匂いが鼻についた。床に資料集が散乱している。

 転ぶと大変だよ、そう呟きながら拾い上げ束ね始めた。


「それにしても本がいっぱいだなー」


 本棚に隙間残さず収まっている本を見つめる。入りきらないのかそばに積み重なって置いてあるのが何十冊もあった。


 実験室でなら師匠の部屋は一体どうなってるんだろう。


 ふと真ん中の机の方に目をやる。無造作に置かれた実験器具、使用したのか枝付きフラスコの中には奇妙な色をした液体が入っていた。

 その周りにレポート用紙と分厚い本。それらを囲むようにして間に机に突っ伏して眠り込む男性がいた。赤茶の長い髪を適当に結びっぱなしにしている。


 そう、このだらしない人こそ私の師匠だ。


「師匠〜。朝ですよー!」


 私は大きな肩を揺さぶる。むくりと少しだけ起き上がり、こちらに顔を向ける。目つきの悪い黒い瞳に私の姿が浮かぶ。


「五月蝿い‥‥」

「師匠ー! おはようございます!」


 不機嫌そうな顔を見せる師匠に構わず私は掛け布団を剥ぎ取る。ふわりと微かに薬の匂いがした。


 きっと昨日も夜遅くまで研究をしていたんだ‥‥。


「ってそれより、今日は仕事で研究所に行くんでしょう? 早く準備しないと遅れますよ」


 私の声が良く響くのか師匠はうんざりそうに耳を塞いだ。白衣に皺が付きますよ、と師匠の袖部分を少しだけ引っ張る。やがて、諦めたのかむくりと起き上がった。


 急いで白衣を剥ぎ取り洗面所へと向かった。後から、師匠も遅れてやってきた。蛇口を捻るかと思えば、自らの手で水を出し顔を洗う。

 タオルで拭いたあと、魔力を使って櫛を生み出し髪の毛を梳かし始めた。

 癖がついた髪があっという間にサラサラになっていた。


「すごい‥」


 思わず感嘆した。

 師匠の噂は街でよく聞く。なんでも、今話題の天才魔法使いらしい。魔法学校を首席で卒業し、卒業後も研究所で大活躍しているのだとか。


 師匠の話はあまり聞かないのでこれも噂の一つなのかも知れませんけれど。まさかこんな捻くれた性格の師匠が多大なる評価を得ているなんて。


 なんか、複雑っ!!


 しかも、その天才魔法使いの弟子が私って事も更に複雑だよ!!


「何見てるの?」

「い、いえ!」

 

 気持ちを悟られないよう、私も身支度を始めた。 



 仕上げに髪型を整え、綺麗に完成したことに満足する。丁度朝食を終えた師匠が、皿を洗っていた。

 見て見て! 師匠の所へと駆け寄る。


「師匠どうですか? 髪型ばっちり?」

「別に変わらないでしょ」

「もー! 師匠は乙女心を一ミリも分かっていらっしゃらないですね」

「君に乙女心なんて存在してたんだね」

「ちょっと失礼すぎませんか?!」

「強いて言うなら前髪‥かな♪」

「だーかーらー! 切りすぎちゃったんですってば!」


 眉毛より上に生えてる前髪を見て師匠は笑う。先日、自分で前髪を切ろうとして誤って切ってはいけない部分までハサミを立ててしまったのだ。


 それを目撃した師匠の顔は今でも忘れない。

 でも、と言いたげな師匠。


「良いんじゃない? よく似合ってるし、可愛いよ」

「えへへ〜! 師匠ったら!!」

「まぁ、君の可愛いはだからね」

「はいー?!」


 褒められて歓喜に浸った束の間、騙されたと絶望する。

 師匠が自分の部屋に向かっている間、私は腑に落ちない顔を浮かべていた。


 むー! こうなったら何か仕返ししなくちゃ!!


 ふと机を見る。椅子にかけられた良質な布が使用されたビターチョコレート色のケープコート。師匠のものだ。


 その時私の心の中が魔が差した。

 口角はニンマリと弧を描いた。


 しめしめ。貴方の見習いはされるがままの弟子じゃないんですって事を証明して見せます!!



 着替えを終わらせた師匠はとある物を取りにリビングへと向かった。朝食時に座った椅子を見る。師匠は眉間に皺を寄せた。


「ねぇ、机に置いてあったケープしらない?」

「し、‥‥知りませんよぉ〜?」

「‥‥」


 怪しいとでも言いたげな表情をしている。師匠はここぞと言う時、鋭いお方だ。いや、鋭く疑って貰わなければ意味がない。


「本当に?」

「い、いえす‥‥」控えめに返事を取る。


「じゃあ肩にかけてるのは?」

「っ! こ、これは‥」


 師匠は、私の肩にかけてある暗く鮮やかなコートを指差す。わざとらしく反応する私に師匠は更に嫌そうな顔を浮かべた。


「逃げるが勝ちですぅぅぅ!」

「あ、ちょっと」


 返せと言われる前に私はリビングから飛び出す。後ろからバタバタと追いかける音がする。

 

 少しの時間だが、師匠には困って貰いますよー!! その捻くれた性格にギャフンと見返してやるんだぁぁ!!

 

 そう考えながら、うっすらと微笑んだ。


 名付けて、師匠を困らす大作戦!!

 開始!



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