第3話  後輩の手料理

「今夜、仕事終わりに、先輩の家に夕食を作りに行きましょうか?

「え?なんでだ。別に来なくてもいいんだが」

突然、春風が、こんなことを言い出した訳は昨日,彼女の手作り弁当を食べた際にコロッケや唐揚げの出来立てが食べたいと零したことがきっかけだった。

 「どうせ、先輩のことだからコンビニ弁当とかで済ませてろくなものを食べていないだろうと思うのですが、ねえ、ちゃんと食べているんですか?」

「もちろん!ちゃんと食っているし!」


「へえー、先輩、お姉さんと一緒に食べているのですかー?!先輩のシスコン!」


「俺はアパートで一人暮らしだ!姉さんはいない。妹ならいるが」

あと、いい歳して、そんな子供みたいなことを言うな。という言葉は呑み込んだ。


「ちゃんと食べているからな、俺を誰だと思っていやがる!」

と強がる。本当は、春風が言った通り、いつも、夕食はコンビニ弁当で済ませていた。

 だけど、それを認めたくなかった。先輩としての矜持で、胃袋を掴まれたら負けな気がして春風からの申し出を断った。


 仕事から帰って夜、腹が空いた。

 そうだ、なにか食べようにも、冷蔵庫の中は食材を切らしていた。今日、仕事帰りに買って帰ろうと思っていたのにそれすら忘れていた。これから買いに出るのも面倒くさい。

 「仕方ない備蓄してあったコイツで空腹をしのぐとするか。」

俺が、冷蔵庫から取り出したのは十秒でエネルギーチャージできる栄養補助ゼリーだった。

 十秒チャージは済んだが、仕事帰りの空腹の状態で、それだけで足りるはずもなかった。

 (腹減ったなー)

途方に暮れていると、インターホンが鳴った。

誰だ?こんな時間に。と玄関に出てロックチェーンを外し扉を開けると、そこに立っていたのは、両手にスーパーの袋を持った春風」だった。

 「春風、どうしてこんな時間に俺の家にに来ているんだ?!」

「『どうして?』じゃないですよ!先輩からは断られましたけど、ろくな物を食べていないんじゃないかと思って様子を見に来ただけです!」


「様子見のわりには、準備万端だな」

どう見ても料理を作りに来る前提できているよな。スーパーの手提げ袋には食材がぎっしり詰まっている。割とガチ系だな。

「食材がなくてまた買いに出る二度手間は防ぎたかったので」


「お前が作ってくれるのか?」


「他に誰が作るんですか?」

「え?俺とか」

「できないでしょう?!先輩には!」


「失礼な!一人暮らしの男飯を舐めるなよ!これでも、今まで一人暮らししてきたんだ簡単な料理くらいはできる」


「そうじゃなくて、どうせ食べるなら女子が作った美味しい料理の方がいいでしょ?」


「そうだな、春風は女性と言うよりは女子」だもんな。」


「そこを同調しないでくださいよ!むさい男飯より女子料理がいいでしょって話ですよ」


「まあ、女の子から作って貰えるのだったらそれに越したことはないな」


女の子から料理を作って貰うなんてサービス料が発生しそうだな。


「で?レンタル料はいくら払えばいいんだ?」


「わたしは先輩のレンタル彼女ですか?!まあ、頼まれてもやりたくないですけどね」


「まあそうだな」

どちらかというと家政婦を連想したのだけど、これは指摘しない方がいいか。


春風を1LDKのアパートの中へ入れて、キッチンの中へ入ってしまった春風に俺は、

その場で立ち尽くす。

 「で?俺は、なにをすればいいんだ?」


「あー、調理の邪魔なので、リビングでゲームでもしていてもらえますか?」


「わかった、どうせ俺は邪魔者だよ」

家主を邪魔扱いしますか、そうですか。佐藤は不貞腐れて、プレイするゲームソフトを

選んでいると、春風から声が掛かる。


「そうだ、先輩、ゲームをするのはいいですけど、一八禁エロゲーのプレイは、お控えください。わたしも女なので......」


「バッカ!しねーよ、女の前でエロゲーなんて」

なんてことを訊くんだコイツは!恥じらいというものがないのか!?」


「いえ、男の人だから、そういうゲームが好きなのかと思いまして......」

顔が見えなくても顔を真っ赤にして照れているのがわかった。

 「おやおや、じゃあわたしが居なくなって一人の時はするのですか?先輩のえっち!」


「エロゲーはしないなというかやったことも無いし。俺は健全だからな!」

「それは、それは紳士的で素敵ですね。果たして、成人男性で、一度もその、したことが無いというのは、男として健全なのかはさておき。先輩、本当に男の子ですか?」

「うるさい、ほっとけ!」

「はーい。雑談はこれくらいにして、調理に集中しちゃいますね」


とエプロン姿で調理する姿は新妻ができたような感じで、少し、あらぬ妄想をしてしまった。

 今まで、このような妄想は幾度としてきたが、自分には縁の無いことと思い諦めていた。

 まさか、現実のものとなるとは思わなかった。彼女ではない。春風にそのような感情は抱いていないのだけど、自分の為に、料理を作ってくれる女の子がいるというのは、こんなにも

嬉しいことだとは思わなかったのだ。結局、ゲームには集中できなかった。

 「せんぱーい、できましたよー!」とキッチンから呼ばれる声に「ああ、今いく」とダイニングテーブルにつく。 

 出来上がった料理の数々は、この前、弁当に入れてくれた、唐揚げとコロッケ。出汁巻き玉子だった。味噌汁も添えられて、空腹で限界だったので食事にありつく。

まずは、味噌汁から。一口、啜ると味噌の味と程よいだしの塩梅が絶妙で美味しい。インスタントではこの味は出せないよなと手料理の有難さを嚙みしめる。

 次に、唐揚げを齧りつく、外はカリカリ中は肉汁が溢れてジューシー。

コロッケは外はサクサク中はホクホクでこれまた、美味い。

 出汁巻き玉子もだしが沁みて甘く手美味しい。玉子焼きは甘口派の佐藤には嬉しい。

 「うん、うん」と思わず声に出てしまうあたり、春風の料理に胃袋を掴まれてしまったらしい。

春風はモジモジして、こちらをチラチラ伺っている。


そうか、大切なことをわすれていた。料理を作って貰った者の礼儀。

 「美味いぞ、春風、ありがとう」

いくらこちらが美味いと感じていても、言葉にしないと伝わらないよな。

無言で食べていたたら、口合わなかったと不安になってしまうだろう。

認めるとしよう、後輩の通い妻の性能とやらを。

 そうして、その後の夕食は春風と談笑しながら進んだ。誰かと一緒に夕食を食べたのはいつ振りか。ブラック企業で働くようになってから、忘れていた温もりだった。

 まるで、実家で家族と一緒に食卓を囲んでいる感覚を思い出して、自然と目頭が熱くなった。

 春風には潤んだことは悟られないまま、久しぶりに安らかな充実した夜を過ごした。


***

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