終わりの椿は春を告げる

大甘桂箜

第1話 粛清

 五年前、現国王シャルル二世がフロレンス国王に即位した。


 前国王の敷いていた国内政策を踏まえながら、税制を見直しや、教育機関や街道の整備、流通や郵便制度の拡充など、更に広汎な施策を実行している。


 国王一家も即位当時から国民からの支持が高く、国王夫妻は仲睦まじく国民の憧憬を集めており、年若い王子や王女が式典に出席するとなると、馬車が通る道に人だかりができる程だ。


 即位から三年が過ぎ、政権も盤石になってきた頃に王弟が辺境伯へと任命された。


 代替わりに際し、当時の王太子であるシャルルと第二王子の継承権争いがあったのは、尾ひれ背びれのついた噂で平民まで知れ渡っていた。


 王弟の辺境伯任命を皮切りに、当時の王弟派と呼ばれていた派閥の粛清が始まった。


 それから二年、名だたる貴族や氏族、名士は財産を没収され国中の辺境や植民地へと左遷され、中には断頭台の露と消えた者も両手では足りない程いる。


 粛清の手が及ぶのを恐れて、持てるだけの資産を詰め込み国外逃亡する者も続出した。



   ☆

 数時間前まで外で鳴く鳥の声まで聞こえていたのに、今は雑多な音でかき消される。

 その音は時間が経つにつれて倍にも増す。


 王都の騎士がとうとうこの屋敷にまで来た。


「そろそろね。大丈夫? エステル」

 ソファで隣に座る義姉のマリーは、肘掛けにクッションを立て掛けて体を預けているエステルに声を掛けた。


 エステルは起き上がるために覚悟を決め、マリーの補助を受けながらゆっくり体を起こす。

 だが、やはりまだ完治していないので痛みが走り、息を飲んだ。


 心配そうに見つめるマリーに大丈夫と言ったが、それ以上の言葉は続けられなかった。


 痛む腰を摩る。

 ぎっくり腰になって三日が過ぎた。当初よりは痛みは引いたが、それでもまだ起居するにも難儀する。


「無理しないでね」

 マリーの優しさが、とても嬉しく体の内側に染みる。


 だが騎士が来ているので、対応はしなくてはならない。ゴーティエ家の血をひいている者はエステル一人なのだから。


 コルセットをつけることができないので、服は継母が妊娠していた時に着ていたウエストを締め付けないドレスを借りている。


 足音が近づいてくる。


 出迎えに出たのは、馬番見習いのアントンだった。


「王都の騎士の方がお見えになりました」


 十二歳にしては小柄なアントンの後ろには、頭二つ分くらい高い紺色の騎士の服を着た男が二人立っている。


 マリーは立ち上がったが、エステルがそれに倣うことはできなかった。


「出迎えができずに申し訳ありません。私は男爵アルマン・ゴーティエの長男の妻でマリーと申します。遠路遥々よくお越しくださいました」


 マリーが挨拶をして、エステルは座ったままの非礼を詫びてから中に入るように促した。


 入ってきた二人はともに背が高く、緩やかなくせのある黒髪で茶色の瞳の男性は隊長のポール・ダルマスで、金髪で青い瞳の男性は副隊長のジャック・パスカルと名乗った。


「私、お茶を用意してきます」


 マリーが部屋を出ると、彼女の姿が見えなくなるまで隊長は目で追っているのが目についた。


 向かいのソファに二人が座ってから、エステルは自己紹介をした。


「私はアルマン・ゴーティエの長女で、エステルと申します。腰を痛めて、起居することも難儀しておりますので、このような非礼をお詫び申し上げます」


 わずかに頭を傾けただけで、ぴしっと痛みが走る。


「ああ、無理なさらずに。お辛いようでしたら、横になってください」

 隊長はそう言うが、初対面の男性の前でそれはいくらなんでもできない。だが、その気遣いは有り難かった。


「では、お言葉に甘えて……」


 ソファの肘掛けに立て掛けてある大きなクッションを取り、前で抱えて縁に顎を乗せる。


 何も支えがないより少しだけ楽になった。


 ぷっと吹き出したのは、隊長の座るソファの後ろに立っている金髪の男だった。


「ジャック」

 隊長が嗜めたが、男の忍び笑いが収まるのは少し先だった。

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