第37話

 日はあっという間に過ぎ去り、もう魔王軍の職場体験は最終日を迎えた。

 昨夜に魔王様から仕事に就かないということを看破されてしまったが、きちんと最後まで手を抜かずに仕事をする所存だ。


 制服に着替え、魔王様の部屋をノックして中に入る。


「おはようございます魔王様。最終日も頑張ります」

「……う、うむ! よろしく頼むぞっ」

「……?」


 なんだか昨日の夜から魔王様の様子がおかしい気がする。ボーッとしているような、何かを思い詰めているような……。

 メンタルケアも秘書の役目だな。


「魔王様、何かあったんですか?」

「な、なんでもないっ!」

「ふむ……」


 鎌をかけるか? いや、だがこの感じ、何が何でも言わなさそうな雰囲気だ。心を読むのは恐らくバレるしな……。

 ここに来てやっと魔王様の威厳が見えてきた気がする。


 攻防戦というわけか、受けてたつぞ。


「魔王様、コーヒーです」

「有難う。……美味しい」

「今日も事務仕事ですよね?」

「ああ、そうだ」

「ちゃんと眠れましたか?」

「うむ、問題ない」

「今不安なことは?」

「それは、我は今日ア……――って、何を質問しておるのだ!!!」


 チッ、駄目か。じゃあ次だ。

 僕は魔王様のすぐ横に椅子を置いてそこに座り、優しい声色で話しかける。


「魔王様、不安なことは全部僕に吐いていいんですよ? なんせ秘書ですから。どうです、ゆったり落ち着きながら吐露してくださいませんかね」

「う、うぅっ……! む〜……だ、ダメだ!!!」


 これでもダメなのか!? どうやら本当に知られたくないことらしいが、苦しそうな魔王様は放っておけない!


 その後も何とかして聞き出そうとしたが、全て失敗に終わってしまった。メイドさんにも聞いてみたのだが、なぜか今日は無言を貫いている。何か神妙な面持ちだったが、なぜだろう。

 そんなことをしている間に、もう夕暮れ時が近くなってしまった。


(結局聞き出せないまま職場体験が終わりそうだな……)


 僕は制服を自室で脱ぎ、いつもの服装に着替えている。何をそんなに思い詰めているのか、僕は分かっていない。……いや、分かろうとしてないのか……?

 ズブズブと己の思考に沈んで行きそうになる僕は、ドアの向こう側の魔王様の声で引きずり出される。


『アッシュ、着替え終えたか? 入って良いか?』

「え、あー、はい」

「……なぁアッシュ、最後に魔界を見て回らないか?」


 はにかみながらそう提案をしてきた。

 急いでいるわけでもないので、僕は縦に頷いた。


「ふふ、そうか。では行こう」

(……あれ、魔王ってこんな笑い方だったっけ)


 頭の中に浮かんだ疑問を霧散させ、僕は魔王様の後について行った。


 市場や名所などを連れ回されるが、魔王様は不安げな顔が見え隠れする。この魔界の空のように曇天とした顔だ。

 僕はもう聞き出すことは諦め、魔王様のやりたいようにさせることにしていた。


 魔王様は『次が最後』と言って、二人で調査をした魔界の観光スポットである〝斜陽の崖〟に連れてきた。

 今は工事中だが、もう時間も時間なのでこの場所は人っ子一人いない。……いや、魔界にいるのは人ではないが。


「う〜ん、まだ斜陽は見えませんね」

「うむ……そうだな」

「…………」


 まただ。また曇った。

 今になって聞いてもいいのだろうかと思ってしまう。ただ事ではないのかと思ってしまう。


 暫し無言が続き、いよいよ雲の切れ間から陽が僕らを照らしてきそうになった。


「お、魔王様、もうすぐ――」

「アッシュ、こっちを向いてくれ」

「え? あぁ、はい」


 陽が隙間から顔を出し、僕らだけを朱色の世界へと誘う。そしてその瞬間、


 ――チュッ。


「んむ……ッ!? な、えっ!??」

「ぷはっ」


 僕の唇に柔らかい感覚が伝わった。

 何が起こったかわからなかったが、数秒立って脳みそが結論を導き出す。


(……魔王様から、……!?)


 魔王はキスをする事で子供ができると信じ込んでいる。なのに、自分から……? 何かの策略? 罠? 気まぐれ?

 様々な考察が飛び交う中、魔王様は口を開いた。


「いきなりで、すまない。でも、でも我はもう抑えられんかった。強く、カッコよく、隣にいてくれると落ち着くお前は、我にとってもう……」

「魔王様……?」

「アッシュ、我は――」


 俯いていた魔王様は顔を上げ、暗い顔が朱色に染まる。


「――


 その顔は、今まで溜め込んできたものを全て吐き出すように爽やかで、心地が良さそうな顔だ。

 けど、なんで――


「ごめん……アッシュ。我は、お前がいなくなるのが怖くなってしまった……! なんでもいいから、ここから消えてもお前を感じられるものが欲しくなった! こんな強引ですまない……! ひぐっ、我は、最低な女だ……!!」

「魔王、様……」


 紫色の瞳から、ボロボロと水滴がこぼれ落ちる。崩壊したダムのように、止まることを知らない。


「最後に見たかったんだ……! まともに、陽の光すら見れないこの魔界で、ちゃんとした、アッシュの顔が!」

「…………」

「きっとお前は人側の職に就くのだろうから、暗い世界にいる我とはもう……会えない、からぁ……!」

「…………ッ!」


 ……腹が立つ。

 勝手に自分で人の運命決めつけて、一人で抱え込んで、勝手に終わらせようとするその姿……。

 それプラス、見ないふりを、わからないふりをしていた僕がもっと腹が立つ!


「ノクテム」

「ぐすっ……。なんだ……?」


 憤りを感じて強く握りしめていた拳を広げ、それを曇天にかざして魔術を使う。


「【破撃テラ・インパクト】!」

「っ!!」


 ――ッドォォォンッッ!!!


 雲は衝撃で消え去り、辺り一帯陽光が照らした。世界が暖かい光に包まれる。

 流れる涙に反射して、ダイヤモンドダストの様に綺麗に落ちていた。


「暗闇にいるならいつでもこうする。何処にいようが、僕がいつでも陽の光を見せてやる。だから……そのふざけた口を塞げ、へなちょこ魔王が!」

「っ! で、でも我は……」

「でもじゃねぇ! 『何が魔王だから』とか『魔界だから』とか言ってるんだ? そんなの関係ないだろ」


 はぁ……。自分の中でも最近感じていたんだ。多くの女性が僕に好意を寄せているって。だから自重しなきゃと思って、ノクテムの気持ちを蔑ろにしていたんだ。

 だが、もう手遅れだったみたいだ。引き返すには遅すぎた。


「ノクテム、僕は自覚できるほど女性にモテるし女誑しで、女の敵だ。お前が僕を好きにっても、愛はきっと公平に配るよ。

 ……けど、約束をする」

「やく、そく……?」

「僕が、お前の心を壊してしまった責任は必ず取る。……だから、こんな僕でもいいなら――」

「あっしゅ!!!!」

「うおっと」


 最後の言葉を放つ前に、ノクテムは僕に抱きついてきた。


「よがった……! よがったアッシュぅ!」

「……はぁ。はい、よしよし」


 服が涙でビチョビチョになるが気にせずに頭を優しく撫でる。


「今日でここは立ち去るけど、いつでも会いに行くし、会いに来てくれ」

「うんっ!」


 やっぱ、笑顔が似合うな。

 僕もつられて口角が上がる。だがノクテムは少し目を泳がせてからこんなことを言ってきた。


「あ、あの……。まだ実感湧かない、から……。アッシュから、してほしい……」

「……わかったよ魔王様、仰せのままに。ほら、目瞑れ」

「えへへ♡ んっ!」


 やれやれと思いながらも、僕は陽が沈むまで、ノクテムが満足するまで口付けを交わした。



[あとがき]


ア「因みにだがキスで子供はできないぞ」

魔「な、何ぃっ!?!?」



よ゛か゛っ゛た゛ね゛ノ゛ク゛テ゛ム゛!!

ということでね、エッな展開無しの愛で締めでした。エッをさせたかった読者も、これを見て砂になってください。それか口から砂糖吐いてください。


第2章ももうそろお終いよ〜。

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