第20話「ゼス、ゲヘゲラーデンの論文を王宮に届けに行くのこと。」

「ここで、ここで働かせてもらえませんか!?」

 縋るように叫ぶルーチェ。それは、万事控えめな彼女が、最初に発した願いであった。

「ほう?」

 てっきり、金子や物、あるいは名誉でも欲しいのかと思っていたのか、妙な表情をする国王。

「ルーチェちゃん!?」

「……本気なの、ルーチェ」

 思わず、たじろぐ二人。だが、ルーチェの決意は揺るがなかった。

「はい!」

「……ルーチェ、であったか」

 先ほどの妙な表情を改めて、真剣な顔で前に乗り出してルーチェの眼を見る国王。

「はい」

「宮仕えは決して楽な道ではないぞ。聞けば父が村の神官であると聞く。そちらで安穏に暮らした方がよほど楽だが、それでも宮仕えを選ぶというのか?」

「はいっ!!」

 一方で、元気よく答えるルーチェ。その顔は、いかにも晴れやかであった。

「……よかろう、神官ならば文字にも精通していよう。まずは書館付書記官として励むがよい」

「ありがとうございますっ!!」

 最敬礼をするルーチェ。余程嬉しいのだろう、上がった顔は引け目のない満面の笑みであった。

「……して、その方らの願いはなんじゃ。かなえられる範囲ならば先ほどのようにかなえてやろう」

 そして、次はクヴィェチナが発言した。

「私は……。

 私は、生まれ故郷のビダーヤ村をもっと繁盛させたいのですがそのためにはどうしても自分たち村の者だけでは限界がございます、どうか、国王陛下の命によって邪魔物を叩き壊してくれないでしょうか?」

「む?」

 ……それは、如何にも珍妙な願いであった。何せ、彼女の村にはゲヘゲラーデンがいるのである。だが、彼に頼ってはならない理由が存在した。

「恩師は現在、所在をバレるとまずい身、お願いします!」

「……そうじゃの、あやつがおぬしの村にいることが諸国にバレたら、また埋伏をやり直さねばならん。よかろう、兵は手配しておく」

 ……ゲヘゲラーデンの魔力紋が観測されたら、ひどく面倒なことになる。それは言うまでもなかった。そして、クヴィェチナが頼み込むということは、当然ながら破壊するにあたって魔力紋が閾値を超える部類の"邪魔物"であった。

「ありがとうございます!」

「……して、ゼスであったな。おぬしは、どうする?」

 そして、残っているゼスに向き直る国王。前二人が物理的な願いではなかったが故に、さすがに眼前の少年は物理的な願いだろうと踏んだのだ。だが。

「ぼ、僕は……」

「どうした?それとも、願いはないのか?」

「僕は、魔法が使えるようになりたいです!」

 ……ゼスもまた、物理的な願いではなく概念的な願いを頼んだのだった。

「……ふむ?」

「恥ずかしながら、僕は恩師から魔法の授業を受けていてもまだ炎の魔法の初歩すら使えません、なので、魔法が使えるようになりたいんです!」

 彼は、自分だけゲヘゲラーデンから教えを受けても魔法が使えないことが、たいそうな劣等感であったのか自分に魔法の才能があるのかどうかを国王に聞くのだった。

「……トゥオーノ、どう見る」

「ははっ、魔力量は申し分ないと思われます。問題は……」

 ゼスの肌は浅黒く、瞳や髪の色も黒い。それはすなわち、魔力自体は豊富にあるということであった。すなわち、ゼスが魔法を使えないのは魔力量の不足以外の理由が存在していた。

「……まあ、そうじゃの。そこまで魔力がある割に、魔法が使えないのはなんらかの原因がありそうじゃな。よかろ、ゼスよ。まずは王国の研究所に通うが良い、検査結果によっては、おぬしも魔法が使えるようになれるやもしれん」

「ありがとうございますっ!」

 かくて、三人の願いは聞き届けられた。それは、如何にもそれぞれのそれぞれらしい願いであった。

「それでは、打ち上げを行うとしようかの。トゥオーノ、悪魔アイバキップは逃げておらんだろうな?」

「当然でございます」

「よろしい、ならば宴会じゃ!」

 そして、悪魔の討伐を記念した宴会が始まった!

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