第13話「近衛隊長ロベンテ、不審者を見つけ現行犯逮捕を試みるのこと。」

「なんともやれやれ、なかなか強情だったな……」

 宿を出るロベンテ。どうにかルーチェの宿代を出すための説得をルーチェに対して行った後、宿の亭主に三人部屋の数日分にわたる宿代を渡して詰所へ戻る支度をし始める。

「ん?」

 そして、ロベンテが詰所へ帰る途中、妙な光景が目に飛び込んだ。いつもは治安の関係上静まり返っている聖貴狼広場に人が群がっているのだ。

 違和感を感じたロベンテは群衆に問うてみた。

「おい、何があった」

「誰だアン……げっ、近衛隊長」

 完全に当惑した不審者。無理もない、近衛隊長に犯行現場を押さえられたとあっては彼の命も風前の灯火であるからだ。

「なんだ、俺に見られると拙いものか」

「やばい皆、ずらかるぞ」

「逃すかっ!」


 およそ十数分の逃走劇が終わり、近衛隊長は無事不審者の一網打尽に成功した。

「貴様等、ここで何をしていた!」

「けっ、誰が話すかよ」

「なら、話させるまでだ」

 薄暗い裏路地に不審者を追い詰めたロベンテは少々強引だと自分で思いながらも現行犯逮捕を試み始めた。だが……。

「おっと、不審者とはいえ取り調べの際の暴力は禁じられているはずですぜ、近衛隊長様よ」

「ぐっ……」

「そいじゃ、あばよ!」

「待てっ、逃がすかっ!!」

 そして、またしてもロベンテと不審者の持久走が始まった。

 :

 :

 ……数十分後。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」

 完全に息が上がった不審者。眼前の近衛隊長にここまでの体力があると思っていなかったのか、もはやこれまでといった様子で諦めていた。

「ちぃぃっ、こんなしょっぺぇ王国にお前みたいな手練れがいるとは……」

 一方で、一応毒舌を吐く余裕があるのか、息の上がった方の不審者と共に縛り上げられた不審者は眼前の近衛隊長を抱えている王国を呪った。

「観念して、情報を言え!」

 その辺の消火用のホースを使い、巧みに不審者のコンビを縛り上げたロベンテは殴りたい気持ちを抑えつつ、不審者に対してにらみを利かせた。

「……わかったよ、わかりましたよ!」

 縛り上げられた不審者が白状する構えを見せた。それはロベンテ相手にこれ以上の立ち回りは不可能であることを悟ったことでもあった。

「あ、兄貴、言っちゃっていいんですか?」

 息の上がっていた不審者が相方を兄貴と呼ぶ。どうやら、二人組には上下関係があったようだ。

「しょーがないだろ、命あっての物種だ!」

 それは暗に、命の保証さえあれば情報を吐くというものであった。無論、そんなことをすれば今度は雇い主からの抹殺も考えられたが、そもそも彼らのような人物が知り得る情報はそこまで多くはなかった。

「ふむ、自白するならば司法取引に応じてやらんでもない」

 一方で、ロベンテもかなりの体力を消耗したのかその辺の壁にもたれかかった。一応、構えは解いていないが、相手が逃げる気を失ったことを確認したためである。

「ああ、わかったよ、俺たちゃ確かに木っ端盗賊だが今はただの木っ端盗賊じゃねえ、コイツの密輸を雇い主から受け取ったんだ」

 と、瓶の詰まった箱を指さす兄貴と呼ばれた方の不審者。その瓶には翡翠と琥珀が入り交じったような色をした液体が蓋一杯にまで詰め込まれていた。

「なんだ、その瓶は……まさか!」

「ヒューッ、ご明察!そう、かの魔力回復薬、「チワカス」の現物だ。コイツをそこそこの高値で売りさばけば俺たちゃ大金持ち、って寸法だ!

 どうだ、隊長さんも一本」

 と、違法なのは明らかなチワカスを一本勧める不審者。無論、隊長はきつい形相をさらにきつくし、

「汚い輩の薬なんか飲めるか!」

とそっぽを向いた。さすがに、チワカスのような貴重な薬品を割るのはまずいと思ったのか、叩き落しこそしなかったものの、それは不審者らの癇に障った。

「へーへー、近衛隊長様ともなればお高く留まってやがら」

 兄貴と呼ばれた方の不審者が、あざ笑いと侮りと怒りの混じった顔でぼやく。と、弟分の方が「何か」に気付いた。

「兄貴、ひょっとして……」

「あ?

 ……あ、……あ、……あ、アンタまさか……。

 「ン・キリの雷光」!?」

「その名前で呼ぶな!」

 「ン・キリの雷光」。それはかつて、ロベンテ・トゥオーノがまだただのトゥオーノだったころの通り名であった。

「へ、へへぇっ、命だけはお助けをぉぉ!!」

「い、命だけは、命だけは……」

 ロベンテ・トゥオーノの正体を知るや、たちまち神妙になる不審者。彼らのような木っ端盗賊にとって、その名は下手な拷問よりも効果的であった。

「それは今後のお前らの改心度合との相談だな。詰所まで歩け!」

「ちっ、運が悪いぜ、ン・キリの雷光相手の立ち回りなんかできねえっつうの」

「だから、その名で呼ぶな」



 ややあって、ロベンテ・トゥオーノは城に戻った。

「思いの外時間を食ったな……」

「あ、隊長」

「おかえりなさいませ、今日は妙な犯人が捕まったみたいでやす」

 隊長の帰還に際して、当番の近衛兵が駆け寄ってきた。そして、彼らのもたらした情報は、ロベンテにとって意外なものであった。

「妙な犯人?」

「なんでも、かの大魔導士ゲヘゲラーデン様の論文を盗んだ変な奴がいたらしくて……」

「……へんなやつ?」

「へい、背丈は……」

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