第6話「ゼス一行、全滅の危難を迎えるのこと。」

「せっ!」

「甘いっス!」

 ゼスは、ゼンゴウの証である師匠からもらったばかりの小太刀を使い、ショケンネズミに対して連続で攻撃を仕掛けていた。だが。

「ぜやっ!」

「ふっふっふ、どこを狙ってるっス!」

 ゼスの剣は、ことごとく外れた。彼もゼンゴウの腕前を認定された通り、年頃の子供よりは余程強いのだが、所詮殺し合いを経験していない素人である。そもそも、ショケンネズミの持っている武器は短いとはいえ槍だ、剣側ゼス戦術コマンドとしては懐に飛び込めねば勝機は薄かった。

「ゼスくん!……ええっと、詠唱してたら間に合わないわよね……ひとまずこれで!」

 見るに見かねたクヴィェチナが詠唱を省略した得意の「フィレ」と「ガンマ追跡」の要素を持つ「プロクス・トマホーク」による魔法を連発し攻撃を行う。詠唱という段階を飛ばして魔法を発動する行為は本来、魔法を覚えたての素人には非常に難しいのだが、その魔法が初歩的なこともあり、彼女も使い慣れている要素であったこともあり、無詠唱による魔法発動をこの土壇場で可能にした。それ自体は驚異的なことであったのが、如何せん火の粉を飛ばしただけであり、それも混戦故の悲しさか、あるいは距離が長いからかことごとく外してしまう。

ウィル、命の灯よ我が魔力によって威を強めよ、ベンテ・ラ・ミルカ!!」

 そうこうするうちに、ゼスにも疲労の色が見え始めた。慌てて回復魔法を実行するルーチェ。そもそも回復魔法は消費する魔力の割に回復力は物理的な手当てにくらべてそこまで高いものではなく、さらに言えば回復魔法の根幹である「ウィル」要素の使い手自体が希少なのだが、その肝心の「ウィル」による回復魔法も状況を覆すには至らず、じりじりとゼス一行は押され始めた。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」

 肩で息をし始めるゼス。彼は気づいていないが、練習用の木刀と実際の剣とでは、重さから重心位置まで異なる。知らず知らずのうちにその差は彼を蝕んでいた。

「どうしたっス、もうおしまいっスか?

 それじゃ、おしまいなら今度はこっちから行くっス!」

 戦闘が始まってから数分。明らかにゼスは疲労の色が濃くなっていた。それを見計らったのか、ショケンネズミは軽々と槍を振り回すや、思い切り槍でゼスを切りつけた!ショケンネズミがなぜ「初見」と言われるかの由来である回し槍必殺技だ。

「ぐあっ!!」

 ゼスは、運よくショケンネズミの槍の柄の部分をたたきつけられた。通常、ショケンネズミと素人が戦うと先ほどの「回し槍」によって槍の穂先が首にあたり、死ぬことが多かったのだ。それに比べれば、間違いなく幸運と言えた。そして、ゼスが生きていることを見るや、クヴィェチナは今度こそ呪文による攻撃を成功させようと詠唱を始めた。

フィレガンマ追跡ベルンクーゲル速さティラ狙撃……」

「まだまだぁ!」

 多少、よろめきながらもどうにか地に足をつけなおすゼス。吹っ飛んで体勢を崩さなかっただけまだ運はよかったが、その体力は完全に消耗しきっていた。

「火よ速やかに敵を貫き灰燼に帰せ、プロクス・エレフデント!」

 そして、距離が開いたのを見計らって一気に魔法を叩き込むクヴィェチナ。だが……。

「ん?何か当たったっスか?」

「嘘……」

 ショケンネズミは無傷だった。否、多少の傷は負ったのかもしれないが、見た感じ平然と立っている様子だった。何せ、クヴィェチナにとっては一番威力のあると思われる必殺の魔法攻撃である。その要素は、「火」、「追跡」、「力」、「速さ」、「狙撃」といったもので、こぶし大の火(火、力)がショケンネズミめがけて(追跡)非常に速く(速さ)、妨害が無ければ確実に(狙撃)届くという、直撃した生命体は大火傷を負い、死の危険も考えられる魔法であった。しかしその"最強魔法"も、ショケンネズミ相手にはたいして役に立たないことが発覚してしまった。

「そんなっ、そんなっ……」

「ゼスさん、しっかりしてくださいっ!!

 ……ウィルノキン、命の灯よ我が魔力に従いてほとばしれ、ウカヤ・ラ・ミルカ!!」

「うう……」

 クヴィェチナの瞳が絶望に曇る。その間にゼスはルーチェの治療を受けていたが、ルーチェの思念が乱れているのか、あるいはゼスの傷が非常に深手なのか、「命」だけでも回復効果があるにも関わらず、さらに「守り」の要素まで付属させた上級の回復魔法を使っているにも関わらず思ったように回復しない。そうこうしているうちに、ショケンネズミが笑いながら近づいてきた。

「クックック、面白いっスねー」

 ショケンネズミがあざ笑いながら即座に殺してしまうよりもよりもどういたぶってやろうかといった眼をして迫る。

 ここに、パーティーは全滅の危難を迎えた。

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