第2話



 真剣を構えて剣を振る。

 時に無心で、時には色々とモノを考えながら……

 額に、四肢に玉のような汗を滲ませながら……


 意識しないでも技を、攻撃を繰り出せるのは理想的と言われる。


だが、本当にそれでいいのだろうか?


 剣を振りながら他所事を考えるのは、果して剣術の頂きに近づくための修行と言えるのだろうか? と、まるで哲学者や思想家、宗教家のようなことを考えながら、十五年以上日課にしてきた素振りを続ける。


「どんな時でも稽古を欠かさないのは立派な事だが、たまには稽古から離れ、別の視点から剣を見るのも立派な訓練なると思うぞ? アンドリュー」


 俺の自問自答は親父の一言で中断された。

 

あの何とも言えないぼーつとした状態が好きなのに……


「剣は数日振らなければ腕が鈍る。免許皆伝をされたとはいえ、天測流の四代目当主として他流にも門弟にも負ける訳にはいかないんだ!」


「養子だからと言ってそこまで気にするな。お前の母は俺の姉なんだからな……それにお前の生家は一度は天下に名を轟かせた騎士家の一族じゃないか……それに四代目当主が重荷なら優れた弟子を五代目にして養子に取ればいい」


「この辺のクソガキや、古くからある地主や土着騎士は大体末裔を名乗っているじゃねーか! 俺は末端とは言え騎士に成れたことは誇りに思ってる。養父オヤジのためにも出来れば実子か縁者に継がせたい」


「なら、親孝行と思って彼女の一人でも連れて来い。それで結婚して孫の顔でも見せとくれよ……」


「親父が道場に出てくれないせいで、俺がほぼ毎日道場に出てそのせいで出会いがないんだが……現状で文句があるのなら見合いの一つでも用意してくれよ」


「……ぐっ! 弟子に可愛い娘はいなにのか?」


 恐らく、嫁を消化してもらう付け届けや結納金を考えると……少し懐が来るしいのだろう。


「道場でしかも弟子相手に恋愛するつもりはないよ……大体道場で剣を学ぼうな奴は騎士の家の出でもない限り、男も女も器量の良い奴なんてほとんど居ないさ……居たとしても腹の中に大切な何かを置いてきた異常者か、やむにやまれぬ事情を持った奴だけだ」


政略結婚以外で、こんな田舎に嫁いできてくれる貴族の娘が居るとは思えない。当家の収入は貴族としては低く、二十人を一年養える程度だからだ。


 男も女も剣を学ぶ奴は、それ以外に選択肢がないか成り上がるために剣を学ぶのだ。

 騎士、兵士、冒険者、傭兵。剣を学べば立身出世の機会があるのだから……


 かく言う俺もその一人で、野山を駆けまわりながら隣村と水を巡って木剣で喧嘩をしたり、他流はへ喧嘩を売ってボコボコにしてボコボコにされて今がある。


 宮使えの騎士になるなんて言う大それた野望は捨て、後はどうやって道場での収入を増やすか? その一点に掛かっている。

 門弟が増え、名が売れればもしかしたら領主さまの元で剣を教える名誉を賜れるかもしれないからだ。


 数年前まで剣と女と夢のことだけ考えて生きて来たのに、道場を継いでからは金と剣のことしか考えていない。


まぁ道場の知名度や俺自身の運なんかを考えれば身の丈に合った人生なんだろうな……


ゴーンゴーンと鐘の音が聞こえてくる。


「そろそろ稽古の時間だな……俺は屋敷に居るから何かあれば呼んでくれ……」


 そう言うと戸を開け屋敷に引っ込んでしまう。


「薄情者め……」


 そう呟くとゾロゾロと生徒達が入ってくる。


「「「「「せんせい、おはようございます!」」」」」

「「「「「師範、おはようございます!」」」」」」


 農民、商人、傭兵、兵士、冒険者、人族、獣人族を始めとする亜人種、を始めとする大人や子共、男女さえも問わず道場に門弟が押し寄せる。


「おはようございます。四代目」


 挨拶してくれたのは、ウチの流派で指南を務めている中年の男性で、人が良さそうな柔和な笑みを浮かべている。


「おはようございます。エルヴィズさん申し訳ありませんが、今日も子供達への指導をお願いします」


 そう言うと頭を下げる。


「基礎からしっかりと教えますよ」


 エルヴィズさんの剣は質実剛健で、基本的に忠実で変な癖がないので実践は兎も角、教導としては優れた人物だ。

 子供達の元に向かうエルヴィズさんを見送ると、勝手に試合形式の稽古を始める大人達を諫めるべく踵を返す……


「失礼する。ここは、天測流剣術の道場に相違ないか?」


 玄関の方を見ると、立派な旅装束に身を包んだ紳士が立っていた。

 腰には立派なロングソードを一振り差している。


はて? 誰だろうか? 入門希望者だろうか? 大人なら大抵門弟の誰かに付き添われて入門してくることが多いので、随分とイレギュラーな事だ。


 身なりから察するに、冒険者や傭兵、農民と言った比較的お金の無い人々とは異なる事が分かる。

 次に考えられるのは豪商や、貴族の家臣だが……貴族の家臣はほぼあり得ない。

 何故ならこの地は都に座する王領の飛び地だから管理者である宮廷貴族は、年に数度来ればいい方で大体は部下か家の事を差配する家令に任せているからだ。


首を傾げていても仕方がない。本人に訊いてみよう……


「はい。ここが天測流剣術道場です。申し訳ありませんが貴方は?」


 黒い帽子を右手で脱ぐと、


「申し遅れました。私は第十騎士団所属。中隊長のフェルディナンドと申します。本日は天測流当主さまにお話しがあって都より参りました」


 フェルディナンドと名乗った男の容貌は年若く、アンドリューの少し上と言った程度だ。

 その若さで都で中隊長を務めているのだから優秀と言えるだろう。


「天測流四代目当主は私です。申し遅れましたアンドリュー・フォン・ウォルトと申します。さぁ上がって下さい前当主もお呼びいたします……」



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