第3話
普段飲む事のない茶葉ををカップに注ぎ、談笑している二人の元へ運び淹れる。
都に存在する騎士団は領主の子弟、家臣であったとしても優秀な能力を持つモノならば所属することを夢見る最精鋭集団である。
その中隊長さまが態々お越しになったのだ。並大抵の事ではないだろう……もしかしてかつての弟子が都でやらかしたとか、戦争のために事前徴兵とか……嫌なことが脳裏を過るが悩んでいても仕方がない。
客に出す用の茶葉の入った缶を開け、中から茶葉を取り出し茶を淹れ盆に乗せる。
「粗茶ですが……」
そう言って木製のコップに注がれた紅茶を差し出す。
「かたじけない。紅茶ですか……値も張るのに申し訳ない」
貧乏貴族の懐事情にも明るいとは……この騎士様はどんな経歴を歩んできたのだろう?
騎士が貧乏なのは事実だが、高給取りの宮仕えの騎士様に言われると腹が立つのか談笑している父の目が鋭くなる。
「して……中隊長殿御自らお越し頂いたのですから、並々ならぬ御事情があるのでしょうな?」
と紅茶を啜ると父が呟いた。
それに答えるようにフェルディナンドさんは事情を語り始める。
「実は都には在中している貴族家の子弟や家臣、貴族自信に武芸教育を施す機関である。『
都が近いとは言え、都には剣術道場は山のようにある。師範を務めているのはその道場に付き数人いる訳だから、その人達にお願いすればいいのに……田舎の剣術道場の三代目、四代目に持ってくる話としては荷が重すぎる。
爵位や地位で負けている。イケイケの少年たちに剣を教えろとは実に胃が痛くなるような話だ。
「ほう。それは名誉なことでございますなぁ……」
父はそう呑気なこと言うと「ですが……」と不穏な言葉を付け加える。
「ご覧いただいた通り、当流派天測流は来るものを拒まず去る者を追わず。身分の貴賤なく分け隔てることなく剣術などを教えております。都での指南役になれば、当家、当流派の名声はうなぎ登りでしょう。しかし、プライドの高い領主貴族やその家臣、都にいる宮廷貴族の方に当流派の……いいえ、私の指導方針が合うとは到底思えません……」
「……確かにそうかもしれません」
フェルディナンドさんは力なく父の言葉を肯定する。
しかし、諦めるつもりはないようで、拙いながらも自身の考えを言葉にしていく……
「亜人共生を謳ってはいますが、我が国での亜人の扱いは依然と良いモノではありません。彼ら亜人が成り上がる為にはドワーフであれば鍛冶、エルフであれば魔法などのように固定化された道しかありません。
多くの田舎道場では農民や商人関係なく剣を習うことが出来ますが、亜人にまで教えている道場は多くありません。これからの時代、騎士も多様化し……変わっていく必要があると私は考えています。そのために天測流の方にご指導頂きたく、お願いに参ったです」
そう言うとフェルディナンドさんは座ったまま頭を下げる。
「騎士さま頭を上げてください!」
俺は慌てて頭を上げるように、フェルディナンドさんに声を掛ける。
「当流派の事は百も承知の上でのことと言う訳ですな……」
しかし、父は冷静に言葉を発するのみ。
父の言う通り、天測流は指導する相手を選ばない。
男女、身分、種族さえ問わない。必要なのは剣を学ぼうとする意志と、金だけだ。
都の剣術のような「騎士とは何ぞや?」なんて言う精神的な鍛練は放り投げ、ただひたすら命を奪う術を教える。戦場で発展した剣を色濃く残した実践的な殺人剣術なのだ。
「私はもう年ですし、都への旅でもバテテしまうでしょう。しかし息子は違います。私とは違うこれからの人間です」
「!?」
俺は思わず父の方を振り向いた。
断る流れだと思っていたのに、何故か話題は俺を中心としたもに成っていく……
「
手前味噌では御座いますが、三代目を継いだばかりの頃の私よりもよほど強い、それでいてまだまだ発展途上。他流派の先生方と切磋琢磨出来るのであればより、強力な剣士となるでしょうな……自分勝手なお願いでは御座いますが、フェルディナンド様。都で愚息の面倒を見て貰えないでしょうか?」
父はそう言うとフェルディナンドさんに対して頭を下げる。
「指導の件を受けて下さるのならば、この剣に誓って面倒を見る事を誓いましょう」
「それはありがたい……」
そう言って父はもう一度頭を下げる。
「父さん。俺自身無いけど都で剣術師範をやってみるよ……都一の剣術流派として天測流の武名を轟かせられるように頑張るよ!」
俺の言葉を聞いて父は涙を流す。
「道場は任せて置け、弟弟子のエルヴィズと俺でなんとかするからお前は自分の事だけ考えろ。だからしばらくは何があっても帰ってくるな」
「!?」
「そう驚く事でもないだろう? お前は自分の年を考えろ……水の奪い合いで木剣を振って奪い合う年齢ではないだろう?」
「……うんそうだね……」
「そろそろ跡継ぎを作らねばなるまい? そのためには結婚をする必要がある。都には宮廷貴族や領主貴族の子弟が多くいる。縁を結ぶには丁度いいと思わないか?」
「……つまり結婚するまで帰ってくるなって事ね……」
「アホ! 婚約したら帰って来いと言っているのだ。結婚は家と家の事だ。仮にも貴族ならもっとしっかりとしろ!」
「はいすいません」
「フェルディナンド様、田舎者ゆえ不作法があると思いますがコレからよろしくお願いたします」
「アンドリューくん。これからよろしく……先ずは都に行こうか……」
そう言った。フェルディナンド様の顔は俺を酷く憐れんだ様子だった。
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