〜慌てる従業員たち〜

「一樹店長……」

 彼は震える声で俺を呼んだ。

「どうしたんだい?」

「さっきのお客様がいたお席に、こんなものが……」

 黒いアタッシュケースだ。確か昨日も彼が持っていたような……。そんなビクビクするようなものじゃないと思うんだけど。

「それと、なんかカチカチ鳴ってるんです……」

「えっ!?」

 まさか爆弾か?あの優しそうな彼がそんな物騒なものを持ち歩きなさそうなのに……。そのとき、景虎が「見せてください」と言い、ケースを手にした。

「すごく重量感ありますね。確かにタイマーみたいな音もしますね」

「これってやっぱり、ば……」

 俺は思わず和真くんの言葉を遮った。

「ダメだよ。他のお客様もいらっしゃるんだから、そんな物騒なこと言っちゃ……」

「怪しいケースだなんて、なんだか映画みたいな展開ですね」

 景虎が楽しそうにしている。そして、さらに衝撃的な発言をした。

「中を開けて確認してみますか?」

「だ、ダメだよ!!もし、店が吹き飛んだらどうするんだ」

 景虎いつも最前線にいるからとても楽しそうだ。それから和真くんに聞かれないよう、小声で俺に囁いた。

「もしかして、その人……ヤクザではありませんよね?」

「うん。違うと思う。そしたら、俺の刺青に気付くと思うから……」

「じゃあカチコミとかではなさそうですね。安心しました」

 俺たちはまだ和真くんに正体を明かしていない。だから、彼の前で物騒な話はしないようにしてる。

「2人で何の話してるんですか?」

「な、何でもないよ。それよりさ、警察に連絡した方が良さそうだよね」

「じゃあ俺、警視庁に知り合いの処理班がいるので連絡しておきます」

「ありがとう。それまで、これどこに置こうか」

 ケースの置き場所に困る。万が一のことを考えると、この店には安全な場所がなかった。

「休憩所に置きましょう。和真、不用意に近づくんじゃないぞ」

「はい」

 景虎がスマホとケースを持って、休憩所へ向かう。

「俺たちはいつも通り仕事をしよう」

「はい」

 数分後、電話を終えた景虎が戻ってきた。

「1時間後に来てくれるって言ってました。裏口に来るよう伝えてあります」

「ありがとう」


 それから1時間後、景虎のスマホに着信が入った。

「もしもし着いた?今、裏口の扉を開けに行くから待っててほしい」

 話しながら裏口へ向かって行った。そのとき、ドアベルが鳴って和真くんが向かった。もしかして、彼が戻ってきたのかな。気になって俺も入口に向かうと、そこにいたのは警察官の制服を着た高木さんだった。彼は獅龍組の近くにある交番で勤務していて、食堂によく来てくれるんだ。

「高木さんどうしたんですか?」

「近くまで来たからホットコーヒーを買いに。口コミで噂のパンケーキも食べたいんだけど、まだ仕事中だからさ……」

 俺は思わず彼の腕を掴むと、彼はとても驚いていた。

「ちょっと来てください」

「急になんだよ……俺は料理なんかできねえぞ」

「違います。いいから来てください」


 高木さんを連れて行くと、処理班の方がケースの外観を覗き込んでいる。

「あれ、九条さんじゃないですか?」

 高木さんに名前を呼ばれて顔を上げる彼。九条さんも嬉しそうな表情を浮かべている。2人はどうやら知り合いのようだ。

「高木さんも呼ばれたんですか?」

「いや俺はたまたまコーヒーを買いに。それにしても、一体何があったんですか?」

「なんでもこのケース内に、爆破物疑惑があるみたいです」

 それを聞いた彼はとても驚いた。

「それはヤバいですね……俺に何か手伝えることありますか?」

「ちょっとケースの音聞いていただけますか?」

 彼は耳を押し当てて、

「……確かに聞こえますね。チクタクと。それになんだか重量もある……」

 すると、九条さんがケースを受け取って言った。

「思い切って開けてみましょうか」

「ば、爆発しませんかね……?」

 俺の心配をよそに九条さんは冷静な口調で言った。

「本体を見ないことには分かりかねますね。とりあえず、開けてみましょう」

 九条さんがケースを開ける。すると、中に入っていたものは……。



続く。

 



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