〜2人がまさか……〜
和真くんが彼女を連れてきた日から1週間後の夕方、和真くんがやってきた。
「こんにちは一樹店長」
「いらっしゃい、和真くん。いつもの席空いてるよ」
水とおしぼりを運ぶ。なんだか今日は少し元気がないような気がする。
「どうしたの?何かあった?」
訊ねると、彼は少し視線を伏せながら神妙な顔つきで答えた。
「実は……飯島さんに告白をしようかと思って……でも、まだ早いかなって悩んでます」
その言葉に、一瞬思わず微笑んでしまった。こうして真剣な表情で相談してくるのが、いかにも彼らしいから。
「そっか。それで悩んでたんだね」
「はい。一度しか遊んでないのに、気持ちを伝えたらびっくりさせちゃうかなって……」
彼の不安そうな様子に少し考え込む。
「うーん、和真くんの気持ちが本気なら、いずれは伝えたほうがいいんだろうけど……」
「ですよね……でも、タイミングがわからなくて」
俺は優しく微笑みながら答えた。
「焦らなくてもいいんじゃないかな。もう少し飯島さんと楽しい時間を過ごしてみたら?お互いを知ることで、自然といいタイミングが来るかもしれないよ」
和真くんは少し考え込んだあと、ふっと笑顔を見せた。
「そうですね……一樹店長の言う通りかもしれません。もうちょっと頑張ってみます」
彼が少し安心したように見えたのを見て、こちらもほっとする。
「また会う約束はしてないの?」
そう聞くと、和真くんは困ったように首を横に振った。
「してないです。次に誘う口実が見つからなくて……それに何て言えばいいかわからなくて」
和真くんの悩む様子に、俺は少し考えた。前に飯島さんのことを聞いたとき、どんなこと話してたっけ。
「飯島さんって、カフェ以外にも好きなものなかったっけ?」
「えっと……映画が好きって言ってた気がします。近々気になる映画が公開されるって喜んでいたような……」
「ほら、それだよ!」
「『この前言ってた映画、俺も気になってたんだ。一緒に行かない?』って聞いてみればいいんじゃない?」
和真くんは目を丸くして、それから少し照れくさそうにうなずいた。
「そんな感じで大丈夫なんですかね……でも確かに自然かも」
「そうだよ。それに映画なら二人で過ごす時間もちょうどいいし、会話のきっかけにもなるでしょ?」
「なるほど……ありがとうございます!早速誘ってみます!」
「うん、がんばってね。飯島さんもきっと嬉しいと思うよ」
和真くんはスマホを握りしめながら、メッセージを打ち始めた。彼が緊張しながら打っている姿が、青春してるなと感じた。
数分後、彼が顔を赤くして画面を見せてくれた。
「送っちゃいました……返信、待ってみます!」
彼の顔には、不安と期待が入り混じった表情が浮かんでいた。俺も彼の恋を見守るような気持ちで微笑んだ。
そのことを景虎に話したら、「若いっていいですね」と言っていた。料理を運んだとき、彼から「返信きました」と言って、再び画面を見せてくれた。
『一緒に行ってくれるの?嬉しいなぁ。いつ行く?』
「ええっ!?すごいじゃん。またデート行けるね」
「はい!!すごく嬉しいです」
笑顔で返信している。行く日は映画公開初日の日曜日だそうだ。その足でカフェにも来てくれるらしい。彼は着ていく服がないと言って焦っている。
「服はあんまりかしこまらない方がいいぞ。素のままでいい」
手が空いた景虎がさりげなくアドバイス。デートの話楽しみだな。
※※
デート当日、映画を見終えた2人がやってきた。私服2人ともいい感じじゃん。
「映画どうだった?」
軽いノリで訊いたら、興奮冷めやらぬ状態で口々に話し出した。俺、聖徳太子じゃないから無理だよ……。
「よっぽど楽しかったんだね。今度ゆっくり聴かせてもらおうかな」
2人は映画の話でかなり盛り上がっている。2回目のお出かけということもあって、和真くんはとてもリラックスしているように感じる。彼女も楽しそうにしていて、とても良い雰囲気だ。料理を運んだ景虎も同じことを思ったらしい。
「とても良い雰囲気ですね」
「ね。これなら告白もしても良さそうだよね」
「次のデートあたりで告白してもいいんじゃないでしょうか」
景虎が2人のテーブルを覗きながら言った。俺もそれに納得した。
※※
「ねえ、川崎くん。今日は何にする?」
メニューを見ながら飯島さんが訊ねてきた。普段見慣れない私服姿にドキドキしながら、僕もメニューを眺めた。
「今日は大盛りのナポリタンにしようかな。お腹もすいたし……」
「じゃあ私、目玉焼きがのってるハンバーグにしようかな。手作りパンもつける」
メニューをオーダーした後、僕は勇気を出して訊ねた。
「そ、そういえば飯島さんって好きな人いる?」
その質問をした後、彼女の頬がほんのり赤く染まる。
「うん……」
一体誰なんだろう……。この先は訊ける勇気がない……。悶々としていると、飯島さんも同じ質問をしてきた。
「川崎くんは?」
「ぼ……僕もいるよ」
「そうなんだ。私の知ってる人?」
僕の心臓がドキドキと音を立てている。告白するなら今しかないかも。僕は再び勇気を出して気持ちを伝えることにした。
「うん、そうだよ。今、目の前にいる。僕の好きな人は飯島さんだよ」
彼女はとても驚いている。そして、僕の手をそっと握って言った。
「嬉しい……私も同じ気持ちだから」
「えっ、そうだったの!?」
こんなに嬉しいことはない。僕は夢でも見ているのだろうか。試しに頬をつねってみる。うん、ちゃんと痛い……。
「ちなみに、いつから僕のことを?」
「カフェの投稿を見たときからかな。文章や写真を見て気付いたら気になってた。きっと優しくて良い人なんだろうなって。しかもカフェに誘ってくれて思わず勘違いしちゃうところだった。まあ、実際両想いだから勘違いじゃないんだけどね。告白されたときは本当に嬉しかったし。これからは定期的に2人でここにデートしに来ようね❤︎」
とびっきりの笑顔を向けられて僕は心臓をおさえた。こんな可愛い子が僕の彼女だなんて……。今すぐ一樹店長に報告したい。
「お待たせ2人とも」
料理を持ってきた一樹店長に付き合うことになったと伝えると、めちゃくちゃ喜んでくれた。
「告白するの3回目のデートのタイミングかと思ってたよ。やるなぁ和真くん」
「ありがとうございます♪」
俺は2人に料理を出した後、景虎にも報告した。彼も驚いていて、2人に「おめでとう」と言いにいっていた。いやあ、本当に良かった。2人の今後を見守っていこう。
※※
2人のことがひと段落したある日、席を片付けていると、お客様の忘れ物かな。アタッシュケースが椅子に置いてあった。この忘れ物がきっかけで、あんな騒動が起こるなんて、このときの俺は知るよしもなかった。
終わり。
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