君を愛するために生まれてきた
@Nchann
第1話
ざわざわと客はそれぞれにキャストとおしゃべりに興じているが、少し賑わいの落ち着いた店内では、アップテンポなダンスミュージックが流れていた。ズンズンと身体の芯に響くビートが、なんとなく気持ちを上げてくれる。
付き合いで来たゲイバーだったが、案外サービスも良いし酒も美味い。
そちらの気はないが、接客してくれるバニーガールならぬバニーボーイたちは、それはそれで可愛らしく色っぽかった。顔立ちのレベルやスタイル、年齢なんかもきちんと選別されているのか、見苦しいキャストは一人もいなかった。
同僚に、面白い店を見つけた、と最初はアトラクション感覚で連れてこられただけだったが、程よく酔いも回って気持ちの良い金曜日の夜だった。
私を連れてきた同僚たちはみんなまだ行く店があるとかで、そそくさと帰ってしまったが、私はとくに定期的に顔を出さねばならないような女の子の店もなかったし、一人残ってカウンターでちまちまと美味い酒を煽っていた。
先程から常連らしき客の1人が隣に座り、なにやら話しかけてくる。不快ではない距離感だったので、私はそのままにして愛想良く適当に相槌を打っていた。
「おはようございまーす!」
遅い時間だが、いま出勤してきたらしい男の子がニカッと人好きのする笑顔でカウンターの内側に入ってきた。
愛嬌のある幼げな顔立ちだが、身体は綺麗に筋肉がついてピチピチになっているバニーの衣装が各所にめり込むようで、そのギャップがまた良かった。周りで接客していた男の子や裏方たちも、おはよう、と柔らかく返している。
「アオくん、今日も元気だねぇ」と隣の常連客がにこやかに話しかけた。
「おう!サイトウさんは2週間ぶりやね?」
特に興味もなかったが、かれこれ30分以上隣で話をしていた客の名前をそこで初めて知る。
「隣のお兄さんは….ゴメン、今日、初めて?」
そうだよ、と軽く手を挙げて私は返す。アオくんと呼ばれた彼は、明らかにほっとした顔をした。
「良かったあ。結構出勤してんのに金曜日に来てくれるお客さん覚えてないとか洒落になんねぇからさ」
へへ、と笑う顔は、こういった夜の店で働くような擦れた感じが微塵もなくて可愛らしい。律儀な子なんだな、と思った。サイトウ、という隣の男が「アオくんなんか好きなの飲んでいいよー」と声を掛けたので「ありがとう!飲み物もらってくるね!」と彼は元気に返事をして風のように場を外した。
しばし、心地よい沈黙があった。平和な夜だ。あと2杯くらい飲んだら帰ろうか。そんなことを考えてたときだった。
「彼さ、いくつだと思う?」
サイトウが話しかけてくる。
「アオくんっていうさっきの子のことですか?童顔なのかもしれないけど、若いですよね。21とか2とか」
「それがさ、なんと今年で28」
「え!?」
酔っていたのもあって存外大きな声が出た。そこまで店内は静かじゃなかったので目立ちはしなかったが、はっとして、すみません、と呟いた。サイトウは、「オドロキだよねー」と軽い調子で返した。
「彼はさー、ただただ、何かが上手くいかない、子なんだよね」
この場に居ない人のことを根掘り葉掘り聞くのもどうかと思ったけれど、流れで、「なにがですか?」と返したところで、アオくんがにこやかに戻ってきた。
「サイトウさん、ジンジャエール貰ってきちゃった!ありがとう!」
カンパーイ、というアオくんの明るい音頭で、3人で杯を合わせる。頂きます!と甘いソフトドリンクを煽る彼はとても28には見えない。
「お兄さんはサイトウさんの知り合い?サイトウさんが連れてきたん?」
アオくんは明るい調子で私に話しかけてきた。
「いや、1人で飲んでたらサイトウさんから話しかけてくれたんだよ。いま、アオくんの話を聞いてたんだ。君、すごく若く見えるから、年齢聞いてびっくりしたよ」
「え、サイトウさん、どこまで話したん?俺の身の上話は初めてのお客さんの掴みのテッパンネタなんだけど!?」
サイトウは「そうだと思って先に導入をね、アオくんのために」と口を挟み、アオくんは「さっすがサイトウさーん!」と場を盛り上げる。
「みんなさ、俺のどこがダメだったのか必死に検討会してくれるんだよ。もう何時間も。サイトウさんは、『つくづく運がないだけ』みたいなめっちゃ俺に優しいところで着地してくれてるよね」
「『おおらかすぎる』とか『ちょっと多動っぽい』とか色々みんな意見があるよね」
サイトウはそう言ってグラスの残りを飲み干すと、アオくんはすかさず、同じものでいい?と飲み物を用意する。客のこともよく見てる、優秀なキャスト。
「まだなんにも。変わった経歴なの?」
私もちまりと自分のグラスを煽った。28にもなって際どいバニーの格好で夜の店に勤めてる子なんて、みんな一癖も二癖もあるに決まってるので、一応は礼儀として聞いた。アオくんは、そっかー、と言って店内をちらりと見渡すと、「今日金曜にしてはお客さん落ち着いてるし、忙しくなったら中断だけどさ、良かったら俺のテッパンネタ、ちょっと聞いてよ」と少し眉を下げてへらりと笑った。
何回もそんな困ったような笑顔を繰り返してきたようだった。何度も何度も話したから、もうなんとも思ってない、その痛みが鈍く遠くなったような話なんだと、なんとなく感じた。
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