第43話名手サイモンと直人②

サイモンは、無理な要求はしてこなかった。

「音楽は、無理強いされてやるものではないからね」


直人は、ホッとした。

やはり、いきなり本番というのは無理。

事実として、サイモンの後にステージにのぼったジャズコンボ(ベース、ピアノ、ドラム)のレベルは、直人の(ジャズに慣れていない)耳にも、相当高いレベル。

直人は、とても、素人が下手な腕をさらす場ではないと判断した。


マスターが、二人に珈琲を出した。

「直人君、カリキュラムに、サイモンのレッスンを入れてもらうのもいいよ」

「お金はかからない、後はサイモンと時間の打ち合わせだけ」


サイモンは微笑しているので、直人はサイモンの承諾の意と判断した。

すぐに杉本瞳と南陽子が来て、タブレットを持ちながら、サイモンと時間を交渉。

サイモンの初レッスンは、明後日の午前10時から、と決まった。


直人がサイモンに

「よろしくお願いいたします」と深く頭を下げると、サイモンは直人の手を握った。

「たまにはレッスンもしたいのさ。君とは話が合いそうだ」

「器用そうな指だね、指で音楽がわかるよ」

「得意なのは、ショパン、リスト?」


直人は驚いた。

「はい、その時期の曲が好きです」

「バッハ、モーツアルト、ベートーベンももちろん好きですが」


マスターが直人にそっと耳打ちをした。

「サイモンは20年前のショパンコンクールの優勝者」

直人は、背筋がいきなり伸びた。

「恐れ多い、僕なんかでいいのかな」

「近所の先生に習っただけ」


サイモンは、そんな直人を抱きかかえた。

「だからレッスンだよ、厳しくやるかな」

「でも厳しくなるのか、楽しくなるのかは、直人次第かな」


ステージのジャズコンボに女性ボーカル(金髪の老婦人)が加わった。

昔の映画音楽(ムーンリバー、慕情、シャレードのテーマ)を情感も声量もたっぷりに歌い上げている。


サイモンは、聴きながら目を細めた。

「彼女も、かつてはアメリカのハリウッド女優のトップクラス、様々な事情で、ここにいる」

「でも、ここを楽しんでいる」

「彼女にもレッスンに加わってもらうかな」


直人は驚いた。

「サイモンさん、ジャズレッスンも?」


サイモンは笑った。

「何でもやるよ、僕らは」

「日本人プレーヤーは、ジャンル分けが厳しいようだけれど」

「日本人のクラシック奏者は、それ以外を馬鹿にするらしいね」


そこまで話すと、サイモンは別の客に呼ばれた。

直人と軽く握手をして、その客の席に移って行った。


直人は、自分の部屋に戻ることにした。

ライブバーで聴き続けることより、睡魔が勝った。(既に午後10時半)

廊下を歩きながら杉本瞳

「ライブバーは午後4時から深夜12時まで、毎日営業です」

南陽子が続いた。

「ご希望とあれば、明日も来られます」


直人は自分の部屋(大きな部屋)に戻って驚いた。

新品のギターとアップライトのピアノが運び込まれていた。


杉本瞳

「この部屋は防音室になっておりますので、深夜でも練習は可能です」

南陽子

「少しでも、リラックスをと、支配人からのプレゼントです」


直人が、ピアノを少しいじっていると、沢田看護師が部屋に入って来た。

何か、直人に「伝えたいこと」があるような、表情をしている。

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