第2話 紗紀

 私の名前は縁行寺 紗紀(えんぎょうじ さき)。高校2年生の普通の女子だった。

 髪は内向きのショートボブで、染めていない。

 書道部に所属する、ごく真面目な女子だったんです。

 唯一、普通と違っていたのは、梵字が好きだってことくらいでしょうか……。


 あの時、私は青信号を確認して横断歩道をわたっていました。

 そこに、信号無視で突っ込んできた白い乗用車が一台。

 不幸中の幸いというか、渡っていたのは私一人だけだったんです。

 直進してくる車と、運転席で驚いた顔をしているオバサン……。

 パキンという乾いた音と、金色に霞む視界。

 ああ、死ぬんだなって感じた瞬間でした。


 私は自作のお守りを持っていました。

 2センチ×3センチほどの木片に、梵字でカーンの文字が書いてあります。

 カーンは酉年(とりどし)を守護する文字で、不動明王を司どっています。

 効果は、すべての災難を除き、光の道を示してくれると学びました。


 そう、不動明王様は私を護り、この事故から私を救い出してくださったのです。



 次の瞬間、私は鬱蒼と茂った森の中に佇んでいました。

 バッグからハラリと草の上に落ちたのは、二つに割れたカーンのお守りでした。

「あっ、ありがとうございました。」

 割れたお札をハンカチに包み、私はバッグにしまいました。


「おい、何か光ったけど、何があった!」

 そういって駆け寄ってきたのはロビンフッドみたいな恰好をした20才くらいの男性と、ガチャガチャと音を鳴らしながらゼイゼイと息をきらせて歩いてきた全身鎧で大きな盾を持ったおじさんでした。

「あっ、あの……。」

「そういえば見慣れない恰好してるな。お前どこから来た?」

「えっと、神奈川県です。」

「カナガワ?そんな町あったかな?」

「見たことない服だし、別の国から来たんじゃねえの?」

「……。」

「で、どこに行くんだ?町に帰るなら一緒に来るか?」

「すみません。何も分からないんです。町へ行かれるなら、ご一緒させてください。」

「分かった。俺はコロンで、こっちの爺さまがトイだ。」

「私は、……シャキです。」

 シャキというのは、友達から呼ばれていたあだ名です。

 サシャというチョコが流行ったときに、漢字が同じという理由で命名されました。


 私は学校から帰るところだったので、制服のままです。

 ブラウスとカーデガン、スカートにスニーカー、背中にはリュックです。


「それで、嬢ちゃんの適正は何だい。」

「適正……って、何ですか?」

「ほら、僧侶とか魔法使いとかあるだろ。まあ、戦士系じゃねえよな。」

「すみません。本当に突然さっきの場所に飛ばされてきて、何がなんだか分からないんです。」

「そうか、まあ、少しずつ慣れればいいよ。貯えもあるから、当分は俺たちが面倒をみてあげるよ。」

「はあ、コロンはお人好しだからな。まったく、付き合いきれねえぜ。」


 町について冒険者ギルドというところに立ち寄ってから、彼らの家に連れていかれました。

 も、もしかして……、大人の階段を登っちゃうのかしら……。

 でも、この世界で頼れる人もいないし、トイさんだと困るけど、コロンさんなら……。


「ただいま。」

「お帰り、どうだった?えっ、その子は?」

「森の中で拾った。」

 ああ、私は拾われたって認識なんだ……。

「へえ、まあ、身なりはちゃんとしてるけど、ちょっと胸が貧弱ね。これじゃあ、買いたたかれちゃうんじゃない。」

 あっ、私は売られちゃうんだ……。ポロポロ……。


「馬鹿な事いうんじゃないよ。ほら泣いてるじゃねえか。」

「ゴメンゴメン。それで?」

「どうやら、迷い人みたいだな。」


 迷い人……。迷子みたいなものなんだろうか。



【あとがき】

 唐突に、異世界転移になりました。舞台は第1話の数年前にさかのぼります。

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