こんな私が恋を知って

なし

第1話 2人の転生

「なぁ、やっぱり選ぶべきヒロインはこいつだと思うんだよ」

「は?絶対こっちに決まってるだろ」

「カキカキカキ...」

 今日も、ここdoscodeで行われる雑談VCは忙しい。

 ここは"オタケン"。なんでそんな名前が付いたかって?ただのノリだ。

 今日は、とある大物RPGのヒロイン戦争をしている。時間は深夜25時、金曜日。つまり土曜日深夜だ。

 今俺が話してた相手は、ニックネーム"もりのくまさん"、通称くま。普段から長編魔法もののラノベを愛している、読書家にしてオタクだ。

 それはそれとして、俺は小説よりエロゲのほうが好きだ。なんでかって言ったら、まず音楽。そしてたくさんのイラスト、常に目の前にいるヒロイン。これは小説では味わえない。そして小説と違って自分でルートを選び、考え、掴み取る。小説と同じようにとても素晴らしいストーリーはもちろんだけど、...

 おっと話が。でもオタクって正直こんな生き物だと思う。


 会話の途中でふと、明日も仕事なことを思い出す。

「やべ、そろそろ寝なきゃ。おやすみー」

「おう、おやすみー」

 ピロン。通話を切って、てきぱきとベッドに入る。いつもいる謎の絵描きさんはいつの間にかいなくなっていたし、すでに27時を回りそうだった。明日も、おっと今日も仕事だ。


 朝。スーツに着替え、朝食を食べて、歯を磨いて、出勤。今日も普通に仕事をして、普通にまたオタク話をして、寝る。そんな生活が繰り返されると思っていたのだが...

 キキーーーーッ  ドン!!!

 居眠り運転か何かわからないが、トラックに轢かれた、っぽい。血が流れているのは見える。いや異世界転生ものかよ。いざ現実になってみると、そんな転生ものに書いてある通りというか。思ったより痛くないし、それより寒い。

 というか、俺のたくさんのゲームコレクションはどうなるんだよ!!!売られるのはまずいし、とはいえ家族に見られるのも...

 ましてや、あのPC!あそこには、もっといろいろとやばいものが...

 そんな高速回転する頭と裏腹に全く動かない体、さてどうする。

 ...。

 結局、どうにもならないまま意識が闇に落ちていった。


 死んだと思ったら、視界に赤ちゃんとしての体が映る。いわゆる、転生ってやつだ。

 といっても、別に神様に会ったわけではない。なんでそんなことが言えるかって?

 前世の記憶があるからだ。といっても、死んだ後の記憶が明確にあるわけでもないが。きっと神様に会っていれば今頃神と話した記憶なりが普通は残っているだろう。


 今、俺は日向ひなた 知花ともかとして、ここ日向家3人家族の一員として生きている。

 ラノベ風に言えば、TS+転生だ。まさかこんなことがあるとは。

 いや、そもそも小さい頃は前世の記憶があるっていうし、そんなものなのか?だってまだ3歳だし。

 正直なことを言えば、運営がいなくなったオタケンがどうなったのか。自慢のエロゲがどうなったのか。すごい見に行きたい。でもやはり3歳、体はそこまで動くはずがない。高速回転する頭と動かない体。あれ、こんなつらい記憶、前にも。頭が痛くなってきたので床に寝転ぶ。

 これが夢とかではなさそうな以上、おそらくこのまま生活していかなければいけないのだろう。

「言葉遣い、気を付けないとなぁ」

 幼心かおっさん心か、心の中でそうつぶやいた。


 ◇


 俺、いや私 日向 知花 が轢かれた日、また別の場所では。


 俺、こと"もりのくまさん"は書店に向かうお昼過ぎ。人の多い交差点を抜ければ、すぐ目の前にこのあたりで最大規模の書店がある。

「今週は名作の新刊がいっぱい発売されてるんだよな~わくわくするぜ。」

 そんな呑気に歩いていたら、横からトラックが。避けるなんて考える暇すらなく。

 轢かれて、力なく横たわる。いざ死に直面して、でもそんな状況下で考えることもあまりない。走馬灯も特に見えない。今日買うはずだった新刊のこととか、将来出るであろうラノベの話の続きが気になるとか、それくらいだ。

「こんな時に家族のことを普通は考えたりするのかな」

 そんなことを考えたって答えてくれる人なんていやしないが、ふと頭の中でつぶやく。

 実際死んだらどうなるのかわからないけど、それならいっそ本当に神様がいて強力なスキルを覚えて異世界に降り立つとか、そんな物語を考えたことがないわけではない。

「転生したらかわいい美少女にでもなりてぇなぁ」

 力なくつぶやいて、息絶える。せっかくの遺言は、こんなくだらないものになってしまった。

 後に二人は同じ時代、同じ地域に転生することになるのだが、それはまだ神様以外誰も知らない。

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