群翼のヴァルキリー

スフィラ

プロローグ

《きゃ…


最後の味方「リール7」との無線が途切れたと同時に、レーダ照射の警告が響き始める、方向は右後方、味方がいた位置


ニ対三で先手を取り一対三に持ち込んだ

圧倒的に有利だと思っていた


でも今はどうだ

こんな分厚い雲だらけのところに誘い込まれてジャミングの餌食となり一機ずつ墜とされていく

雲から出ようなんて発想に至る前に、飛んでいるのはリーダーである「リール3」ただ1人になった


レーダー照射の警告が、いきなりミサイルアラートに切り替わる


「ああっ⁉︎」


ありったけのチャフをばら撒きつつ、右へ回避機動を取りはじめた瞬間、至近距離で爆発が起き、破片がフレームに穴をあけ身体を切り裂く感覚に顔が歪む


損傷の具合は、不幸にも戦闘に支障が出ない程度であった


ここで墜ちていれば、余計な恐怖を感じずに済んだというのに


「なんで…なんで撃ってこないの⁉︎」


ロックオンアラートはまだ鳴り響いている

さっきの着弾の速さからして相当近くにいる

しかし相手は撃たない


遊ばれている事に対する怒りと、鳴り続けるアラート、そして獲物を追い詰めるかのように大きくなっていくジェットの音による焦りと恐怖が、どんどん冷静さを奪っていく


「クソっ!来るなら来い悪霊め!お前なんか!」


虚勢を吐いた瞬間すぐ横を何かが通り過ぎて行く


それを目で追おうとしても見えたのは雲に吸い込まれて行く機関銃を握りしめたままの右腕だった


「あっ…あぁ⁉︎」


フライトスーツの止血機能と痛み止めの投与により苦痛は和らぐが、それでも切断面が焼けるように痛む


「うぐあっ!!!」

 

間髪入れずに後方から2撃目


左腕が切り落とされる


「ぎっ⁉︎」


上から下に更に3撃目


すれ違い様に右脚が右エンジンユニットごと切り落とされた


大量のアラートが鳴り響く


「やだっ…やだやだやだぁっ‼︎」


恐怖と激痛にパニックを引き起こしたリール3は、片エンジンを失い、バランスを崩しながらも奴が消えていった方向の逆へ、とにかく逃げようと上を目指す 

その間にロックオンアラートは消え、ジェットの音も消える


振り切ったと思ったその時


「ヒッ」


雲を出た瞬間、目の前から下へ消えていったはずの敵、「ドルフィン5」が現れた

もう訳がわからない


空中で地上戦形態に移行していたドルフィン5は、脚部のクローでガッチリとリール3を拘束する


両手を切り落とされたリール3に抵抗する術はない


アームユニットに接続されたブレードが振り上げられると、先ほどの斬撃で付着していた血が飛び散り、陽の光に照らされ煌めく

ドルフィン5の爛々とした深紅の瞳がリール3だけを見つめる


恐怖と困惑がそれ以外を支配する


「あっ…あぁっ…」


あまりの恐怖に動けないでいると、ドルフィン5は振り上げたブレードを振り下ろす事なく、そのまま格納した

先ほどまでの殺意は鳴りを顰め、心底落胆した様子でため息をつくと、リール3を離す


落下していくリール3の背面のジェネレーターに、1発だけ銃弾を撃ち込むと、故障したジェネレーターが暴走し、触媒であるフェアリムによる特有の赤い炎が吹き出した


炎に包まれ叫び声を上げながら墜ちていくリール3を、ただ1人残った彼女は不満げに眺めていた


『状況終了、各員はシュミレーションポッドから退出後、速やかにメディカルセンターへ…』


だんだんと感覚が戻り演習が終わったことを知らせるアナウンスが聞こえると、ポッドのカバーが開き、シミュレーションルームの照明が暗闇に慣れきった瞳孔を焼く


仮想空間へのリンクの疲れもあって、しばらくは立てそうになく、薄く目を開けて光になれるのを待っていると


「お疲れ〜シエル」


光に慣れ始めた頃に飄々とした声が聞こえてくる

その方に視線を向けると両手にドリンクを携えた同じ部隊の訓練生で、さきの演習のウィングマンであるカトレア二等兵がこちらに向かって歩いてきていた


「はいこれ」


「ありがとう」


差し出されたドリンクを受け取り、早速胃に流し込んでいると、カトレアが困ったような顔で話しかけてくる


「まぁ、初っ端に墜とされた私が言ったってしょうがないし…演習とはいえ将来命に関わることだしさ、手を抜けって言う訳じゃないんだけど…」


そう言ってカトレアが指を差した方向には人だかりのできた対戦相手のポッドがあった


「戦い方もう少しどうにかならない?」


「どうして」


「パニック起こして暴れてんの」


「そう」


しばらく見ていると担架を持った医療班の人達が対戦相手のポッドへ向かって走っていく


「これで十人目か、二桁達成おめでとう」


「ありがとう?」


カトレアが呆れたような顔になりため息をつく


「シエルは他の人達からさ、なんて言われてるか知ってる?」


思い返すが特に記憶にない

人と関わるのが苦手だから、同じ部隊の人ですら話しかけたこともないし、話しかけられたことも少ない


「知らない」


「幽霊、いるとわかってるのに見つけられない、気づいた時には手遅れなところまで引き摺り込まれる悪霊」


「へえ」


「へえって…」


正直どうでもいいというのがシエルの考えだった、幽霊だろうが化け物だろうが、渾名をつけられたところで空が飛べなくなるわけではない


そもそもパニックを起こすのは、痛覚すら再現するこのシミュレータに問題があるのではないかとシエルは思っている


「シエルってさ、たまにああいうことするけどなんでなの?」


「ああいうことって?」


「リール3にやったことみたいな」


「相手の飛び方を知りたいから」


「もうちょい詳しく」


そう言われてシエルは、少し考えたあと、口を開く


「…自分の置かれてる状況にどうやって対応するのか見てる、私はフェアリアムの適合率とG耐性に甘えた力任せな飛び方しか知らないから、他の人の飛び方を勉強すればもっと綺麗に飛べるかもしれないって思った、それだけ」


「意外と考えてんだ…、それで収穫は?」


「ない」


「そっか」


シエルは同じ訓練生、特に同期から妬まれている

座学は飛行に関する科目以外落第どころか赤点を超えることすらないという状態で、普通なら即刻退学だが、その圧倒的な実技の実力により退学どころか、誰もが憧れる前大戦のトップ級エースの下に訓練生として所属


そしてそのエースからの評価も高く、専用に調整されたヴァルキリーフレームを支給されたりなど、そのことが他の訓練生から贔屓されていると顰蹙を買い、先程のシミュレーターを使用した模擬戦を挑まれることが多い


挑む側は、シエルを負かせば退学へと追い込むことができ、その後釜としてエースの下へいけるかもしれないと考えているようだが、結果はリール3のようにシエルにいいように嬲られ、自信を無くして急激に成績を落としたり、強烈なトラウマを植え付けられ軍から去ったりなど、大抵碌なことにはならなかった


一応、真面目にアドバイスを求める者も居るには居たが、勘とノリというなんともアバウトな回答しか返ってこず、今では誰もシエルの元へ来るものはいない


リール3の件から翌日、結局誰もシエルを負かすことができないまま卒業式典まで残り1週間を迎え、シエル達は成績上位者として式典での展示飛行を行う為に、首都リーベルラントの郊外の小高い丘の上にある「リーベルラント空軍基地」へと移動、そこで式典の際に行う簡単な編隊飛行の為の臨時編成が行われ、シエルは2番機となったが、航空技能の主席として単独での展示飛行を行うために、カトレア達とは離れて単独での訓練を行っていた


《そろそろ昼だしコレで終わるか》


「了解」


教官というより、シエルが事故を起こした際に備えて配置された監督者である実戦部隊「ミーティア」の隊長であるアスタ•リーネルトが訓練の終了を告げ基地へと降りる


ハンガーでフレームを取り外していると、その途中で先に降りていたアスタがシエルへ話しかけてきた


「お疲れさん、1週間お前の飛び方見てきたが相変わらずCGでも見てるんじゃないかってなるわ、ほんとに俺らと同じフレームかそれ」


展示飛行の演目はシエルが自分で組んでいる

元々展示飛行用に組まれた演目はあったが、飛び抜けた飛行技術を持つシエルは折角ならと自分で演目を決めさせられている


その結果、アスタが何度も救助隊へ連絡をかけそうになるほどの危険な曲芸飛行を繰り返し、見てる方が心臓に悪いと大半の演目が組み直しとなった


最終的には、もしシエルが失敗しても地上に被害が出にくい、縦方向への機動を中心に演目が完成した


「当日は頼むぜ、墜ちようものなら死んだお前の代わりにどやされるのは俺だからな」


笑いながらそういうアスタに、シエルは一言「了解」とだけ返した


「それじゃ、午後と明日のリハーサルも頑張れよ」


手を振りながら食堂へと向かうアスタを見送ると、入れ替わるようにしてカトレアがハンガーへと入ってくる


「お疲れシエル、遅かったね」


シエルの元へやってきたカトレアは、2人分の昼食のサンドイッチを持ってきていた


「はいこれ」


「ありがとう」


シエルは昼食を受け取ると、すぐに包み紙を取って口に運びながらフレームの点検を始める


そんなシエルの様子にカトレアは疑問を持った

食欲旺盛なシエルは普段ならしっかり食べ切ってから別のこと始める、しかし今日はサンドイッチを口いっぱい頬張りながら熱心にフレームを点検している


その横顔には一回だけ、出さなきゃ本気で退学にすると言われた課題をやっていた時と同じかそれ以上の焦りが浮かんでいた


「なんか気になることでもあったの?」


「わからない、でも何か、胸騒ぎがする」


「過負荷でどこか歪めたんじゃない」


「そんな感じはしなかった…でも、そうかもしれない」


不安そうにフレームを眺めるシエル

ぱっと見でしかないが、カトレアから見ても特にフレームに異常はないように感じた


「午後は3時から飛行だけど、どうする?」


「飛ぶ、それで何かわかるかも」


シエルは特技として、フレームの不良箇所を飛ぶだけで見抜くということができる

その精度はかなり高く、整備兵たちも度々シエルを利用して気付きにくい破損箇所の特定を行っていた

取り返しのつかない不良だったらどうするのか、その特技を得るまでに一体何機の訓練機材が犠牲になったのか等、問題点は多いが便利なのは確かである


しかし今回ばかりはそうもいかなかった


「わかった、じゃあ私は行かないといけないとこあるから」


そう言ってカトレアがハンガーから出て行ったあともシエルは機体の点検を続けるが、結局不良箇所は見つからず、息抜きにハンガーの外へ出て首都を眺めていた

高いビル群とその周りに広がる住宅街、シエルはあそこで生まれ育った

両親は今何をしているのか、妹は今頃学校か、数少ない友人達はどうしているのか

そんなことを考えていても焦燥感は増すばかりで落ち着くことができない


もう一度フレームを見に行こうかと迷っていると、鈍い音が響いたのと地面が揺れたのを感じた

 

最初は地震かと思ったが、顔を上げて首都の方を見た瞬間、シエルはハンガーへと駆け出した


それと同時に基地全体に警報と、緊急放送が響く


《緊急連絡!国籍不明機が首都上空へ出現!首都が空爆を受けている!》


《飛行可能な者は練度を問わず全員迎撃へ上がれ!これは訓練ではない!繰り返す、これは訓練ではない!》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る