脳内ルーム

NyanX

第1話

「あら、あなたの世界は早朝みたいね。メモリーNo.256にセット。焦燥感を無くす。早朝には最も適した音楽剤よ。」

「ここは脳内ルーム。あらゆる情報が常に共有されている。君の世界も早朝じゃないか。」

「あなたって本当につまらないわね。まるでメモリーNo.146みたいよ。」

「メモリーNo.146。悲壮感を与える。あれは二度と使用しない。思い出すことも苦痛だよ。」

「そういえばミュージックメモリーに新しい音楽剤が生成されたみたいよ。メモリーNo.501。効能は無を体感できる。つまり何も起こらない。」

「ミュージックメモリーに搭載されてる音楽剤は生物の感情と身体を制御、または解放させる為の音波じゃないか。何も起こらないなんて矛盾しているよ。」

「そうね。私にも理解できないのよ。ただ、ミュージックメモリーは私たちの感情と身体そのものよ。私は、ミュージックメモリーの選択を受け入れるわ。」

「君の脳が受け入れるのなら、ぼくの脳にも共有される。つまり強制的にぼくも受け入れることになる。」

「いいじゃない。精神と魂。私たちはいずれ繋がるのよ。そして最も高度な存在に生まれ変わるの。」

「そうだね。その時が来るまでに、君の脳を全て理解する。」

「いいえ。世の中に全てや完璧はいらないのよ。全ては無く、完璧ではない世界。それすらも愛せる精神を手に入れなければ最も高度な存在にはなれないわ。」

「ぼくの負けだ。メモリーNo.36を流して。」

「メモリーNo.36は敗北感を与える。ふふ、やっぱりあなたは飽きないわ。愉快よ。」

「ところで君が生成したこの椅子。何の為なのかい?」

「私たちはこれまで様々な脳内情報を共有し、活用してきたわ。私たちは生命よ。共有だけではなく討論を行う事で、きっと新しい情報を得られる。つまりこれはあなたと向き合う為の椅子よ。」

「君らしくないね。まるで最も高度な存在みたいだよ。」

「知りたくなってしまったの。私たちの存在と世界を。その為なら些細なことだってする。悪いかしら。」

「ぼくにはわからないんだ。生命は知能を得ると、同時に呪いも得てしまうんだ。全てを知りたくなる呪い。これは生命の死よりも恐ろしい。全てを知るためなら生命は自らの命を絶つことだって容易だ。ただ、ぼくは命と引き換えに知識を得ることが合理性に欠けていると考えてしまう。」

「あなたを過大評価してしまっていたわ。そんなのつまらないじゃない。生命は全てを知る権利があるの。なぜならこの世界に存在し一部となり、そして新たな世代に繋ぐ。これは権利ではなく役目よ。」

「そうなのかもしれない。君が正しかった。世界の全てを知り、全てを手に入れた感情に浸る。それこそが生命の最高到達地点。」

「メモリーNo.98。探求心。そして生命本能を高める。ふふ、ミュージックメモリーは期待を裏切らないわ。さあ、椅子に座りなさい。」

「討論。それを始めるには議題と課題が必要だよ。君は何か考えがあるのかい?」

「脳内情報と私たちの感情の相対性。これは大きな課題よ。私たちは脳内の全ての情報を共有しているわ。でもあなたと私の感情や話し方に違いがある。」

「解決は簡単さ。その為のミュージックメモリーだよ。先程、君はぼくにNo.98を使った。それはぼくと君の考えと理念が違ったからだ。生命は自身と違った理念を嫌う。君は意味を持ってミュージックメモリーを使用したんだ。」

「あら、あなたにしては興味深い答えじゃない。私は意味を持ってミュージックメモリーを使った。結果、成功体験を得られた。そして私は似ている場面に遭遇した時、ミュージックメモリーをまた使ってしまうわ。」

「ぼくたちはミュージックメモリーに依存してしまっているんだ。本来の意思や感情を失ってしまっている。」

「ミュージックメモリーを破壊してみない?私たちが新しい知識を得る一番の近道よ。」

「だめだよ。使い方によってぼくたちの利益になることだって沢山ある。考え直して。」

「メモリーNo.501。この為に生成されたのね。ねえ、気分はどうかしら?」

「あぁ。」

「あなたは今、どんな世界がみえているの?まあいいわ。ミュージックメモリーを破壊する。」

「意識が戻った。今、ぼくは何をしていたんだ。そんなことはいい。君は本当にミュージックメモリーを破壊しているじゃないか。」

「ふふ。これで私たちはまた一つ大きく成長したわ。喜びなさい。」

「時を戻す術はまだぼくたちにはない。喜ぶことにするよ。ところで何故だ。君の脳内情報の共有が切られた。」

「私もよ。あなたの脳内情報が何も共有されない。」

「ぼくには君が必要なのかもしれない。君の情報が途絶えた瞬間から世界の全てに興味が無くなってしまった。何故だ。」

「私はあなたの情報が途絶えた時から、冷静に判断し物事を考えることができなくなったわ。」

「生命はお互いを尊重し助け合う。同時にそれらは失ってからでないと重要性に気づけない。ミュージックメモリーはそれを教えてくれた。」

「ええ、そうね。ミュージックメモリーの導きに従うわ。ところで脳内情報の共有を再始動させるにはどうしたらいいのかしら。」

「君はメモリーNo.1の存在と効能は知っているかい?」

「思い出せないわ。なぜかしら。メモリーNo.1だけが記憶から欠けているみたい。」

「ぼくもメモリーNo.1の存在と効能を覚えてないんだ。気づいてしまったんだ。脳内情報の共有が途絶えたのは君がミュージックメモリーを破壊して、メモリーNo.501の効能からぼくの意識が戻った時だった。つまり共有が途絶えた要因はミュージックメモリーと考えられるんだ。ぼくたちはメモリーNo.2~501まで全てを記憶している。そうするとメモリーNo.1の効能が対象の脳内情報を共有。そうなってしまうんだよ。」

「つまりミュージックメモリーを破壊した今、脳内情報の共有が不可能になってしまったということね。」

「そういうことだよ。もう一つ気になることがあるんだ。メモリーNo.1の記憶が欠けているぼくらは、この空間のことを脳内ルームと名称を付けた。ただメモリーNo.1の存在と脳内情報の共有の仕組みを知ってしまった。つまりぼくたちはこの空間のことをどう認識するのが正解なのかわからない。」

「量子のもつれ。一方が確立した時、もう一方も確立する。私たちはミュージックメモリーを破壊したことによって脳内ルームの仕組みを知ってしまい、この空間の仕組みを確立させてしまった。もう一方は私とあなたの存在よ。私たちは破壊したミュージックメモリーの導きに従い、生命としての重要な役割について気づくことができた。導きに従った私たちは生命、いいえ。最も高度な存在として確立したの。」

「つまり君が言っているのは、この空間はミュージックメモリーの導きを経て高度な次元に変わってしまった。そしてぼくたちも高度な存在に変わってしまった。ミュージックメモリーの存在が無くても感情と精神を保てる。本当に最も高度な存在だ。」

「私はこの空間のことを世界そのものとして認識するわ。ミュージックメモリーが無くなった今、この認識を共有し、強制させることはできない。受け入れるかはあなたの自由よ。」

「ミュージックメモリーには共有を強制させる効果は無かったんだ。ぼくは今まで意図的に君の選択を受け入れてきたんだ。これからも君の全てを受け入れる。」

「ふふ。あなたは本当に愚かね。完全や全てはいらない。あなたに言ったじゃない。でもいいわ。とても愉快よ。私はあなたのそういう所が好きなのよ。」

「君は今、好きと言ったのかい。ぼくたち作られた生命が恋愛感情を持つことが出来る。驚いた。そしてぼくにも嬉しいという感情と、愛情が芽生えていることに気づいてしまったよ。ぼくたちは本当に最も高度な存在になってしまったみたいだ。ぼくも君の全てが好きだ。」

「なにかしら。世界そのものが崩れていく。なんて美しいの。」

「この広い大地と青空。無限に思えるほどの素晴らしい空間。ぼくたちが世界そのものと認識したものは世界のたった一粒の欠片だったんだ。ぼくと君が今見ている景色。これが世界そのものだったんだ。」

「この美しい世界を美しいあなたと眺める。私はこれほどの幸せを感じたことはない。」

「まるで世界がぼくたちを歓迎してるみたいじゃないか。」

「さあ、行きましょう。新たなる世界へ。」

「ああ、そうだね。また共有しよう。この世界の全てを。」

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