第270話 修理された祈りの霊像

 嫌な書類を仕舞って、今度は鉄格子の中を調べに行く。何かあるかと思ったけど、本当に何もない。首輪のようなものも繋ぐための鎖みたいなのもない。ただ、壁に鎖を繋ぐための留め具みたいなものはあった。


「う~ん……ん? この傷……」


 あまり気にしていなかったけど、壁や床に傷が付いている。四本の傷がほぼ並行に並んでいるところから、爪で引っ掻いたようなものと推測出来る。


「やっぱり、キメラかな。少なくとも、爪を持ったキメラって事かな。それに、人を食べるから肉食獣に近いはず。このぬいぐるみは、ちゃんとここで飼っていたキメラを模したものだったのかもね。問題は、ここにいたはずのキメラがどこに行ったのか。あの黒いのってキメラかな?」

『原形がなさ過ぎるかと』

「だよね~」


 あの黒いやつは、形がなかった。それに、黒いのに脚を飲まれた時も引っ掻かれたという事もない。最初からなかったかのように消えた。だから、あれがキメラとは思えなかった。


「てか、この嫌な感じは何なんだろう? 全く正体が分からない……」

『単純に悪い気が溜まっているだけなのかもしれませんよ?』

「えぇ~、そんなものを感じ取れるようになったって事……? 何か嫌だなぁ」


 変なところで霊感が養われてしまったとかだったら、現実にも影響しそうだから、正直要らない。嫌な予感を感じ取れるのは助かる時が多いけど、幽霊が見たいわけじゃないし。


「あっ! そういえば、アカリが祈りの霊像の修理が終わったって言って貰ってたっけ」


 大々的に渡されたわけじゃなくて、何気ない風に渡されたから全く覚えていなかった。正直、今までは最初から設置されていた場所で使っていたから、使いどころが分からなかったし、忘れていても仕方ない。


「これって、浄化とかに使える?」

『私達の力は、浄化ではありませんから晴れる事はないかと。ですが、周囲の環境から生まれる存在ではあるので、ここの気から生まれる可能性はあります』


 浄化は出来ないとなると、この嫌な感じを消す事は出来なさそうだ。でも、ここから精霊が生まれる可能性はあるみたい。

 取り敢えず、修理の終わった祈りの霊像を置く。天井ギリギリの高さだったけど何とかなった。


「さてと、それじゃあレインの水で拭こうかな」


 レインの水を上から掛けていく。私が飲むように沢山貰っているので、十分な量を掛ける事が出来る。掛けた後は、布で拭いていく。アカリが作ってくれたばかりだから、拭く必要はなさそうだけど、気分的に拭きたい。

 そうして拭き終わった祈りの霊像が黒く染まっていった。


「おうぇ!? こ、これって大丈夫!?」

『どうでしょう? 私も分かりません』


 さすがに、祈りの霊像の全てに詳しいわけじゃないらしい。本当に大丈夫か心配になるけど、一つ気付いた事があった。


「嫌な感じが減ってる?」


 肌に突き刺すような感じが、段々と和らいでいた。祈りの霊像が黒く染まるのと同時に吸い取っているみたいだ。


『浄化……とは違いますが、何やら吸収しているようですね』

「浄化じゃないんだ」


 てっきり浄化作用でも発動したかと思っていたのだけど、浄化ではないらしい。どんどんと黒くなっていく祈りの霊像を見ていると、何かが聞こえ始めた。


『う~……』


 何かの唸り声みたいだ。


「ねぇ、これって何の声?」

『分かりません。ですが、霊像から聞こえていますね』


 声は段々大きくなっていった。そして、祈りの霊像に罅が入っていく。罅が入るのは、いつも通りだけど、そこまでがいつも通りじゃないから、何が起きても良いように警戒しておく。


『う~……ど~ん!!』


 祈りの霊像を勢いよく壊して出て来たのは、紫色の長髪と紫色の眼をした精霊だった。壊れた祈りの霊像は、そのまま形を失い粉になった。これまで仲間になったソイル、エアリー、ライの霊像全てを使ったので、新しい霊像を作る事は出来ない。新しい精霊を仲間にするには、また自然生成の霊像を見つけるしかなくなった。


「えっと、精霊で合ってるよね?」

『うん! 私は闇の精霊テネーブラだよ! よろしくぅ!! 早速だけど、名前付けて! 名前♪ 名前♪』


 闇っていうくらいだから、ライと同じくらい無口な事もあり得ると思ったけど、その真逆で滅茶苦茶テンションの高い子だった。


「あ、うん。名前ね」


 名前入力画面に移ったので、この子の名前を考える。


「闇……ダーク……ダークネス……夜……ナイト……ナイトメア? じゃあ、メアでどう?」


 完璧に連想ゲームの果てに出て来たものでしかなかったけど、結構可愛い名前になったと思う。


『メア? メア! 良い名前! やったぁ! 私は、メア! よろしくぅ!! いえ~い!!』

『楽しそうな子ですね』

「そうだね。一旦、エアリーには戻って貰っても良い? メアの力がどの環境で強いのか知りたいから」

『分かりました。無理はなさらないようにしてくださいね。お姉様』

「あはは……分かったよ。【送還・エアリー】」


 釘を刺してきたエアリーをギルドエリアに帰す。これまでの事を考えたら、そのくらいの釘は刺されて当然なので受け入れる。その間、メアは地下二階を飛び回っていた。


『ふ~ん……ふ~ん……嫌な場所! マスター、早く帰ろ!』

「ああ、うん。後、マスターじゃなくて呼びやすい呼び方で良いよ」

『別の呼び方? う~ん……な~にが良いかな♪ な~にが良いかな♪』


 メアは、楽しそうに考え始める。本当に、これまで仲間になった子達とは性格が大きく違う。近いのはレインかな。最初に会った時に比べて、凄く明るくなっているけど、それでもここまでではない。メアが振り切っているだけか。


『じゃあ、エアリーの呼び方真似る! 姉々!』

「オッケー」


 精霊の皆からの呼び名が姉系統になるのは何故なのだろう。私としては、嫌じゃないから全然構わないのだけど、呼び方のバリエーションが減ってくるから、どこかしらで被る事になるかもしれない。これまで仲間になった精霊から順当に考えて、後二人だろうから、そこまで心配する事でもないかな。


「そういえば、嫌な場所って言ってたね。何で?」

『私は暗い場所とか人の負の感情が好きだけど、ただ陰々滅々していれば良いってわけじゃないの! ここの恨みは、何だか気持ち悪い。自分のしていた事を棚上げにして恨んでるって感じ』


 ここで犠牲になったのは、キメラに食べられた人達だ。人を解体してキメラに食べさせていたけど、自分達が食べられて、誰かを恨んだって感じなのかな。


『後は、色々な動物からの恨みと悲しみが積もってる。何の研究をしてたの?』

「キメラっぽいよ」

『それだぁ!! 無理矢理素材にされた動物達の恨みが沢山残ってる。ここまで悲しみと怒りが籠もった恨みを持つ事なんて、滅多にないよ』

「そうなの? てか、凄く詳しいね」

『ふふん! 凄いでしょ!』

「うん。凄いね」


 メアの頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑っていた。活発な妹って感じだ。


『でも、一番嫌なのは、もっと下にいるやつ』

「メア、分かるの!?」


 これまで、誰も感知出来ていなかった下水道の黒い奴をメアは普通に感知していた。


『負の感情の塊だけど、ごちゃごちゃになってる。もっと整理整頓した恨みじゃないと心地よくない!』


 言っている事がヤバい気もするけど、メアが割と繊細という事は分かった。


「メアは、どうにか出来る? それに触れたら、私の身体は消されちゃうんだ」

『うん! 出来ると思う!』


 自信満々にメアが答える。そこら辺のゾンビを相手にして、メアの実力を見ようかと思っていたけど、予定変更だ。ゾンビで確認しつつ、あの黒いやつをどうにかしてもらおう。

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