第266話 北側の屋敷

 屋敷内に入った直後、大量のゾンビが細切れになった。これでゴア表現が適用されていたら、血のシャワーが降り注いでいたのだろうなと思うと、目の前で起こっている事の無残さが分かる。ダメージエフェクトだけで良かった。


「おぅ……」

『屋敷内のゾンビは排除しました』

「ありがとう」


 何はともあれ、これで探索はしやすくなった。


「エアリー、この屋敷の間取りは分かる」

『はい。排除と共に把握済みです。この屋敷は、屋根裏を除き四階建てとなっています。さらに、地下に二階続いていますね』

「じゃあ、全部で七階分って事?」

『はい』


 広さ的に考えて、夜の時間は、この屋敷の探索だけになりそうだ。


「取り敢えず、探索していこうか。何か見逃しているものがあったら教えて」

『分かりました』


 エアリーと屋敷の探索を始める。まずは、入った直後に広がる大きなエントランスだ。左右の壁に沿うように二階に上がる階段があり、奥には横に大きな棚が並んでいて、その上に大きな絵が飾られている。こっちは炎に焼かれていなかったからか、こういうものも残っていた。


「真っ先に燃やされそうだけど、放火じゃなかったのかな。そういえば、ゾンビ騒動の中で火事になってるものは見てない気がする。火事は、別物なのかな?」

『生活している中で襲われたとしたら、火の管理が出来なくなり、火事へと発展したという事も考えられそうですね』

「あ~、なるほどね。料理中とかだったらあり得そう。それにしても、この絵って、あれだよね?」

『そうですね。道中に拾った絵にそっくりです』


 私達が見上げている絵には、昼間に拾った吸血鬼っぽい絵が描かれていた。違うのは、その大きさだけだ。


「ここまでして飾るくらいだから、何かしらはあると思うんだよね。私は崇拝してるように感じる。エアリーは?」

『吸血鬼崇拝ですか。あり得ない話ではないと思います。お姉様は偉大ですから』

「うん。私を崇拝はしなくて良いからね」


 この街じゃなくて、私のギルドエリアで信仰が生まれ始めていた。私の注意もどの程度理解してくれているのか分からない。実際、エアリーはニコニコするだけで頷いてはくれなかったから。

 絵に見入っていても仕方ないので、棚を調べて行く。中には、特に何も入っていなかった。何か入っていた跡とかあればよかったのだけど、それもなかった。


「う~ん、本当に何もないなぁ。エアリー、この裏に何かある?」

『いえ、棚の裏、絵画の裏には何もないかと。完全に密閉されている入口などでしたら、分かりませんが』

「まぁ、さすがに無いと思いたいけど」


 一応棚を退かすために、横から押してみる。でも、棚はビクともしない。影を通してみるけど、エアリーの言うとおり何かあるような感じはしない。


「絵も外すか」

『では、私が』


 エアリーが風で絵を外す。壁が剥き出しになるけど何もない。絵の裏も見てみるけど、そこにも何もない。


「う~ん……何も無し! 元に戻して良いよ」

『はい』


 エアリーが絵を元に戻したのを見届けてから、今度は部屋の探索に移る。一階から行ける部屋は二箇所で、階段の前にある扉が入口だ。東側の部屋に入ると、そこは厨房になっていた。調理の途中とかではなかったみたいで、器具や食器は片付けられていた。

 そして、厨房の中にはエントランスに続く扉とは別に二つの扉が付いていた。東側の奥に一つと北西側の奥に一つだ。


「そういえば、地下に行く部屋ってどこにあるの?」


 さっき、エアリーは地下に二階続いていると言っていた。でも、エントランスからは二階と二箇所の扉しか行ける場所はなかった。そして、その内一箇所は厨房だ。もう一箇所も同じ大きさの部屋があるとなると、地下への入口がどこにあるのか分からなくなる。


『二階から地下へと続く階段があります。東側の扉の奥は部屋になっています。北西側は、廊下のような場所に通じています。その廊下からは、もう片方の部屋と小さな部屋の二つに通じています』

「変な形……もう片方の部屋は食堂かな」


 厨房から食堂へ直接繋がる通路と考えると、そこに廊下があるのは理解出来る。


「じゃあ、廊下じゃない方向の扉は保管庫かな。向こうは臭いがキツそう……」


 ほぼ確実に保管されていた食糧は腐っているはず。どうか臭いがキツくありませんように。そう願いながら扉を開けると、予想通り保管庫のような場所だった。簡易的な棚が置かれているけど、大体が壊れている。そして、肝心の食糧だけど、骨などが残っているだけで、臭いなどもあまりキツくなかった。


「ん? 何でだろう?」

『動物が食べた後なのでは?』

「あぁ、鼠とかが食べそう。排泄物がないだけマシか」


 パッと見だけど、特に何の変哲もない場所だ。念のため、影を使って探ってみるけど、怪しい場所は何もない。ちょっとした穴は空いているけど、隣の廊下に繋がっているだけだし、天井の部分だから、多分鼠の通り道だと思う。


「エアリー、怪しい部分は?」

『こちらもありません。小動物が通るような穴があるだけです』

「オッケー。じゃあ、廊下の方に行こうか」


 厨房も保管庫も何もなかったので、このまま廊下の方に移動する。廊下は、エアリーの言うとおり、厨房に繋がる扉を除いて二つの扉が付いていた。


「別の大部屋じゃなくて、もう片方の扉に行こうか」


 西側の大部屋に繋がる方ではなく、もう片方の扉に向かう。扉を開けると、そこはロッカーみたいなものが並んだ部屋だった。


「更衣室かな。服が残ってる。ボロボロだけど」


 アイテムとして回収は出来ないみたいなので、ちょっと漁るだけにしておく。服として多いのは、メイド服みたいなのだった。厨房で働く時に着替えるのか、一回厨房を経て着替えに行くのか分からないけど、結構人が集まりそう。


「う~ん……何もないなぁ。メイドさんなら、何かしら持っていてもおかしくないと思うんだけどなぁ」


 ネコババするメイドとかがいてもおかしくないと思っていたのだけど、メイド服のポケットには何も入っていなかった。


「う~ん……ん?」


 何もないロッカーから目を離して地面の方を見てみると、金属で出来た杭が落ちていた。


「何これ?」


 拾い上げて見てみると、銀の杭という名前が付いている事が分かった。


「うわぁ……吸血鬼に特効がありそう」


 試しに自分の手に突き刺してみる。普通にダメージを受けるけど、何か特殊な事が起こる事はなかった。


「まぁ、伝承とかだろうから、必ず正しいとは限らないか。あるいは、始祖には効かないとかかな」

『考察も良いですが、まずは刺した杭を抜いては如何でしょう?』

「ん? ああ、そうだね」


 刺しっぱなしにしていた銀の杭を抜いてアイテム欄に仕舞う。いきなり自傷したからか、エアリーの言葉に若干の棘があった気がする。お詫びも込めて頭を撫でておく。唐突に撫でたから、エアリーは少し戸惑っていた。


「さてと、他に杭はあるかな」


 更衣室を探索してみたけど、特に何も無さそうだった。


「収穫はこれだけかな。てか、この更衣室……変な形してない?」


 調べていて疑問に思ったのだけど、部屋の南東側だけ、何故が出っ張っていた。北東側は普通に広がっているから、Pの様な形をしている。


『この部分の先は地下への階段となっています』

「ああ、なるほどね」


 一瞬、ここの壁をぶち壊せば、そのまま地下に行きやすくなりそうと思ったけど、下手にやると建物が倒壊するかもしれないので、思い留まった。

 更衣室も調べ終えたので、最後の部屋に向かう。廊下を通って入ったその部屋は、予想通り食堂だった。縦に長い食卓が一脚置かれており、誕生日席に二脚の椅子と横に計八脚の椅子が置かれていた。

 食卓の上には燭台が置かれている。ここら辺までなら普通の食堂という感じがするけど、この食堂はそれだけじゃなかった。

 異質さの中心は、エントランスにあった吸血鬼っぽい絵が飾られていた事だった。加えて、若干おどろおどろしい絵も多い。


「モチーフは……血液?」


 他の絵の第一印象は血液だった。赤が中心の絵で、グロさみたいなのがあるからだ。


『どのようなモチーフにしても、あまり気分の良い絵ではありませんね。ましてや、食事をする場所に置くようなものではないと思います』


 精霊であるエアリーですら、そう言ってしまうくらいには、食堂に合っていない絵だ。一応、その絵の裏とかも調べて行ったけど、特に何もない。食堂に手掛かりはないので、次は二階の探索に移る事にする。結局一階で手に入れた収穫は、銀の杭だけだ。

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