第176話 変化する狐面

 師匠の狐面が、赤く染まる。それが何を表しているのか。すぐに、体感させられる事になった。距離を詰めてきた師匠が、刀を振う。たださっきまでの速度はない。ソルさんよりも遅いくらいだ。

 そのせいで、パリィのタイミングを間違えた。師匠の斬撃を双血剣で受け止める。双血剣と刀が触れた瞬間、耐えられないという事を察した。この時点で、それくらいに重い。

 私は、身体を後ろに反らしながら、無理矢理受け流す。でも、代わりに、双血剣が手から離れてしまった。【握力強化】のおかげで、余程の事がない限り、武器を手放す事はないと思っていたけど、その余程の事が起こった。


「攻撃力強化か!」


 狐面の色によって、ステータスが変化するのだろう。赤は、攻撃力強化に速度弱化ってところかな。私は、すぐに隠密双刀を抜く。


「【解放・陽光】」


 こっちも自分を強化する。陽光の解放は、HP吸収と攻撃力と防御力の上昇。向こうの攻撃力に対抗するには、私も攻撃力を上げる必要があると考えたからだ。これなら、パリィに失敗したとしても、ある程度対応出来るはず。

 さっきは、速度の違いでパリィし損ねたけど、一度攻撃を見たことで、速度は分かった。次は、失敗しない。振られてくる刀をパリィし、一旦退く。その理由は、双血剣の元に行く事。隠密双刀で、何か問題があるという訳では無い。問題は、双血剣には、血を纏わせていたという事。【血液武装】の効果時間は、まだあるので、双血剣から血を回収して、隠密双刀に纏わせる方が良い。

 【未来視】で攻撃の先読みをしつつ、【血液感知】で双血剣が落ちた場所を特定して移動する。【血液武装】で、双血剣を操り、血液を隠密双刀に回しつつ、鞘に仕舞う。出来るかどうか怪しいところだったけど、血液の扱いも上手くなったので、何とか仕舞えた。

 攻撃の密度が薄くなっているので、こっちからも攻撃に出る。隙間隙間で攻撃しているのに、その悉くが、鞘だけで防がれる。鋼鉄か何か出来ているのかって言いたくなる。

 師匠が、上段から大振りの一撃を振り下ろす。それを隠密双刀でパリィして、回し蹴りで脇腹を狙う。この一撃は、鞘によって防がれたものの、師匠を大きく吹き飛ばし、鞘を壊す事にも成功した。それで分かったけど、鞘は、金属などではなく、普通に木から作られていた。


「威力よりも速さかしら」


 師匠がそう言った瞬間、今度は狐面が青色に変わった。瞬間、嫌な予感に襲われた私は、【未来視】を使う。しかし、【未来視】で何も見えなかった。それでも嫌な予感が止まず、硬質化で前面を防御、【防鱗】でお腹を防御、【血液武装】の血を操って身体の正面を覆い、【操影】で壁を作る。

 一秒でこれを用意したにも関わらず、壁は全て抜かれた。ただ、三つの壁のおかげで、硬質化した身体は軽く斬られるだけで済んだ。

 青の狐面は、速度強化と攻撃弱化の効果があるみたいだ。白狐面の攻撃力が残っていたら、ほぼ確実に大ダメージを受けていた。現状は、残り一割程度で生き残っている感じだ。

 この戦いで、大きな問題は、この前のイベントの時と違って、戦闘しながらの回復手段がいない事。そこら辺にプレイヤーがいたら、回復薬代わりに出来たのに。

 【未来視】でも追いつかない速度の攻撃を、ほぼ直感と反射だけで防いでいく。攻撃力が下がっているおかげで、こちらの防御が崩される事はなかった事だけが救いだった。

 どうにか攻撃を見る事が出来ないかと、【未来視】を乱用しているけど、一切視えない。視えない理由は、恐らく視ようとしている場面で既に死が確定しているからと思われる。この攻防が十分くらい続いたら、師匠が距離を取った。


「凄いわ。ここまで反応してくれる子は少ないわよ。あなたの前に来た子は、危なげなく対応してきたけれど」


 絶対ソルさんの事だ。てか、あの動きを【未来視】なしで見切っていたのだとすると、本当にソルさんの動体視力と反射神経の凄さを実感してしまう。


「第二段階もギリギリ合格ね。それじゃあ、これが最後よ」


 師匠がそう言った直後、狐面が黒く染まっていく。それと同時に、あの東洋竜を前にしたような緊張感が身体に走る。人の身で、あの竜に匹敵する程の圧を生み出している。これは、師範にはなかったものだ。

 これがヤバいかもと思いながら瞬きした直後、師匠が背後にいた。この動きは、師範との稽古で知っている。背後限定で高速移動よりも速く移動出来る技……それに似た何かだろう。そう思った理由は、全ての動きに音も何もかもがなかったからだ。

 それでも、何度も見ていた事もあり、即座に反応出来た。振り返りざまに振った隠密双刀の刃が砕ける。何かぶつかった感触なんてない。それなのに、隠密双刀は砕けた。

 一体何をされたのか、はっきりと認識する事は出来なかったけど、師匠の刀からも黒い靄的なものが出ていて、刀身が黒く染まっている。それが何故なのか理解出来る訳もなく、私の視界は暗転した。

 視界が戻ってきた時、私は刀刃の隠れ里の中央に立っていた。一体何が起きたのか、頭の中で思考し続けてしまう。そのくらいに衝撃的な事だった。


「大丈夫?」


 ぼーっと考えていた私の顔を師匠が覗きこんでくる。既に狐面は外されており、最初にあった時と同じように素顔が見えていた。


「大丈夫です。最後は、不合格ですよね?」


 最後の攻撃を防げなかったから、恐らく不合格になるだろう。そう考えて、訊いてみた。


「いや、合格よ。しっかりと反応していたし。まぁ、最初に師事していたのが、あの子っていうのが大きいと思うけどね。その時が来たら、あなたは刀を扱えるようになるわ。それまでは、片手剣を使うのが良いと思うわ」


 【刀】を取りたければ、【片手剣】を育てろって言っているのだと思う。【短剣】から【双剣】が取れたと考えれば、【片手剣】から【刀】が取れるというのは納得出来る。私が試験を受ける事が出来たのは、【武芸百般】に【片手剣】の要素が内包されているからだろう。

 私は、異例の方法で【武芸百般】を取ったから、【短剣】を保持したままでいられている。だから、【片手剣】を後から得る事も可能なはずだ。これが出来るのは、【武芸百般】が統合スキルの中でも、特殊な分類に位置しているからだと私は考えている。


「さてと、大分消耗したわね。しばらく休まないと……」


 そう言ってから、師匠が私を見てきた。その目は、何か良いものを見つけたと言わんばかりだった。一応、師匠もNPCだろうに、凄い表情が豊かだ。こういう部分は、師範とは違う。


「ちょうどいいわね」

「えっと……一体何の話でしょうか?」


 全く要領を得られなかったので、首を傾げる。それに対して、師匠は微笑みで返してきた。


「ちょっと色々と補給させて貰うだけよ」

「色々とは?」

「色々よ」


 にこにこと笑っている師匠を見て、これは危ないなと思った私は逃げ出そうとする。しかし、さっきの戦闘を見ても分かる通り、師匠から逃げ出す事など不可能。すぐに捕まって、師匠がいた家の中に連れ込まれていった。抵抗など無意味だ。

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