第171話 ウェットタウンの泉

 翌日。ログインした私は、一度アカリエの方に向かった。裏の工房に入ると、作業をしているアカリの姿がある。


「アカリ、ちょっと良い?」

「ん? うん。どうしたの?」

「氷雪怨霊を倒したんだけど、これのドロップって使える?」

「嘘!? 氷雪怨霊と会えたの!? 霊魂の白装束ってドロップした!?」

「あ、うん。ドロップした」


 大興奮のアカリに霊魂の白装束を渡す。


「おぉ~……これ、全然出回らないんだよね。氷雪怨霊がレアモンスターって事もあるけど、霊体だから、物理系の人達だと倒せないんだ。魔法を使える人がパーティーにいたり、【退魔】とかがあれば別なんだけどね」

「まぁ、貴重な追加効果の枠に、【退魔】を付ける人がどのくらいいるかって事だよね。武器の耐久力を消費するっていうのもあるから、結構嫌がる人が多いと思う」

「まぁ、そうだよね。私も付けてないし。ハクちゃんは、スキルで強化出来るから、あまり拘ってないよね?」

「全部お任せだから、拘ってないって言われたらそうかも」


 ラングさんに私に合うように作ってくれって注文しているから、アカリの言う通りではある。


「それじゃあ、これがお金ね」

「あ、それは良いや。ギルドエリアの借金分って事で」


 私がそう言うと、アカリが不機嫌そうな眼で、こっちを見てくる。取り敢えず、アカリの頬を揉んで誤魔化す。誤魔化せているかは分からないけど。そもそも借金で言えば、霊魂の白装束だけで済むような金額じゃないし、これからも定期的返していかないといけない。少なくとも、私はそう考えている。アカリが受け取りたくないって言っても押し付けるくらいのつもりだ。


「雪兎も三桁単位で狩ったから、これも売ってくる。あっ、それと、【言語学】から派生したスキルから、地下書庫の本が読めるようになったから。アカリには、結構良い本かもしれないよ」

「へぇ~、今度調べに行こっと」

「うん。あっ……」

「どうしたの?」


 アカリに地下書庫の話をした事で一つ思い出した事があって、アイテム欄を確認したら、最後に読んでいた手記が入っていた。ずっと手に持っていたから、自動的にアイテム欄に入ったみたい。


「これが読めたら、読めるようになってるよ」


 アカリに手記を渡す。受け取ったアカリは、手記と私を交互に見ていた。


「……持ち出しって良いの?」

「さぁ? でも、持ち出せたって事は良いんじゃない? 故意に持ち出したわけでもないし」

「どうやったの?」

「書庫で死んだ」

「街で? あっ、【聖気】か」


 アカリは、すぐに私が死んだ理由に気付いた。街中で死ぬなんてことは、ほぼほぼあり得ない事だから、異常な死に方をしたってところから、気付いた感じかな。


「正解。HP管理をミスった感じ。それで、読めそう?」

「う~ん……私には、まだ無理そう」


 アカリに手記を返される。


「良いの?」

「私が持っていて良いものかも分からないし、ハクちゃんが手に入れたものだから」

「まぁ、アカリが持って、変な事になるよりマシか。それじゃあ、またね」

「うん。またね」


 アカリと別れて、私は、NPCの店で雪兎の素材を売る。数が数なので、結構な額になったけど、折半するはずだったギルドエリアの五千万Gの十分の一もない。もっと頑張らないといけなさそうだ。


「しばらくは、雪兎の連続狩りが効率良いかな。取り敢えず、今日はウェットタウンの泉に行こうかな。物語の一つがそこだし」


 ウェットタウンに着いた私は、紙を見つけた小さな泉の元まで向かう。あの紙に書かれた物語が正しいと信じるのだとすれば、この泉は、少女が生贄になった場所だ。そして、同時に神の力が宿った場所になっているはず。それを確認する方法は一つ。私が泉に触れれば良い。

 私の予想が正しければ、神の力には、光の因子が含まれているはず。【天使】のスキルに光の因子が含まれているから、その上位の力だと考えれば、自ずと答えが出る。


「痛っ!? 禊ぎの水の比じゃないくらい強い。やっぱり、完全な耐性にはなってないか。まぁ、HPは減り続けてるし、当たり前か」


 【霊視】での探索をした際には、泉に触れる事はなかったので、これには気付かなかった。神の力が宿った泉というのは、間違いないみたいだ。今度、アカリにも一緒に来てもらって、水の採取を頼もうかな。


『あっ……』


 急に声が聞こえた。周囲を見回しても、誰もいない。


「気のせい? いや、見えないだけ?」


 私は、すぐに霊峰の霊視鏡を掛ける。すると、泉の傍に身体が透けている少女が立っていた。白いワンピースを着ていて、茶色い髪を背中まで伸ばしている。身なりは綺麗だとは思う。恐らく、この少女が、あの物語にあった少女だろう。


「えっと……」

『見えるの?』


 さっきと同じ声で、そう訊かれる。


「うん。今は見えるよ。さっき声を出したのは、あなた?」

『うん。何で見えるの?』

「この眼鏡かな。これで、あなたの事が見えて、存在を認識出来るようになって、声も聞こえるみたい。ん? でも、さっき小さく声が聞こえてたっけ?」

『多分、私が付いてたから』


 そう言われて、自分の手が乾いている事に気付いた。指が濡れていたから、声が聞こえたって感じらしい。ちょうど乾いて、声が聞こえなくなったらしい。

 そして、私が付いていたという事から、泉になった少女という事も確定した。


「なるほどね。でも、私が前に来た時には見えなかったけど、それはどうして?」

『普段は、泉の中にいるから。今は、泉から出てるから』


 泉の中にいる時には、こっちから認識する事は出来ないみたいだ。


『お姉さん、名前はなんて言うの?』

「私? ハクだよ。あなたは?」

『分からない。もう思い出せないの』

「あっ……」


 あの物語がいつの話だったのか分からないけど、かなり昔である事は、何となく予想出来る。この子の記憶がないと言われても、驚くより、仕方ないだろうとしか思えなかった。


「それじゃあ、なんて呼んで欲しい?」

『……!?』


 少女が、ちょっと驚いた表情をする。そして、すぐに少し考え込み始める。


『えっと…………お姉さんが決めて』


 少女がそう言った瞬間、私の目の前にウィンドウが現れた。


『???をテイム出来ます。テイムしますか? YES/NO』


 思いもしなかった事が書かれていて、一瞬思考が停止する。恐らく、この???は、少女の事。この子をテイム出来るという事は、モンスターという区分になっていると考えられる。モンスター以外にテイム出来る存在を知らないし。

 まぁ、YES以外に選択肢はないのだけどね。YESを押すと、次に命名画面に移る。パッと思いついた名前は、正直良いものとは思えなかった。この子の死の原因にもなっている事だから。でも、これは、あの物語とこの子の象徴になっているものだと思う。


「それじゃあ、あなたの名前は、レイン。どう?」


 レインの文字を入力して確定する。


『レイン……うん。私、レイン!』

「喜んでくれて良かった。レインは、これからどうする?」

『お姉さんと一緒に行く』


 レインは、背後にある泉を振り返って、手を伸ばす。すると、泉の水が、レインの中に吸い込まれていった。


『お姉さんの家に住ませて欲しいの』

「うん。良いよ。一緒に行こうか」

『うん!』


 名前を付けてあげたからか、レインは一気に私に懐いたみたい。

 取り敢えず、テイムモンスターが二人になった。二人とも、まともなテイム手段じゃないっていうのが、何だかあれだけど。


「アカリには、共有しておこ」


 アカリにメッセージを送りつつ、レインと一緒にギルドエリアへと向かった。

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