第90話 砂漠エリア

 ボスエリアから出た私を待っていたのは、皆との話でも何度か出ていた砂漠エリアだった。今の時刻は、十四時前。ワンオンの中では、そろそろ夜明けだ。


「暑くはない……寧ろ、寒いくらい……」


 砂漠の夜は、寒いというのがよく分かる。この寒さは、霊峰の頂上付近の寒さに似ている。確かに、これは寒さ対策も必要だ。


「状態異常みたいなのは付いてない。これなら、まだ先に進めるかな」


 ちょっとでも感覚を味わっておこうと思い、砂漠の中を進んで行く。一面砂だらけだけど、足場自体はしっかりとしている。湿地帯よりもマシかな。

 試しに、高速移動をしてみる。


「わぷっ……!?」


 踏み切る事は出来た。でも、着地が上手くいかなかった。歩く分には、しっかりとした足場でも、高速移動の勢いを殺すには不安定過ぎた。高速移動の勢いのまま吹っ飛んでしまった。そして、砂漠の砂に顔から突っ込む事になった。


「ぺっ! うえっ……砂食べた……止まるのに工夫が必要かな。でも、【神脚】の練習には良いかも。ここで完璧に調節出来るようになったら、普通の場所でも、ちゃんと使えるようになるだろうし」


 新たな環境である砂漠は、私にとって良い修行場所になりそうだ。

 寒さに耐えながら、近くにある砂丘を登った。すると、砂丘の向こうにオアシスと小さな街があった。砂岩か何かで作られたような街で、砂漠と同化している。


「やった。ラッキー」


 街があるという事は、ウェットタウンや双刀の隠れ里のように転移が出来るという事だ。態々熱帯を抜けて行く必要がなくなる。まぁ、全力で走ったら、五分もしないで抜けられるけど。

 まっすぐ街に向かうと、ちょうど街の入口ら辺で夜が明けた。一気に倦怠感が襲ってくる。すぐに日傘を差した。


「えっと、街の名前は……オアシスタウン。まぁ、ありきたりだけど、分かりやすい名前だね。暑っ……」


 日が出て来たからか、周囲の温度が上がり始めた。倦怠感も強くなってきたので、本格的に朝が来ている証拠だ。


「街の中なら、安全に砂漠の気候を味わえるかな。取り敢えず、現状がどんな感じなのかは知っておかないと」


 街を散策するついでに、砂漠というものを味わおうと考えた。オアシスタウンは、結構整備されているみたいで、道は固められていて砂は所々しか積もっていなかった。それに、サボテンが生えていて、中央にあるオアシスの周りにも木々が見えるので、意外と緑がある。

 街の賑わい的には、そこそこって感じがする。一応、出店的なものが出ていて、凝縮スイカって名前のスイカが売っていた。他に売っているのは、お皿とか壺とかだ。買ってどうするのだろうか。そんな事を疑問に思いつつ、凝縮スイカを買う。さすがに、スイカを丸ごと買っても食べるのが難しいので、カットされているものを買った。

 せっかくなので、歩きながら食べる。


「甘……」


 もの凄く甘い。嫌な甘さというわけじゃないけど、普段食べているスイカとは、全く違うので、少し驚いた。凝縮スイカを味わいながら、散策を続ける。

 そして、オアシスタウンの中央にあるオアシスに着いた。


『オアシスタウンへの転移が可能になりました。街の広場から転移が可能になります』


 オアシスが広場扱いになるみたい。これで、自由に砂漠に来られるようになった。


「よし。後は、何かあるかな」


 周囲を見回して、少しでも気になるようなものはないか確認する。バザーみたいな感じで色々と売っているけど、私の目にはガラクタにしか見えない。オアシスタウンには、ああいうものが多く売られているみたい。冷やかしに行こうかなと思っていると、自分が息切れし始めている事に気が付いた。


「ん? どうしたんだろう……? ふぅ……てか、怠い……」


 倦怠感もどんどん上がってきて、かなり辛い。これは日が出て来たからというだけじゃない。暑さだ。これまで感じた事のない程の暑さが襲い掛かってきている。熱帯やジャングルとは違うカラッと乾いた暑さだ。暑さの種類は違うけど、こっちの暑さの方が暑すぎて辛い。


「もう無理……」


 暑さに耐えられなくなった私は、ファーストタウンに転移した。そして、そのままアカリエに向かった。


「アカリ~、シャワー貸して~」


 アカリエの裏に入って。すぐにそう言った。さっき砂に顔から突っ込んだ事などもあって、ちょっとシャワーを浴びたい気分だった。


「良いよ」


 アカリに許可を貰って、シャワーを借りる。別に砂が残っている訳では無かったけど、こうしてシャワーを浴びると、すっきりとした気分になる。血姫の装具ではなく、白いワンピースに着替えて、シャワールームから出る。


「ありがと」

「ううん。でも、どうしたの?」

「熱帯を突破して、砂漠に行ったんだけど、顔から突っ込んだ」

「何をしたらそうなるの……?」


 アカリが、少し呆れながら訊いてきた。まぁ、普通は顔から砂漠に突っ込むなんて事ないだろうし、呆れられても仕方ないかも。


「いつもの高速移動をしたら、踏ん張りが利かなくて転んだ」

「あぁ、なるほどね」


 これにはアカリも納得してくれた。普通の人は、私のような高速移動は出来ないから、砂漠に着いて、すぐに転ぶなんて事ないはずだし。


「気を付けなよ?」

「あ~、うん」

「これまでの環境と足場が違うから、良い練習になると思ってるでしょ?」


 すぐに私の考えが見抜かれてしまった。こうなると、何も言い返せない。


「うん」

「まぁ、凄く危険な訳じゃないだろうから、ガミガミは言わないけど、気を付けてね」

「分かってるって。もう似たようなやり取りを、数えられないくらいしてる気がする」

「それだけ、心配掛けてるって事。それと、これ」


 アカリは、私に眼鏡を渡してきた。


「何これ?」

「霊峰竜の素材で作った眼鏡」


 さっき渡したばかりなのに、アカリはすぐに形にしてくれていた。


────────────────────────


霊峰の霊視鏡:霊峰の神秘性が内包された眼鏡。【霊視】


────────────────────────


「【霊視】?」

「うん。説明見てみて」


────────────────────────


【霊視】:見えないものを見る事が出来る。その存在を具現化する。


────────────────────────


 見えないものを見て、それを具現化出来る。それが、どういう事を指すのかは、これから調べないと分からないだろう。


「どこか気になる部分がある時に掛けてみて。一応、分類的にはアクセサリーになってるから、頭装備は空いたままだよ」

「そうなんだ」

「それと、こっちは砂漠用のアクセサリーね」


 アカリから、ブレスレットを受け取る。


────────────────────────


蒼緋のブレスレット:青い宝石と赤い宝石が填め込まれたブレスレット。【温暖耐性】【寒冷耐性】


────────────────────────


 二つの耐性が付いたブレスレットだ。これを付けているだけで、砂漠の昼と夜に対する耐性が付く。ただ、あくまで温度系に対する耐性なので、日光によるステータスダウンには、何も影響しない。そこは、勘違いしないようにしないと。


「ありがとう」

「うん。じゃあ」


 アカリは、ササッとメニューを操作した。そして、私の目の前にウィンドウが現れる。そこには、今回のアクセサリーの値段が書かれていた。二つで、五十万Gだった。血姫の装具の最初の値段と一緒って考えると、ものすごく高いように感じるけど、アカリの技術も日々進化していっている。最初に比べて高くなってもおかしいところはない。

 私もこのくらい払えるくらいには、稼いでいるから、一括で払う。


「毎度あり。そういえば、最近、私のところに売りに来ないけど、ラングさんのところに行ってるの?」

「ううん。高かったり、使えそうなもの以外は、NPCのお店に売ってる。アカリと売り買いばかりしていたら、お金が私達の間でしか動かないし」

「まぁ、それもそうだね。そういえば、ハクちゃんは、これからどうするの?」

「せっかくアクセサリーも貰ったし、砂漠に行って感触を確かめてくる。ちょうど日も出て来たから」

「気を付けてね。それと、アクセサリーの感想も聞かせてね」

「了解。それじゃ」


 アカリと手を振って別れて、私は、再び砂漠へと向かった。

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