第79話 順調な滑り出し

 飛んでいる霊峰の支配竜は、口の中を赤熱させて首を上に上げた。


「ブレスだ!」

「【ウォーターウォール】」

「【二十連】【ストーンウォール】」


 何重にも張られた石の壁の前に水の壁が張られる。私達は、その後ろに、すぐ移動した。全員が避難して二秒後。霊峰の支配竜から吐き出された赤い炎が、防壁に当たる。水の壁は、二秒耐えて、蒸発した事が音で分かった。でも、その分ブレスの威力を下げているはず。

 石の壁に当てられているブレスが、今、どこまで来ているのかは分からない。でも、すぐに壊れる事なく耐えているのは確かだ。


「アクア、あの口を塞げるか?」

「ここからだとよく見えないから、確証はないよ」

「やってくれ」


 アク姉は、杖を構えて、ブレスに隠れている霊峰の支配竜を見る。


「【ウォーターエンブレンス】」


 アク姉が唱えたと同時に、ブレスが止む。アク姉がしたのは、霊峰の支配竜の口に水の膜で蓋をしただけだった。ブレスのせいで、どうして止まったのか具体的には分からなかったけど、水の膜だけでも口の周りにあったら、ブレスを止めてしまうと分かったのは、上々だと言える。


「フレ姉。ドラゴンの行動はどう?」

「今んとこ、普通のドラゴンと同じ行動だ。だが、相手はレイドボスだ。HP残量で行動が激変する可能性もある。急くなよ?」

「うん」


 その会話をしてから、私達は攻撃を再開する。空を飛んでいる霊峰の支配竜に対して、アメスさんが魔法を放っていく。霊峰の支配竜は、それを避けるように、縦横無尽に飛んでいた。天井や壁があるから飛べる高さと範囲が狭いのは有り難いけど、それでもまともに当てられないくらいには、素早く動いていた。

 でも、私はその動きに違和感があることに気付いた。それは、同じルートを周回しているだけという事。このくらい他の人達でも気付く。特に撃っているアメスさんは、すぐに気付くだろう。なのに、偏差撃ちをしないところを見るに、霊峰の支配竜は、このルートで避けているのではなく、このルートで避けさせられているのだと考えられる。


「【メイルストロム】」


 霊峰の支配竜の回避ルートに、大きな渦潮が出来る。アメスさんの稲妻に追い立てられていた霊峰の支配竜は、急に現れた渦潮を避ける事が出来ずに、中に突っ込んだ。羽を自由に動かせなくなった霊峰の支配竜は、そのまま渦潮に飲み込まれた。


「【二十連】【ロックショット】」


 散弾のように撃ち出された石が、渦潮に飲み込まれる。ただの意味の無い攻撃に思えるけど、中に入った石は、効力を失うまで、渦潮の流れに乗って、回転している。石は、一緒に流されている霊峰の支配竜に、次々に命中していく。

 風に砂利が混じっていると、身体に当たった時に痛いように、渦潮の中に異物があったら、ダメージを負う事になる。ダメージ量は微々たる量だけど、【メイルストロム】だけよりもダメージ量は上がる。

 【メイルストロム】が猛威を振っている間の十秒間は、アメスさんしか攻撃をしていない。物理主体の私達は、突っ込んだら【メイルストロム】に巻き込まれてしまうからだ。アク姉は、MP回復薬を飲んで、カティさんは、弓を引き絞って狙いを定めていた。

 効果時間が過ぎた【メイルストロム】が消えたところで、霊峰の支配竜の姿が露わになる。霊峰の支配竜は、まっすぐにアク姉を見ていた。さっきまであったトモエさんへのヘイトよりもアク姉へのヘイトが上回ったからだ。

 羽撃った霊峰の支配竜は、まっすぐにアク姉の元に突っ込んで来ようとする。


「【チャージショット】」


 ずっと引き絞っていたカティさんが、霊峰の支配竜に向かって矢を放った。先程までと違って、放った瞬間に大気が震えた。ものすごい威力を持った一撃だ。恐らく、溜めた分だけ威力が増していく技だろう。

 霊峰の支配竜の額に命中して、霊峰の支配竜の動きが止まる。それを見て、私は思いっきり踏み切って、空に跳んだ。


「【卯月】」


 霊峰の支配竜の身体に双剣を突き刺して、そのまま身体を捻って、横に一回転する。突き刺した双剣も同じように動き、ダメージエフェクトが円形を描いた。

 さすがに、私も常に飛び続ける事は出来ないので、そのまま落下する。


「【弱者の嘲り】」


 トモエさんが、もう一度ヘイトを自分に集中させる。霊峰の支配竜の視線が、アク姉からトモエさんに移った。霊峰の支配竜は、空から急降下して、トモエさんにその爪を叩きつけようとする。


「【鉄塊】【鉄壁】」


 盾を上に向けて、トモエさんは爪の一撃を受けた。


「ぐっ……」


 トモエさんは、少し押された。HPも二割削れていた。


「【ヒール】」


 すかさず、メイティさんの回復が入る。それと同時に、動きが止まった霊峰の支配竜に、フレ姉とゲルダさんが飛び掛かった。


「【竜閃槍】」

「【爆熱白打】」


 フレ姉の槍が白い光を纏い、その先端が竜の顎のようになる。顎は、そのまま霊峰の支配竜の身体に噛み付き、内側にある槍が身体に突き刺さった。

 さらに、ゲルダさんの拳が、反対方向から命中する。命中した箇所の中心から霊峰の支配竜に向かって、爆発が起こる。ゲルダさんのHPが減っていないところから、反動ダメージがない事が分かる。霊峰の支配竜は、再び空を舞おうとする。


「【暴風の裁き】」


 荒れ狂う暴風が、霊峰の支配竜を包み込む。渦潮とは別の理由で、霊峰の支配竜は安定して飛ぶことが出来なくなり、錐揉みしながら墜落した。


「【烈火烈日】」


 墜落した霊峰の支配竜の下から、炎が噴き出して、その身を焼いた。


「全員! トモエの後ろに、集まれ!」


 フレ姉の指示で、皆がトモエさんの後ろに集合する。フレ姉がそう指示したのには、訳がある。霊峰の支配竜のHPゲージが一つ減ったからだ。


「カティ、重い一撃を頼む」

「分かりましたわ。【強弓重矢ごうきゅうじゅうし】」


 カティさんが放った矢が、霊峰の支配竜の額に命中して、霊峰の支配竜が首を跳ね上げる。


「耐久は変わらなさそうだな。私とゲルダは、行動阻害を主体として攻撃する。アカリ、サツキ、ハク、カティは、物理のアタッカーだ。隙を見て、何度も攻撃しろ。一撃離脱でも良い。ダメージ稼ぎは、アクアが主体だ。アメスは援護。トモエは、あいつのヘイトを維持。メイティは、回復に専念しろ。支援も欲しいところだが、あいつの攻撃力は馬鹿に出来ない」


 霊峰の支配竜は、物理攻撃よりも魔法攻撃の方が通りが良い。それを考えると、アク姉が主なダメージディーラーとなるだろう。私達は、微々たる量でもダメージを与えていく事。物理が効かないってわけじゃないしね。

 メイティさんに関しては、支援魔法も使えるけど、戦闘を少しでも長く継続するために、回復に専念って感じみたい。


「来るぞ!」


 炎に包まれていた霊峰の支配竜が、地を蹴って突っ込んできた。


「【キャッスルウォール】」


 トモエさんが、盾を地面に突き刺すと半透明の壁が広がる。霊峰の支配竜は、その壁に突っ込んで止まる。でも、それで諦めず、爪を立てて押してきた。


 そこに、ゲルダさんが飛び込んだ。


「【重閃脚】」


 霊峰の支配竜の身体に放たれた蹴りは、霊峰の支配竜の身体をくの字に曲げる。


「【テンペスト】」


 さっきみたいに暴風が霊峰の支配竜を包み込むけど、さっきとは違って、その中には雷も含まれる。風と雷の複合魔法ってところかな。

 霊峰の支配竜は、その中で首を持ち上げて、口の中を赤熱させ始めた。


「ちっ! 本当にブレスは厄介だな! 【グングニル】」


 フレ姉が、別の槍を取りだして、思いっきり投げた。槍は、変な軌道を描きながら、霊峰の支配竜の顎に命中する。強制的に口を閉じさせられたせいで、吐き出すはずだった炎が、口の中で炸裂した。それだけで、一割ぐらいHPが減っている。


「ギリギリで上手くいったな」

「【チャージショット】」


 爆発した霊峰の支配竜の身体に、カティさんが溜めていた矢が命中する。


「【暗黒の呪縛】」


 アメスさんが、再び霊峰の支配竜を拘束する。そこに、私達が飛び込む。


「【斬鉄剣】」


 サツキさんが大剣をまっすぐ振り落とす。名前の通り鉄をも斬り裂くであろうその技は、霊峰の支配竜の身体を深々と斬り裂いた。


「【メテオシャワー】」


 思いっきり跳び上がったアカリが、霊峰の支配竜に向かって細剣を連続で突き刺す。上から下へのその攻撃は、まるで流星群のようだった。

 【血装術】の効果が切れて、ツイストダガーに戻った血刃の双剣を仕舞った私は、血染めの短剣に入れ替えた。


「【鎧通し】」


 短剣は、霊峰の支配竜の身体に深々と突き刺さった。この技は、防御力を無視して攻撃出来る技だ。ただし、プレイヤーに使った時のみ、鎧の防御力を無視するという風に変わる。

 ラピッドファイアでは、隙が大きすぎるので、こっちの方が有効だと判断した。


「【ヴォイド】」


 霊峰の支配竜の身体の一部が歪んだ。でも、シャドウのように身体の一部が消えるという事はなかった。大きなダメージエフェクトが出るだけだ。あれは、一撃で倒せるモンスターだけの演出だったのかもしれない。

 怒濤の攻めを食らった霊峰の支配竜は、二段目のHPが半分まで減っていた。

 そこからは、同じような戦闘を二度繰り返す。トモエさんが攻撃を受け止め、更なる追撃をゲルダさんとフレ姉で止める。アメスさんが拘束して、カティさんからどんどんと強い攻撃を命中させていく。

 これで、二段目のHPも削り切った。行動が変わると思っていた分、ここまでは呆気なく感じた。

 でも、そう感じる事が出来たのは、ここまでだった。

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