第60話 中級エリア突入

 アカリと一緒に森を進んでいると、不意にモンスターが、私達の方に向かってきたのを感じた。


「アカリ」

「うん。でも、どうしていきなり……」

「ここからが中級エリアなのかも。さすがに、奥まで簡単に行けるようにはしてなかったみたいだね」


 ここからは、さっきまでと同じようにはいかないということが、この状況から考えられる。接近してくる速さから考えて、相手は四足歩行系のモンスターだと思う。


「何かブラックレオパルドみたいな感じがする」

「……ハクちゃん、当たりかも」


 私達の見ている先から黒い豹が走ってきていた。どう見ても、ジャングルのレアモンスターであるブラックレオパルドだ。中級エリアに入ったと考えれば、モンスターの種類がレアモンスターになっていてもおかしくはない。ブラックレオパルドの素材は、結構高値になるので、良い素材が手に入るという点でも嘘ではないし。

 現在の時間は、朝七時くらい。太陽が上がって、私のステータスも下がっている。


「【ディフェンスエンチャント】【スピードエンチャント】」


 攻撃に関しては、【血装術】もあるので、防御と速度を重視する。

 私に向かって突っ込んでくるブラックレオパルドに蹴りを合わせる。勢いを殺し切れなかったブラックレオパルドの顔面に蹴りが命中した。多少勢いが衰えていたという事もあり、大きなダメージにはならなかったけど、ブラックレオパルドが一瞬怯む事になった。

 その一瞬を見逃さずに、アカリが細剣を突き出す。ブラックレオパルドの首を正確に突き刺した。クリティカル判定の攻撃を受けて、ブラックレオパルドがさらに怯む。そこで、私も左手に握ったツイストダガーを首に突き刺す。こっちもクリティカル判定だけど、スローイングチンパンジーの時よりも、ダメージが小さい。でも、出血状態には出来る。

 この一瞬を無駄に出来ないと考えた私は、ブラックレオパルドから取り出した血を拳に纏わせて、思いっきり殴った。ブラックレオパルドが吹っ飛んでいって、木にぶつかる。

 そこに、アカリが再び細剣を突き刺した。今度は、心臓があるであろう場所を貫いていた。この私達の連携でHPが五割も削れた。さらに、【血装術】で血を取りだして、血染めの短剣に纏わせて、ブラックレオパルドを斬る。これで、六割削ったけど、私達二人の連撃は、ここで途切れて、ブラックレオパルドが距離を取って、私達の周りを回り始める。


「ここからは、ヒットアンドアウェイをしてくるんだよね」

「うん。反応出来る?」

「もちろん。ハクちゃんの方こそ、ステータスが下がった状態で大丈夫?」

「大丈夫。ダメージは出せないけど、反応は出来る」


 私とアカリは、互いに背中合わせになって死角をなくす。そして、ブラックレオパルドの攻撃を弾いて、少しずつ削っていく。最初みたいに思いっきり向かってきてくれれば、カウンターで蹴りとかをぶつけて、怯ませる事が出来るのだけど、それが出来ないから地道な作業になる。近づいてくる度に、【血装術】で血を取って、攻撃が掠って削れてしまうHPを回復しておく。

 主にアカリの攻撃でダメージを稼いで、ブラックレオパルドを倒した。強さ的には、普通のブラックレオパルドと変わらないし、索敵範囲も同じだ。


「ここからは、本当に一筋縄じゃいかないね」

「レアモンスターが続々出て来るならね。もうその時点でレアモンスターとは言い難いけど」

「ここだと普通のモンスターと同じだもんね。他のエリアのレアモンスターも出て来るって考えると……結構危ないかな」

「どうだろう? 東が森ってだけで、他のところは別の環境で、そこに合わせてレアモンスターが配置されているかもよ?」


 私は、ブラックレオパルド以外のレアモンスターに遭遇した事がないので、後何体いるのか分からないけど、それが一番しっくりくる気がした。


「それもあり得るかな。でも、確定じゃないから、油断しないで」

「分かってる。それと、素材の方はどう?」

「通常のドロップよりも数が多いかな。これは、結構有り難いかな。ブラックレオパルドの素材は、あまり出回らないからね。皆、贔屓にしているお店に売っちゃうから」

「そこばかりは仕方ないね。でも、素材が多く手に入るなら、このイベントに出た意味はあるね。さっさと、安地を見つけて、夜まで待機したいところだけど」

「それなら、どんどん進んで行かないとね」


 恐らく中級エリアに入った私とアカリは、森の中を進んで行く。ここに来て、モンスターと遭遇する回数が増えて、ブラックレオパルドを五匹倒した。基本的に、アカリ頼りになってしまって、申し訳ないけど、幸いな事に大ダメージを負うこともなく切り抜ける事が出来ている。

 そうして近くにモンスターの気配がしなくなった頃、最初にいた小さな平原を見つけた。同時に、開いた場所から森の先にあるものが見えた。


「あの山が、エリアの終点かな?」


 アカリからも見えたらしく、そう口に出した。平原になって、空が確保出来たおかげで見えたものは、アカリの言う通り大きな山だった。そして、その山は、ただ高く聳え立つわけではなく、壁のように連なっていた。あそこが終点とアカリが考えたのも、そこが要因だと思う。

 私達の他に辿り着いたプレイヤーはいない。私達が一番乗りだ。


「じゃあ、テントを出すね」


 そう言ったアカリが、テントを取り出すと、既にテントが張られた状態で出て来た。自分達で張らないで良いのは、とても有り難い。張り方なんて分からないし。

 二人用のテントだけど、ちょっと小さい感じもする。アカリと一緒に中に入ると、二人で横になれるだけしかスペースがない。本当に二人で寝るだけ用のテントという感じだ。まぁ、実際、二人で寝るだけしかしないのだけど。

 それぞれで寝袋を敷いて横になる。


「さてと、それじゃあ、おやすみ」

「うん。おやすみ」


 ゲームの中ですんなりと眠る事が出来るのか心配だったけど、驚く程スムーズに眠りについた。まるで時間が早送りになったように、気が付いたら夕方になっていた。


「ふぁ~……もしかして、これも時間の操作なのかな……?」


 このイベントが時間を引き延ばしているように、眠りという状態異常には、知覚している時間を縮めるような効果があるのかもしれない。あるいは、前のアップデートの際に更新されただけで、私が気絶した時と同じような感じだったのかもしれない。

 そこは、前に眠りの状態異常を受けた人か、私がまた気絶でもしない限り分からない事なので、このまま考えても仕方ない。

 私は、上体を起こしながら身体を伸ばす。そして、隣でまだ眠っているアカリの肩を揺らす。


「ううん……もう夜……?」

「夕方。ちゃんと意識が覚醒してから動いた方が良いでしょ。ほら、起きて」

「う~ん……そうだね……」


 アカリも身体を伸ばして起きてくる。寝袋を仕舞って、二人揃ってテントを出る。そして、アカリがテントを仕舞う。外は、だいぶ暗い。でも、まだオレンジ色の空が一部に残っている。まだ芯に残る怠さを認識しながら周囲を見回す。


「他のプレイヤーは……いないみたいだね」

「ここの他にも安地はあるだろうからね。必ずしも、皆同じところに来るとは限らないんじゃないかな」

「まぁ、それもそうか。取り敢えず、次の安地目指して行く?」

「うん。今の内に行けるところまで行っちゃおう。もしかしたら、ブラックレオパルド以外のモンスターに出くわして、ここに戻る事になるかもだけど」


 アカリの言う通り、ここまではブラックレオパルドだけだったけど、まだ他にいる可能性は残っている。上級エリアに差し掛かって変わってくれるのが一番だけど。


「よし! もう行って大丈夫?」

「うん。大分身体は楽になった。若干怠さが残ってるけど、まぁ、すぐ本調子になるよ」

「それじゃあ、行こうか」


 アカリに手を取られて、再び森の中へと進む。イベント一日目後半戦の始まりだ。

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