第7話 小さな抜け穴
森に入って、五回程戦闘を行った。結局木々の影でステータスダウンを免れる事もなく、三割ダウンは続いていた。そのため、ワイルドボアとコボルト相手に、少しだけ苦戦する事になった。ダウン前は、結構簡単に剣を突き刺す事が出来ていたけど、ダウン後は突き刺すのにもっと力を使う事になった。
コボルトに関しては、首を刎ねきれず、大ダメージを与える事しか出来なかった。
ワイルドボア三頭とコボルト二体で試したので、ステータスダウンの効果は間違いない。取り敢えず、ギリギリ問題無く戦えるという事は分かった。
「このゲーム思ったよりも、プレイヤースキルが重要かも」
アカリが技量で補う事が出来ると言っていたけど、ここでも技量で補う事が重要になってくる。この技量は、プレイヤースキルとなるはず。むしろ、スキルの方を補助と考えるべきかもしれない。
「スキルが全てものをいうゲームが多いから、こういうの結構好きだな。長く楽しめそう」
私は、スキルレベルを上げる為に、森の中で戦闘を続けた。やっぱり初心者用の場所って事もあって、戦闘の回数はあまり伸びない。その短い中で、何とか【吸血】を混ぜた戦い方を模索したけど、まだ難しそうだ。吸血する事自体は、何度か出来たから、スキルレベルは上がった。それだけでも、良かったと言える。
────────────────────────
ハク:【剣Lv9】【吸血Lv10】【脚力強化Lv5】
控え:なし
SP:4
────────────────────────
特に何かした訳では無いけど、【脚力強化】もスキルレベルが上がっている。多分だけど、森の中を走ったからだと思う。本当に脚に関わる事なら、何でも発動するみたい。
「【吸血】がスキルレベル10になったけど、派生スキルは無し……確実に手に入るわけじゃないって事ね。【剣】は、もうすぐ10だし、そこまでは頑張ろう」
次のモンスターを探して森を歩いていると、周囲から戦闘音がしてこなくなっている事に気付いた。
「一斉に帰った? まぁ、そろそろ夕方だしあり得なくはないよね」
周りを見てみるけど、特に何か変わった点があるような感じはしない。
「ボスエリアとか? でも、それにしては、突然過ぎる気がするし……」
ボスエリアだけ、チュートリアルと同じで別空間に転移するって可能性を考えたけど、それなら、何かしらの表示が出ても良いはず。まぁ、そういう表示が出ない可能性もあるけど。
「ちょっと戻ってみよ」
ここがボスエリアで飛ばされたとかだったら、このまま戻れば、また戦闘音が聞こえてくるはず。でも、いつまで経っても戦闘音がしてこない。
その代わりに、何かが歩いてくる音がしてきた。音が聞こえてくる方向を向くと、こちらに向かって歩いてくる二メートル越えの黒い鎧が見えた。その鎧の隙間から黒い霧のようなものが溢れ出ている。そして、その手には大きな両手剣が握られていた。
これだけの特徴があれば、私も相手が誰だか分かる。
「夜霧の執行者……」
アカリと話した時に話題に出たエンカウントボス夜霧の執行者が、そこにいた。私は、すぐに剣を抜く。
「さすがに、魔力の牙でも鎧は貫けないよね……」
戦う気満々だったけど、あの姿を見て、背筋が凍るような感覚に襲われる。まさか、ここまで恐怖を感じるとは思わなかった。
これはこっちが弱いからというだけの理由では無い。夜霧の執行者から溢れ出てくる殺気もしくは威圧感によるものだ。
これが、夜霧の執行者のパッシブスキルなのかもしれない。状態異常に掛かっているという事はないから、ステータスに影響するものと考えられる。
「どうくる……?」
身体の震えを抑えて、相手の動きを見る。事前に、アカリから情報を貰ってなかったら、ここで突っ込んでいたと思うけど、攻撃力も防御力も高いと言われてしまえば、出方を窺いたくなってしまう。
夜霧の執行者は、私から十メートル程離れたところで立ち止まると、両手剣を構える。とてもシンプルな両手剣だけど、凶悪なものに見えてしまう。
油断なく構えて、夜霧の執行者の動きを待っていると、急に私の二メートル前まで接近してきた。同時に、上に振りかぶった両手剣を振り下ろそうとしてくる。
「!?」
私は、咄嗟に後ろに飛び退いた。この選択は正しかった。私の目の前を空振った両手剣は、地面にめり込んだ。それと同時に、周囲の地面が罅割れる。
「まさか、ここまでの攻撃力だとは……地面が柔らかいとかないよね」
思っていた何倍もの力に、自分の眼を疑ってしまう。これは、まともに相手をすれば、即死だ。ここは、相手の攻撃に当たらないように動き続ける方が良い。夜霧の執行者は、私を追って駆け出してくる。だけど、その速度は、かなり遅い。攻撃力防御力にステータスが割かれているって考えて良さそうだ。
「これなら付け入る隙があるはず。それでも、倒せないって事は、防御力も私の想像以上かな。となれば、弱点探しと【吸血】が本当に効果無しか試すくらいかな」
私は、逃げるのをやめて、夜霧の執行者と向き合う。攻撃は見切れば良い。あの一撃を避けられた事から、攻撃速度も私が避けられない程ではないと考えられる。
夜霧の執行者に向かって駆け出す。夜霧の執行者は、両手剣で薙ぎ払ってくる。それをスライディングで避けて、夜霧の執行者の右後ろに抜ける。そして、まずは関節への攻撃を確かめる。右膝裏への斬撃は、大したダメージにならなかった。というか、そもそも一ドットすら削れてない。
「私の攻撃じゃ、全く通じない……単純に火力不足だ」
夜霧の執行者は、私の方に振り返ると、両手剣を叩きつけた。ギリギリで横に跳び、その攻撃を避けた。そして、また背後に回って、今度はその背中に向かって剣を振う。何の手応えもなく、鎧の表面を剣が滑っていった。
「鎧にやっても同じ結果かと思ったけど、それ以下じゃん! その鎧何で出来てるの!?」
私の疑問に答えてくれるわけもなく、夜霧の執行者が剣を肩に担ぐ。嫌な予感に襲われた私は、その場から横に跳ぶ。同時に、夜霧の執行者が急接近して剣を振り下ろした。退避が間に合わなかった私の左手首から先が斬り落とされる。
「!!」
鈍い痛みが走り、HPが六割削れた。そして、私の視界に欠損の状態異常マークが出て来る。動くのに支障もなく、すぐに痛み自体もじんじんとするくらいに引いていった。でも、すぐに左手が元に戻る事もない。しばらくは、このまま欠損状態が続きそうだ。
片手剣だから、そこまでの支障はないけど、両手を使えないと色々と不便だ。
「もう少し検証したかったけど……仕方ないか」
私は、剣を装備から外して、身軽になる。夜霧の執行者の薙ぎ払いをしゃがんで避けてから、その背中に回り飛び乗る。そして、駄目元で【吸血】を発動する。魔力の牙で首元の兜と鎧の隙間に噛み付く。素肌が見えている訳では無いので、ここでも阻まれる可能性があったけど、魔力の牙は、鎧を通って突き刺さった。
「!?」
口の中にいつもの鉄の味が広がる。でも、匂いが違った。鼻に抜けてくる匂いは、ドブ川のような匂いだった。
一気に吐き気を催したけど、必死で押し留める。何故なら、この味と匂いに加えて、HPが回復しているという事は、【吸血】が機能しているという事だ。
夜霧の執行者は、私を振りほどこうと暴れるので、ぎゅっとしがみついて、吸血し続ける。夜霧の執行者のHPを確認するけど、ようやく一ドット減ったくらいだった。夜霧の執行者は、HPも馬鹿みたいに高いようだ。最大限やれる事をやってやろうと、しがみついて【吸血】を続ける。
すると、夜霧の執行者が、背中を木にぶつけ始めた。当然、そこに乗っている私は潰される事になる。息が詰まるのと同時に、背中に軽い痛みがあるしHPが削れるけど、【吸血】のHP吸収ですぐに回復する。それだけ、吸収出来る量が多いのかも。という事は、HP吸収は、相手の最大HPによって一飲みに吸収出来る量が変わってくるのかもしれない。
夜霧の執行者は、何度何度も私を振りほどこうと木に背中を叩きつけていた。HPを吸収する事で、何とか死ぬ事を免れているけど、五分で一割も減っていない。
でも、私が唯一ダメージを与えられる方法がこれしかないので、死ぬまで【吸血】を続ける。私と夜霧の執行者が、何度もぶつかり続けるので、周囲の木々が倒れていく。
二時間吸い続けて、夜霧の執行者のHPが赤ゲージに達すると、夜霧の執行者の様子が変わった。鎧の隙間から、黒い霧のようなものが噴き出してくる。
私の牙も押し返されそうになったけど、気合いで牙を押し込んで吸血を続ける。さらに、黒い波動みたいな全体攻撃が放たれる。危うく離れそうになったけど、ギリギリのところで耐えた。でも、HPは、九割削れた。通常戦闘中に、こんなものを食らったら、ひとたまりもない。でも、私は【吸血】のおかげで、死なずにHPを回復し続ける事が出来る。
このままやれば倒せると思っていると、夜霧の執行者は、両手剣を構えて、自分の胸に向かって突き立てた。それは、私ごと貫く事になる。死の予感がした。HPが、一気に九割九分削れる。
でも、またHPが回復し始める。回復と貫かれている継続ダメージで、回復の方がギリギリ勝っているので、死なずに済んだみたいだ。
そのまま五秒もしないうちに、夜霧の執行者の体力が尽きて、ポリゴンになって消えていく。両手剣を刺した継続ダメージで力尽きたみたいだ。
『夜霧の執行者を討伐しました。称号【夜霧を斬る者】を獲得しました』
そんな勝利ウィンドウとドロップしたアイテムが載ったウィンドウが現れた。でも、私は、それを見ていられる余裕がなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
本当に、色々と嫌な感覚と戦った三時間だった。てか、三時間も吸血していたら、ドブの匂いも慣れてしまった。本当に嫌な慣れだけど、こうなったから、勝てたので複雑な気分でもある。勝利ウィンドウも一旦消して、甘酸林檎を取り出し口直しをする。そこに、アカリからフレンド通話が来る。
「もしもし」
『もしもし? まだ外にいるの?』
「うん。ちょうど夜霧の執行者と戦ったところ」
『あ~あ、あの話でフラグ建てちゃったか。勝った?』
「勝った」
『……もう十八時に近いから、二十時くらいにログインして、話を訊いても良い?』
「オッケー」
そこで通話が切れる。身体を伸ばして、もう一個の甘酸林檎を齧る。
「三時間も吸血し続けるって、結構大変だなぁ。顎が疲れたような感じがする……私も街に戻ってログアウトしよっと」
成り行きで夜霧の執行者を倒した私は、ファーストタウンに戻って、ログアウトした。街に戻る頃には、私の左手も元に戻っていた。欠損の状態異常は、時間でも回復出来るみたいだ。かなり疲れる戦いだったけど、不思議と気分は晴れやかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます