第二節 災異鳥、現る!

第四十二話

 昼間の明るい空が、真っ黒になっていた。

 夜の闇とも違う、不吉な黒いそら。

 人々の叫びが聞こえてくる。

 そして、耳に胸に突き刺さる叫び声。人間の声ではない。


災異鳥さいいちょうだ……」


 清白王きよあきおうの呟きが聞える。

 災異鳥さいいちょう

 祥瑞鳥しょうずいちょうと対を成す、大きな黒い鳥。

 大異たいいのときに災いとともに現れるとされている、黒い鳥。

 全身真っ黒で、瞳もむろん黒い。


 黒い羽音が聞こえる。

 黒い羽根が、災異鳥さいいちょうから抜けて、舞い散る。幾つも幾つも。

 撒き散らされた羽根は黒い光とともに、漆黒を広めるようにひらひらと飛ぶ。

 恐ろしさが飛び散っているように見えた。


 雷がひかる。

 雷は神鳴り。

 神の怒り。

 天に住まう、天帝の怒り。


 もとくにでは、鳥は天帝の意を鳴くものとされていた。

 祥瑞鳥しょうずいちょう七色なないろの雲とともに現れ、よろこびのうたを歌う。

 災異鳥さいいちょうは黒雲とともに現れ、かなしみの叫びを轟かす。


 昼なのに真っ暗な世界に、「災異鳥さいいちょうだ!」「不吉な!」という人々の叫びが、災異鳥さいいちょうの叫びとともに響いている。


 黒い羽音。

 災異鳥さいいちょうの黒。

 それは、本物の黒。


「あの黒! 宮子みやこ、お前の髪色と同じだ!」

 あたかも、あたしが災異鳥さいいちょうであるかのように、聖子せいこ皇后は言う。

 あたしは自分の髪を見た。

 濡烏ぬれがらす色の髪。

 災異鳥さいいちょうからすが大きくなった鳥のようで、確かに同じ黒に見えた。


「こんなに短い間に、祥瑞鳥しょうずいちょう災異鳥さいいちょうが現れるなんて……。これはいったい、どう解釈すべきなんだ?」


 真榛まはりの呟きが聞こえた。

真榛まはり。このようなことは、前例のないことなの?」

「はい。そもそも、祥瑞鳥しょうずいちょう災異鳥さいいちょうも、ほとんど伝説の存在でした。過去の文献から、確かに存在するものだと、私たち学者やごく一部の人間はっておりましたが……恐らく他の者たちは、官人でさえ、それは伝説でしかないと思っていたはずです。それが、祥瑞鳥しょうずいちょうが現れたことで、人々の意識は一変したのです。しかし、災異鳥さいいちょうまで現れるとは……」

災異鳥さいいちょうはどうして現れたの?」


 黒く響く羽音、かなしみの叫び。人間までをも黒く染め上げる漆黒の闇。

 清白王きよあきおうが「灯」と書いた文字が昼間の闇夜にぽうと光る。 

 漆黒の中では微かなあかりでしかない光に、清白王きよあきおうの顔が照らし出された。


 清白王きよあきおうは眉間に皺を寄せて、何事かを考えているようだった。

 あたしも「灯」と書く。

 せめて、光が増えるといい。

 くらいと何も見えないから。

 暗闇の中で、清白王きよあきおうの白い髪が、ぼんやりと光っているように見えた。

清白きよあきさま」

「宮子」


 そのとき、災異鳥さいいちょうと目が合った、と思った。

 その目はかなしみの色を湛えているように見えた。

 ……何をかなしんでいるの?


「宮子?」

 災異鳥をじっと見つめるあたしに、清白王きよあきおうが不思議がって言う。

「ううん。災異鳥さいいちょう、泣いているんじゃないかしら」

「泣く? 鳴くではなくて?」

 漢字が意味とともに脳内に届く。

「そう、泣く。涙を流しているんじゃないかしら?」


 なおも、黒い大空を滑空する災異鳥さいいちょうをじっと見ようとしたとき、聖子皇后の声が突き刺さってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る