第四章 嵐が来る

第一節 清白王の異母きょうだい

第三十一話

宮子みやこさま……そろそろ起きてくださいませんか?」

 戸の向こうからする黄葉もみじばの声に、はっと起き上がる。

 やだ、寝坊しちゃった!

 隣を見ると、清白王きよあきおうはもういなかった。


 そうだ。

 朝、一度目を覚ましたときに、清白王きよあきおうはあたしを見て、「宮子はもう少し寝ているといい」と言って、キス一つして起き上がって行ったんだった。そしてあたしはそのまま本当に寝てしまったのだ。

 やだやだ、恥ずかしい!

「宮子さま? 入ってよろしいですか?」

 あ、うん、と言いかけて、はっと自分の姿を見て、「だめだめ、ちょ、ちょっと待って!」と言って、慌ててて着物を着る。

 なんとかいろいろ整えて、「いいわよ、黄葉もみじば」と言う。


「失礼します、宮子さま。実は……」

「な、なに?」

高子たかこ王女ひめがいらっしゃるとのことです」

「え? 高子王女ひめって、清白きよあきさまの妹の?」

「はい。聖子せいこ皇后の長女の」


 昨日の夜、清白王きよあきおうが言っていた。

 光子ひかるこを唆したのは高子だろう、と。


 儀式のときのたびに、いつも射抜くような視線を感じていた。七夕しちせきの祭りのときにもはっきりとそれを感じた。

 あの視線は高子王女ひめのものだったのだろうか。それとも、また別の? 高子王女ひめは単独? それとも後ろにはまた別の存在がある?


「分かったわ。すぐ用意するから、手伝ってくれる?」



 身支度を整えて、高子王女ひめを出迎えに行く。

 しばらくすると、大勢の人間を引き連れて、高子王女ひめが現れた。

「いらっしゃいませ。高子王女ひめ

 笑顔で言うも、高子王女ひめは返事もせず、つんとした様子で部屋に入って行った。


 上座についた高子王女ひめに向かい合う形で座る。

「今日はどのようなご用件で?」

「……そなたが、宮子か」

「はい」

「……また、訳の分からない血が混じるのか」

 高子王女ひめはそう言うと、はあっと溜め息をついた。


 高子王女ひめは赤いツバキを一輪髪に挿し、ツバキと同色の赤を基調とした色合いで、黄色の差し色と金糸の刺繍が美しい衣装を着ていた。長い黒髪はまっすぐで、凛とした女性だった。面差しは清原王きよはらのおおきみに似ている。確か二十歳だったと思う。

 清白王きよあきおうの腹違いの妹。

 幼少期から清原王きよはらのおおきみの妃にと育てられた聖子皇后の、娘。

 高子王女ひめの険しい顔つきを見ると、恨みは深いなと感じる。

 黙っていると、高子王女ひめは言った。


清白きよあきの血は穢れているわ」

「……どういうことでございますか?」

清白きよあきの母はね、文字の能力を持たない只人だったのよ。天皇の妃にはとてもなれない人間だったの。……確かにとてもきれいで、絶世の美女と言われていたけれど。……清白きよあきそっくりの美人だったの」


 なるほど。

 清白王きよあきおうのあの美しさは母親譲りなんだ。


「でも、それだけよ。美しいだけじゃだめなの。文字の能力がないと」

「はあ」

「そもそもね、清原王きよはらのおおきみの妃にはわたくしの母、聖子がなることに決まっていたのよ。それを横から奪っていったの、嘉子かこ妃は。能力もないくせに。容貌でたぶらかしたのよ」

 高子王女ひめはまるで見ていたかのように憎々し気に言う。


「ともかく、清白きよあきは皇太子に相応しい血筋ではないのです。穢れた血が入っているのです。それを、宮子さま、あなたにお伝えしておこうと思って来たのです」

「はあ」

「皇太子に相応しいのはわたくしです!」

「はあ」しか言えず、黙っていると、高子王女ひめはそう、高らかにのたまった。

「わたくしは二十歳で成人していて、文字の能力もあります。それに、血筋もよい。わたくしの母親はふじ氏本家の娘です。わたくしの方が皇太子に相応しいはずです!」

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