第十七話

 箱を開けると、禍々しい気配が現れた。

 人型に形どられた白い半紙のような紙が現れた。

 人型の紙には「萩古江 重篤」と書かれていた。

 ひと目で、これは悪しきものだと分かった。


宮子みやこさまの手にそっくりよ!」

 光子ひかるこは着物の合わせ部分から薄い水色の和紙を取り出した。

 折り畳まれたそれに、見覚えがあった。

 よく覚えている。

 一番初めに書いた祈言きごんだ。光子ひかるこから頼まれて。

 光子ひかるこが紙を広げると、そこには確かにあたしの文字で「暑気御祓」と書かれていた。光子ひかるこの母美子よしこ王女ひめに書いたものだった。


「それはあたしが書いたものです。最初に書いた祈言きごん。でも、呪符はあたしじゃありません」

「でも、よく似た手よ。使われている文字が違うけれど、癖がそっくり」

「見せてみろ」

 清白王きよあきおうは呪符を手にとり、眉をしかめた。

「強いしゅだ」

 清白王きよあきおうは筆をとると、「萩古江 重篤」の文字の上から「祓」の文字を書いた。

 すると禍々しい気配が消えて、それは急にただの紙になるのを感じた。


「これは、宮子みやこの手ではない」

「でも」

宮子みやこ、ここに『篤』と書いてみろ」

「はい」

 あたしは差し出された紙に、「篤」と書いた。

「見比べてみるがいい」

 光子ひかるこは悔しそうな顔をしながら、呪符の「篤」とあたしが書いた「篤」を見比べた。

 よく似ていた。

 しかし、跳ねる部分の書き方や点の書き方が、決定的に違っていた。


「これは、宮子の文字に似せて書いた、呪符だ」

「でも!」

「それに、この呪符はもう呪符の役目は果たせない。解除げじょしたから」

「だけど、呪符が解除げじょされても病はすぐには治らないわ。しゅが身体に残るのよ」

「それは宮子が解除げじょするだろう。――宮子、明日にでも頼めるか?」

「はい!」



「何よ!」

 光子ひかるこの声が響いた。

「何よ、何よ! 宮子さまが悪いのよ!」

光子ひかるこさま……」

 光子ひかるこは美しい目から、ぼろぼろと涙を流していた。

 美人は泣いても美人なんだなあ。

 光子ひかるこ付きの女官は泣き出した光子ひかるこを見て、ただおろおろしていた。

 すると、黄葉もみじばがハンカチのようなものを光子ひかるこ付きの女官に差し出し、光子ひかるこは涙を拭かれるままになっていた。


光子ひかるこさま。いっしょにお茶でもしませんか?」

 あたしが黄葉もみじばに目で合図をすると、黄葉もみじばは頷いて、さっと下がった。黄葉もみじばがきっとおいしいお茶とお茶菓子を持って来てくれるだろう。

光子ひかるこさま、どうぞこちらに」

 部屋の上座に案内する。

 光子ひかるこはおとなしく席につき、光子ひかるこ付きの女官は部屋の外で待つこととなった。


清白きよあきさま。あたし、光子ひかるこさまと二人でお話したいのです」

「分かった。では、わたしも下がろう――何かあったら、すぐ呼んでくれ」

「はい。……あの」

「なんだ?」

「あの、さっきは信じてくださって、ありがとうございます!」

 清白王きよあきおうは艶やかに笑うと、あたしの頭をそっと撫で

「当たり前じゃないか。宮子がそんなことするはずがないと、わたしは知っているよ」

 と言った。


 そこに黄葉もみじばが薬草茶と落雁に似た、小さなお菓子を持って現れた。

「さ、光子ひかるこさま。まずはお茶をしましょう」

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