第十五話

「お疲れさまです、宮子みやこさま」

 部屋に戻ると、黄葉もみじばが言った。

「うん、少し疲れたかな?」

 あたしは着物を着替えて、くつろいだ。


 すると、ふいに清白王きよあきおうが現れて言った。

祈言きごんは力を消費する。今日はたくさんおこなったから、疲れただろう」

清白きよあきさま」

 あたしは慌てて、崩していた足を揃えて座り直した。

「いや、いい、そのままで」

 清白王きよあきおうはくすくすと笑いながら、あたしのそばに座った。


「あ、じゃあ、わたしは下がりますね?」

 黄葉もみじばは意味ありげな視線をあたしに向けて、下がる。

 や、待って!

 黄葉もみじばは愛くるしい笑顔と共に去って行ってしまった。

 清白王きよあきおうと二人きり。

 き、緊張するんですけど。

 清白王きよあきおうは涼し気に微笑んで、あたしを見つめる。

 ああああ! 

 だめだ。

 恥ずかしくて、なんだか顔がまともに見られない。



 めあわしの儀を終え、あたしと清白王きよあきおうは正式に夫婦となった。

 あたしは、契約結婚のつもりでめあわしの儀を行い、そして皇太子妃となった。そして皇太子妃としての仕事を一生懸命やろうと自分に誓った。

 だけど、黄葉もみじばを始め、周りのものたちは何か別の期待をあたしにしているみたい。


「あのような清白王きよあきおうを見るのは初めてですよ」

「あのような、とは?」

清白王きよあきおうの、宮子さまへの態度ですよ。もう、お優しくて!」

「そ、そうなの?」

清白王きよあきおうは、みんなにお優しい方ですが、宮子さまはやはり特別なんですね! 全然違います。宮子さまを見つめる目が特に違います!」


 あたしにはその「全然違う」とやらが、さっぱり分からない。

 何しろ、出会ってすぐにめあわしの儀をすることになり、その後の清白王きよあきおうのことしか知らないのだ。

 だけど、しばらくいっしょに過ごすうちに、清白王きよあきおうの人となりが分って来た。

 皇太子としての職務が多忙であるにも関わらず、周りの人みなに優しく、皇太子だからと威張ったりするようなことは決してなかった。

 そして、あたしに対しても優しくて、「大切にする」と言ってくれたのは本当だった。


 あたしはめあわしの儀の夜のことを思い出していた。



 めあわしの儀の夜、当然のように同じ御寝所に案内され、あたしはかたまってしまった。

 そうか、これももしかして契約の仕事に入るのかな。か、考えていなかった。

 えーと、ど、どうしよう?


「宮子」

 清白王きよあきおうの手が触れて、ついびくっとしてしまう。

 やだ、あたし。

 別に初めてってわけでもないのに。

 あ、でも、この肉体は処女?

 あれ? えーと、あたしは処女なのか処女じゃないのか、どっちなんだろう?

 いやいやいや、あーん、あたし、何考えているんだろう?


「宮子」

 清白王きよあきおうがもう一度あたしを呼んで、手が髪を撫でる。

 ええい! だいじょうぶ! あたし、処女じゃない。

 っていうか、中身は清白王きよあきおうより年上なのよ。

 大丈夫。

 何が大丈夫か分からないけど、大丈夫だから。


 清白王きよあきおうの両手があたしの顔を包み込むようにして――キ、キスされちゃうのかな? と思ったら、清白王きよあきおうは急にぷっと噴き出した。

清白きよあきさま?」

「大丈夫。何もしないよ。――気持ちが通じ合うまで。時間はある。ゆっくり待とう」


 清白王きよあきおうはくすくす笑いながらそう言うと、あたしの頬に軽くキスをした。そのとき、清白王きよあきおうから、何かすごくいい薫りがした。


「今日は疲れただろう。おやすみ」

「え? あの、その」

「眠るまで手を握っていてあげようか?」

「い、いえ、それは恥ずかしいです!」

「……おやすみ、宮子」

「おやすみなさい、清白きよあきさま」


 ええっと。

 気持ちが通じ合うまでって、どういうこと?

 ええっと。

 これ、契約結婚、なんだよね?

 あたしはばくばくする心臓を静めながら、疲れていたのもあってすぐに眠りについた。



 そうしてあたしは娶しの儀以来、毎日、同じ御寝所で、麗しい清白王きよあきおうに頬にキスされて眠ることになったのである。

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