第十三話

「……まあいいわ。祥瑞鳥しょうずいちょうが現れたのだもの、仕方がないわ。でもわたくしは、あなたに負けたわけではなくってよ」

 何が勝ち負けかよく分からないので、この台詞にも笑顔で返す。

「……あなたの顔を近くで見ることが出来てよかったわ。わたくしの方が美しいって分かったもの」

 駄目だ。

 笑い出しそう。

 ここは本来、怒る場面かもしれないけど、あたしはなんだか光子ひかるこがかわいく思えてしまったのだ。つい、頬が緩んでしまう。

「……何よ。にこにこしていないで、何か言いなさいよ」


「今日はあたしの顔を見るだけの御用でございますか?」

 にこやかに言う。

 光子ひかるこはちょっとたじろいで、

「あなたの顔を見るのも目的の一つだったけれど、それだけじゃないわ」

「何でしょう?」

「あなたに祈言きごんを書いて欲しいのよ」

「どんなものですか?」

「わたくしの母への暑中見舞いよ。夏の暑さで体調を崩したりしないように」

「かしこまりました。お引き受けいたします」

 季節ごとの祈言きごんは既に真榛まはりから習っていた。

「……頼んだわよ。皇太子妃としての役目をちゃんと果たしなさいよ」

 光子ひかるこはそう言うと、艶やかな着物の裾を翻し、去っていった。

 華やかな顔立ちに華やかな衣装がよく似合っていた。



宮子みやこさま!」

 光子ひかること入れ違いに、黄葉もみじばが入ってきた。

「すみませんでした」

「え?」

光子ひかるこさまが突然いらして……お止めしたのですが、強引に行ってしまわれて」

 黄葉もみじばは額を床につけて、震える声でそう言う。


黄葉もみじば。顔を上げて」

「……はい」

「大丈夫よ、黄葉もみじば。あなたに落ち度はないわ。光子ひかるこさまは黄葉もみじばには止められないわよ。それに、あたしは平気だから」

 泣きそうな顔をしている黄葉もみじばに、にっこりと笑いかける。


 すると、真榛まはりが言った。

「ご立派でしたよ、宮子さま」

「そう?」

「そうですとも。あの光子ひかるこさまがたじろいでおりましたよ」

 真榛まはりはにやりと笑って、次に黄葉もみじばに視線を移して言った。

「だから、黄葉もみじば、本当に気にすることはありませんよ」

「……ありがとうございます、真榛まはりさま」

「では、宮子さま。皇太子妃としての仕事をいたしましょうか」

「はい!」

 あたしは張り切って返事をする。

 いよいよ、実践だ。



「宮子さま。……わたし、皇太子妃が宮子さまでよかったです」

「そう? ありがとう」

「はい」

 黄葉もみじばは実に愛らしく微笑むと、言った。

「わたし、皇太子妃付きの女官になることが決まっていたんです。つまり、もともとは光子ひかるこさまにお仕えする予定でした。……でも、わたし、宮子さまでほんとうに嬉しいです」

 あたしは黄葉もみじばに笑顔で応え、言った。

「あたしも、あなたでよかったわ。黄葉もみじば

「はい……!」


 さて。

 お仕事開始です!

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