訓練生編

第1話

 王都「エルゴン」の駅舎は、アステルとは比べ物にならないほどの大きさをしていた。エステル駅も王国内の地方都市にある駅の中では有数の規模を誇る駅なのだが、エルゴン駅の巨大さは王都の厖大な人口を感じさせるものだった。


「大きな駅だなぁ……」

 魔導バスから降りたアルは、駅の巨大さに唖然とした様子で呟いた。彼は暫くの間、呆けた様子で周囲を眺めていたが、ふと、ここに来た目的を思い出したようで、駅構内に浮かぶ魔晄掲示板に目を移した。上空の魔晄掲示板を見るものの、駅構内に複数浮かぶ掲示板から行先を見つけるのは不可能に近く、数分眺めていたものの訓練校への行き方はわからずじまいだった。


「エルゴン駅が、王都に存在する、もう一つの迷宮って呼ばれているのは知ってたけど……これは想像以上だな、爺ちゃんが観光案内を持たせた理由がわかったよ」

 自力で訓練校への行き方を探すことは早々に諦め、鞄の中から観光案内を取り出す。観光案内の目次を開くと「エルゴン駅の歩き方」というコーナーが太字で強調されて記載されていた。王都観光で最初に駅で躓く人間が多いということが良くわかる強調のされ方だ。アルは、ため息をついて目的のページを開いた。観光案内には「駅で迷った場合、まずは中央広場に向かうこと」と書かれている……が、それ以外には何も記述がない。


「アホか!その、中央広場にはどうやって行くんだよ!」

 肝心の中央広場への行き方が載っていない観光案内に対して、思わずアルの口から悪態が飛び出す。観光案内を閉じ、諦めて上空の掲示板に目を戻すと、最初に掲示板を見た時には気付かなかったが、やたらと大きく目立つ魔晄掲示板が存在することに気付いた。


「なるほど……書くまでもないってことか」

 その魔晄掲示板は「中央広場⇒」と大きく光り輝いており、有無を言わさず迷子者を中央広場へと誘導している。


 掲示板に従い五分ほど駅を歩くと、巨大な吹き抜けのある場所にたどり着いた。吹き抜けの中央には、駅の天井部よりも高く巨大な塔が聳え立っている。塔からは四方に透明な筒が延びており、筒の中をカプセルのような物体が移動しているのが辛うじて視認できた。観光案内によると、エルゴン駅の中央広場には「空中回廊」という公共設備が存在するらしく、それを利用すれば王都のほぼ全域に行くことができるらしい。また、空中回廊の通っていない地域に行く場合でも、中央広場にある案内所を利用すれば目的地にたどり着くことは難しくないようだ。


「あれが、空中回廊ってやつかな?」

 駅構内に浮かぶ魔晄掲示板もそうだが、王都にはアルの見たことのない魔法技術が溢れかえっているようだ。こういった魔法技術のほとんどが迷宮から産出されるということをアルは知っている。王国に住むほとんどの人間は、企業や政府の魔法学者が、こういった技術を生み出していると信じて疑わないが、魔法学者が生み出す技術など一割もないだろうと祖父は言っていた。アルは、残り九割の真実が知りたくて探索者を目指しているのだ。


 空中回廊の自動受付で料金を支払い塔の内部に入る。どうやら、回廊の利用料金は一律になっているようで、遠方であっても近場であっても料金は変わらないらしい。目的地に向かう方法も単純で、東西南北のどの方向に目的地があるかわかっていれば、その方角に向かうカプセル(タペースと呼ぶらしい)に乗り、音声で行先を告げるだけで目的地に運んでくれるようだ。訓練校の立地が王都の東であることを覚えていたアルは、東方面行きのタペース乗り場に向かった。東方面行きのタペース乗り場に着き、空いているタペースはないかと探していると、無人でドアの開いたタペースが幾つか見つかった。タペースは四人乗りのようで、中には乗り合わせて目的地に向かう人々も見かけるが、ほとんどの人間は個人で利用しているようだ。初めての乗り物に一人で乗るのは不安もあったが、荷物も多いので今回は一人で利用してみることにした。


 四人乗りとしては広めの内部に荷物を載せ、席に腰掛けると、タペース内に音声アナウンスが響く。


「目的地を設定してください」

 予期していたとはいえ、突然の無機質な機械音声にアルはギョっとする。


「ああ……えーと、探索者訓練校までお願いします」

「王都東地区、探索者訓練校前でよろしいですか?」

「はい、それで大丈夫だと思います」

「それでは、探索者訓練校前に向けて出発いたします。揺れますので、お気を付けください」


 注意喚起とは裏腹に、ほとんど揺れを感じることもなくタペースは動き出した。窓から外の景色に目を向けると、前方に巨大な口の様な空中回廊への入口が見える。塔の下からは空中回廊の透明な筒は細長く見えたが、近くで見る空中回廊はタペースが何百台も横に並べられそうなほど巨大だった。


「うわぁ……」

 現実離れした光景に、アルは思わず声を上げる。


 王都に着いてから見る光景に圧倒されてばかりだが、これに驚かない人間の方が少ないのではないだろうか?王都で使われている魔法技術が地方と比べて格段に先を進んでいることは聞いていたが、見ると聞くでは大違いである。これほどの魔法技術が眠る迷宮とはどんな所なのだろうか?王国では、地上に出回る迷宮内部の情報には強い制限が設けられており、一般人が迷宮内のことを知るのは難しくなっている。そもそも、迷宮の話が家庭での会話に上ること自体、普通の家庭ではないのだ。アルが迷宮に興味を持てたのも、祖父が引退した探索者だったからである。祖父の昔話を聞いたり、家に置いてあった祖父の手記を読むことで、アルは迷宮への興味を強め、知識を深めてきた。超難関と言われる探索者訓練校への入学を勝ち取れたのも、きっと、彼の家庭環境がそれに向かうように促していたからに違いない。


「間もなく探索者訓練校前です」

「……思ったよりも早かったな」

 ボーっと考え事をしているうちに目的地に到着したらしい。


 降車場所は、エルゴン駅の巨大な塔を小さくしたような建物で、乗り場と降り場、それに地上への昇降機があるだけの簡素なつくりの塔だった。塔から地上に降り周囲を観察するが、訓練校らしき建物は見当たらない。入学試験は地元のエステルで受けたので訓練校に来るのは初めてだ。事前に調べたりしなかったが、訓練校は立派な建物だろうからすぐに見つかるはずだと考えていたが、どうやら思い違いだったらしい。


「訓練校前って言うくらいだし、近くにあるはずだよなぁ……」

 独り言を言いながら周囲をグルグルと歩いていると、自分と似たような行動をしている人間が複数いることにアルは気付いた「これも試験なのか?」「学校なんてないじゃない!」など、少し離れた場所にいる自分にも聞こえるくらいの声で独り言を漏らしている。恐らく、同級生なのだろうが、見た感じイラついている人間が多そうだったので、ここで声を掛けるのはやめることにする。いずれ話すことになるのだから、わざわざトラブル中に声を掛ける必要もないだろう。彼らがいる方向から離れるように「訓練校前」と書かれた看板のある塔の前に戻ると、目の前の建物が目に入る。


「選択肢から除外してたけど、もしかすると、これなのかな?」

 アルが気になった建物は、少し大きめの屋敷にしか見えない三階建ての建物だ。学校と呼ぶには小さすぎるし看板も何も出ていないが、ここ以外、周囲あるのは雑居ビルのような建物ばかりで、それらしい建物はなかった。意を決して門をくぐり建物の敷地内に入る。門の内側は植木や小さな池のある庭になっており、石畳が庭の入口から玄関まで延びている。


「こんにちは」

 玄関周りにはインターフォンらしきものがなく、中に自身の来訪を伝えるには声を出す以外の方法がなかったので、遠慮がちに、やや大きめの声で中の住人に向けて声を掛けた。しかし、中からの応答はなく、やはり間違いなのだろうかと考え、建物から遠ざかろうとすると玄関が音もなく開いた。


「え……」

 玄関は開いたものの、建物の中には誰も居らず玄関は自動で開いたようだった。機械的な仕掛けの見当たらない玄関がひとりでに開いたことにアルは絶句する。何か恐ろしいものを見たような気になったが、他に心当たりのある建物もないので、少しの間逡巡した後に中に入ることにした。


 アルが中に入ると、玄関は開いた時と同様に音もなく閉じる。驚きはしたものの、起きうる事と予測していたため、辛うじて声は出さずに済んだ。玄関の内部は東洋式の作りになっており、靴を脱ぎ、内履きへと履き替える建物のようだった。王国内は土足のまま生活する西洋式スタイルの家が多いが、アルの家は東洋式だったため、戸惑うことなく靴箱に自分の靴を入れて家中に入ることが出来た。スリッパは事前に準備されており、恐らく、入学者の人数分と思われる数がマットの上に並べられていた。その内の一つに足を通し玄関を上がる。内部は通常の家屋のようで学校らしい設備は一切見当たらない。周囲に目を向けると玄関隅のマジックボードに矢印が殴り書きされており、上階に誘導されていることが分かった。他に当てもないので、アルはその指示に従い階段を上がってみることにした。矢印に従い階段を上がると、玄関にあったものと同様のマジックボードが二階にもあり、矢印で二階の一室を指し示している。恐る恐る部屋の中に足を踏み入れると、一人の男が部屋中央に設置された円卓の奥に座っているのが見えた。


「ようやく一人目か……」

 部屋に入ってきたアルに気付いた男は、溜息を吐いてから、そう呟いた。壮年くらいの年齢だろうか。肩ぐらいまで伸びた黒髪をオールバックにした男は、鋭い目つきもあり、威圧的な雰囲気が全体から漂っている。


「あの……」

「アルケイデスだな。まずは座って他の訓練生が来るのを待っていろ」

 アルは、ここが訓練校で間違いないか男に尋ねようとしたが、機先を制される形で質問を遮られてしまった。こちらの名前を把握していたので、ここが訓練校なのは間違いなさそうだと思い、黙って他の訓練生が来るのを待つことにする。数分後には、外で見かけた訓練生らしき人間がポツポツと集まり始めた。全員部屋に入ってくるなり、男に質問をぶつけようとして、アルと同じように遮られている。男には独特の威圧的な雰囲気があり、少し怒り気味の様子で尋ねようとした金髪の女の子も、声を遮られた瞬間に大人しくなっていた。


「全員集まったようだな」

 金髪の青年が円卓に座ったのを見て、壮年の男が口を開いた。その言葉を聞いてアルは驚く、部屋の中には教師と思われる男を含めても九人しかおらず、一つのクラスの人数としても異様に少ない人数だったからだ。周りの訓練生も同じようで、皆一様に同じ表情を浮かべている。数名の男女が手を上げたところで、壮年の男が口を開いた。


「質問は後で聞く。まずは俺の話を聞け」

 壮年の男は、手を上げた訓練生たちに対して、そう声を掛けた。


「人数に驚いただろうが、今年の訓練生は今いるお前たちだけだ。これは、今年の合格者が少ないという事ではなく、毎年、十人程度だという事を伝えておく。それと、訓練校という学校が存在すると思っていた者が多いだろうが、探索者の学校というものは存在しない。探索者は全て徒弟制で育てられるからだ。訓練校という名前でカモフラージュしている理由はわかるな?」


「探索者の数に対して、志願者の数が多すぎるから?」

 アルの左隣に座っていた赤髪の少女が声を上げた。


「正解だ。そもそも、探索者をしていて弟子を取りたがる人間自体が少ない。そこで、四級から三級への昇級に、三年間弟子を育成するという条件を付けて、昇級を目指している探索者に無理矢理に弟子を取らせているのが現状だ。明日から、お前たち一人ひとりに指導教官が付くが、そのほとんどが嫌々弟子を取っていると知っておけ、癖の強い教官と折り合い良く付き合うのも訓練生の務めだ」


「質問良いですか?」

 背の高い、金髪の青年が手を上げる。


「指導教官は変更できないし、指導教官側に訓練生を変更する権限もない。三年間教官の変更はないと覚えておけ。訓練中に死亡するようなことがなければ、落第もないから安心しろ。相手も昇級がかかっているからな、三年後には一人前の探索者に仕上げられているだろう」

 被されるように話を返されて、青年は力なく手を下ろした。


「他に質問は?」

 そう聞かれたものの、訓練生のほとんどは項垂れて、質問する気力がなくなっているようだ。


「質問が無いようなら、各自、自分の部屋に向かうように。事前に通達してある訓練生番号が部屋番号になっているから、すぐにわかる。この建物は学校ではなく、お前たちが寝起きするための寮だ」

 全員、ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がる。


「それと、部屋の中に入ったら机の上を確認しろ、自分を担当する指導教官の名前、明日の集合場所と時間が書かれたメモが置かれているはずだ。部屋の鍵も一緒に置いてある。失くした場合、自腹で交換することになるから覚えておけよ。食事は外にあるヴラカスという定食屋を使うと良い、訓練生期間中は無料で飯が食えるように協会が手配してある。部屋の鍵を見せれば無料にしてくれるから安心しろ」

 他の訓練生に倣って、アルも部屋を出ていこうと立ち上がる。


「アルケイデス、お前は残れ。少し話したいことがある」

 唐突な声掛けにアルの体が緊張で強張る。


「よくわからんが頑張れよ」 と坊主頭の少年がアルに声を掛け、肩を叩いて去っていった。

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