第8話 ボート 

「ひゃっほーい!」


阿瀬は謎の奇声を発しながら水遊び用のボートを海に投げる。


「いやそれ借り物だから!レンタルだから! そんな扱いしないでぇ!?」

「ごめんなさい...! でも先輩と早く遊びたい!って気持ちが...。」


ちょっと耳が赤くなったのを逸らすかのように顔を 俺から背けた。

そんな事されると言いにくい...。


「ま、まぁ折角海に遊びに来たのに怒られてばっかじゃ嫌だろうし遊ぼうか。」


俺は阿瀬に手を伸ばす。

阿瀬は俺の手を小さな手の割に力強く、この手を離さないと言わんばかりに握る。

そんな様子を見て俺は微笑む。

こんなに阿瀬が俺に懐いてくれたんだなと。

嬉しい気持ちの反面恥ずかしい。

恥ずかしいの気持ちが勝ってきたのか阿瀬の方を直視出来ない。


「ほ、ほら早く乗ろうぜ、お姫様。」

「きゃっ。」


俺はボートに乗り込んだ後、阿瀬を引っ張る。

思ったより力を入れてしまったせいか阿瀬は俺の上に倒れてきた。


「っ!」

「ごめん阿瀬! 今すぐ離れる!」


俺は阿瀬から離れるために動こうとしたが、なぜか動けない。

原因を探すと、阿瀬がもたれかかったまま、俺の背中に腕を回して俺が動くのを阻止しようとしてるでは無いか。


「阿瀬、俺動けないんだけど...?」

「...。」

「おーい?」

「......。」


何やら阿瀬が反応しない。おかしいな...?

俺は阿瀬の肩を揺らす。

それでも反応しない為、顔を除く。

何やら耐えている、そんな顔をしていた。

大丈夫か?なんて心配をしていた所、

俺に顔を覗かれている。そんな状況に気付いた阿瀬は体をビクッ!とさせると共にぴゃぁ!と言う声を発しながら俺から離れる。


やれやれと思いながら下を向く。

ん...? さっき阿瀬が居たところには何やら水滴が落ちている。

俺はそれを触って確認しようとする。

その刹那、俺は海に沈んでいた。


俺は水面に上がる。


「ぷはっ! 何が起きた!?」

「先輩が悪いんですよ! 先輩の馬鹿!アホ!変態!」


ボートに顔を向けると阿瀬が何やら今までに見たこと無いレベルの焦りを見せていた。


「変態って何だよ!」

「バーカバーカ!」

「何したか分からんけどごめんってよ...。」


もうお嫁に行けない...なんて言葉が聞こえた気がした。


「もういいです! 今回のことは不問にします! 早く先輩ボート乗ってください!」


納得は行かないが、俺は大人しく乗り込む。


「では出発?」

「進行!」


阿瀬はさっきのやり取りを無かった事にするよう大きな声で掛け声を掛けた。

出発進行なんて言っているが、実際はただ小波に揺られるだけである。


「先輩! 二人っきりですね♡」

「あぁ、でもいつもとあんまり変わらないよな...w」

「なんで冷めるような事言ってるんですか!」

「ごめんごめん!」


阿瀬と他愛のない話をしながらボートを堪能した。


そろそろ帰る時間だね、と言うことで海から出て、ボート返却するため海の家の売店へ向かう。


「お、おかえりお二人さん! どうだった?彼女と二人っきりの旅は。」

「最高でした! 普段と景色が全く違って新鮮でとっても楽しかったです!」

「だな。」

「そかそか、無料で貸した甲斐あって良かったよ!」

「マジで楽しかったです! お姉さんありがとうございました!」

「いえいえ、最後に一言。青春を楽しめよ!」


そういうと売店のお姉さんはボートを持って売店の奥へと消えていった。

売店のお姉さんが消えるのをしっかりと見てから言う。


「さて、帰る支度するか。」

「...。 ですね!」



少し間があったが、阿瀬がしっかり反応したのを確認した後更衣室へと向かった。

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