第2話 再会の場所は

「そんなぶすっとするなよ、久しぶりに会ったのに」


 結局Barで偶然あった諒とそのまま同席することになったが、正直どんな顔をすればいいのかわからなかった。すぐにでも店を出たいのが本音だ。

 しかし、俺はついさっき二杯目の飲み物を注文したばかりで、店を出るタイミングとしてはあまりに不自然だった。

 諒に会うのは高校の卒業式以来だ。

 俺はあの時、諒には何も言わずに県外に出た。番号も変えて連絡を絶った。勝手に距離を置いた身からすれば、再会を喜ぶどころか、ただ気まずい。


「普段からこの顔です。諒は? 出張か何かでこっちに?」

「いや、住んでる」

「住んでるのか。地元で式上げただろ、あっちにいると思ってた」

「あぁ……最近、引っ越してきた」

「へぇ……ここにはよく来るのか?」

「いや、初めて。セノは今も写真撮ってるの?」

「あぁ。今日も打ち合わせの帰り」


 諒の言葉を聞いてほっと胸をなでおろした。

常連ならともかく、初めてなら今後も約束さえしなければそんなに会うこともないだろう。


「この辺りはたくさん飲む場所があるから、諒は楽しいかもしれないな」

「そうだな。特にここの店の雰囲気は気に入ったよ」


 今度は諒の言葉に肩を落とした。

 頻繁にくるわけじゃないが、この店に来れなくなるのは困る。自分にとってここは重要な場所だった。




「大きなビルだな」

 ここのBarに来る前、俺は打ち合わせのためにある出版社が入っているビルに来ていた。

 今回、初めて有名な出版社から仕事の依頼が入ったが、その名前の大きさに失敗したくないと緊張が走る。

 俺は二十八歳になる少し前に、見習いから世話になっていた会社をやめてフリーに転向した。会社に所属していた頃は経験のために、家族写真から会社カタログまで色々な依頼を受けていた。

もちろん今も、その手の依頼も受けているが、最近はプライベートで撮っている写真を気に入って依頼をくれる人も増えてきた。

 自分で言うのもなんだが、俺が撮る写真は明るさや癒しとは真逆だ。重たい雰囲気のものが多いのに、そんな写真でも選んでくれる人がいるのは嬉しい。

 依頼も安定してきて、仕事の一件一件は小さくてもリピーターになってくれる人が増えたおかげで、今は自分一人で生きていくなら間に合うくらいの収入を得ることが出来ている。

 今回の雑誌の撮影は大まかな話だけ聞いているが、具体的な内容は今日行われる打ち合わせでわかる。この案件が成功するか否かは、独立した自分にとってかなり重要だった。

 

 柄にもなく緊張しながら受付を済ますとエレベーターに乗った。

雑誌の編集部がある階について扉が開くと、フロア全体が騒々しい雰囲気に包まれている。

進捗について問う声、あちらこちらでなる電話。締め切りの近い雑誌があるのか、ピリピリとした空気も伝わってくる。

 

 案内の通りに簡単に仕切った部屋で待っていると、企画の担当が来て打ち合わせが始まった。

 今回の企画で担当が俺に求めていたのは、会社で積み上げた経験だった。

 月刊誌の新連載、愛用する雑貨について思い出を語りながら紹介するというもの。インタビューを受ける人は毎月違うようだ。

 

 

 俺がこの企画のカメラ候補にあがった理由は、過去に引き受けた仕事が関係していた。

 まだ会社に勤めている頃、新規開発した調理器具のカタログ製作と、広告に使う写真の依頼があった。

 俺自身、料理は大の苦手だ。それなのに調理器具の良さをうまく引き出せるのかと不安だったが、仕事は仕事だ。   

 打ち合わせ当日、先方がどんな写真を求めているのかイメージを固めるために、聞き漏らしのないように話に集中した。

 すると担当の男性はすべてのアイテムについて、それは丁寧に思い入れを語ってくれたのだ。まるで自分の子供の話をするような優しい口調は、料理に興味ない俺でもつい聞き入ってしまった。

 料理の事はまるで分らないが、自分で作った物が可愛いと思う気持ちは俺にもわかる。

 商品越しに担当の男性の暖かい人柄が伝わるように、一つ、一つのアイテムを丁寧に写真に収めていった。

 撮影するアイテムの量はそれなりにあった。早くこなしていく必要があったが、それでも一つ、一つを丁寧に撮っていく。なんとか時間内に満足してもらえるような写真を残すことが出来た。


『私の気持ちを反映してくれた』


 後日、カタログが届いた先方から、そんな、仕上がりを喜ぶ声と共に、お礼の品を贈りたいと電話が入った。

 まるで料理をしない俺はどう答えるべきか困惑して、申し出を断ろうとした。すると担当の男性は、特別にマグカップを作って会社に送ってくれたのだ。

 数か月後、撮影した調理器具がヒットしていると話を聞いた時は、嬉しくて家に帰ってからつい涙ぐんだ。

 そのマグカップは今でも愛用している。



 どうやら今回、そんな、少し、思い入れのある調理器具をお気に入りとして紹介する人がいるらしい。

 雑誌の撮影と掲載の許可をもらうために企画担当が会社へ尋ねると、商品開発担当の男性が『良いカメラマンがいる』とカタログの写真を担当した自分の名前を出してくれたという。

 過去の仕事が新しい仕事に繋がるのは純粋に嬉しくて、後日、男性にお礼の手紙を書いた。


 今回は有名どころの仕事というのもあるが、せっかく仕事でつながった縁は大切にしたい。チャンスを無駄にしたくはしたくない。

 俺は家へまっすぐ帰らずに、このBarにやってきた。

 ここには楽器の演奏が出来るステージがあり、生ライブを楽しみながら酒を飲むことが出来る。店は繁盛していて人は多く、常ににぎやかだ。

 多くの客が演奏に耳を傾けながら、酒を飲み、会話を楽しんでいる。

 俺は普段、あまり騒がしい場所が好きじゃない。ただ、重要な仕事を目の前にすると、成功したい気持ちからどうしても力が入ってしまう。それが良い方向に向かえばいいが、空回る原因にもなった。

 プレッシャーに弱い自分をどうにかしたくて、色々な方法を試していた時に出会ったのがこのBarだった。

 

 このBarに初めて来た時、音楽と酒を楽しむ人達の陽気な空気に触れた後、不思議と良い具合に仕事が進んだ。

 まさか騒がしいだけと思っていたにぎやかな場所の雰囲気に助けられるとは思わず驚いたが、それは実感してからは慣れない仕事、絶対成功したい仕事を引き受ける時に、あえてここへ来るようになった。ゲン担ぎのようなものだ。

 俺はいつものようにカウンター隅の席に座り、頼んだ青色のカクテルをゆっくり飲みながら知らないバンドの生演奏とそれを楽しむ客を眺めていた。

 グラスの中が三分の一くらいの量になって、マスターに次の飲み物を注文していた。


 まさかその直後に、地元でもないこの場所で諒と再会するなんて思わずに。

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