第39話「謝罪」
香織の頬を涙が伝い、流れた涙を拭いながら話し出した。
「ありがと……。私も知った時は辛かったの。だから、
香織の言葉に浩司が頷くと、香織がおもむろにスマホを取り出し、画像を開いて浩司に渡した。
浩司が左手でスマホを受け取り、開かれた画像に目をやる。その開かれた画像は、綾音と勇夫が裸で絡んでいる画像だった。余りの衝撃に、浩司は右手で口元を押えて絶句している。
「その画像を左にスワイプして……」
香織の声が耳に届いた浩司が、口元から手を離して、画像を右の人差し指で左にスワイプした。
切り替わった画像は、綾音の裸の画像。浩司は人差し指を震わせながら、ゆっくりと画像をスワイプしていく。
出てくる画像に写っている全てが、綾音と勇夫の裸。震えていた人差し指は固く握られ、人差し指の震えは拳を震わせる。目には段々と涙が溜まっていき、行き場を失った涙が頬を濡らす。
浩司は無言で、香織のスマホを裏返しにして目の前にあるテーブルに置くと、ゆっくりとソファから下りて正座した。
体を前に倒し両手を膝の前に着くと、香織に向かって謝罪する。
「香織さん……正直、これはキツいですね……でも、僕よりも香織さんの方が辛い、筈。僕達が隣に越して来たばかりに、香織さんに、辛い思いをさせてしまって……本当にすいません……で、し……た」
浩司はそう言い終えると、頭を床に着けて「本当にすいません」と連呼する。
香織は浩司のその姿を見て、体が震える程勇夫と綾音のことを腹立たしく思った。直ぐにでも浩司に駆け寄りたいのだが、足が細かく震え動く事が出来ないでいる。
香織は口角をさげながら、「動いて! お願い、私の足……動い、て!」と、自分の足を泣きながら叩いている。やっとの思いで足を動かし、頭を床に着き嗚咽を漏らしている浩司の背中に抱きついた。
「こ、
❑ ❑ ❑
─ 滝野家 ──
八木家から帰って来た浩司は、ぼんやりと天井を見上げていた。
「はぁ〜……。香織さんにみっともない姿を見せちゃったな。まだ鼻水がでる……ズズッ。──あんな物見たら、綾音の気持ちが戻ってくるのを待つなんて、とてもじゃないけど無理だ。そもそも僕の何がいけなくてこうなったんだ?」
浩司は考えた。
──う〜ん、綾音の不倫相手があの勇夫……。綾音はマッチョが好き。僕は細身で勇夫はマッチョ……。ただそれだけ? 筋トレだとか、そっち方面で意気投合しちゃったって事なのかな? あっ、子供が嫌いなのも同じか……。
「僕と香織さんが気が合ったように、綾音と勇夫も気が合った……。にしても、行き過ぎだろ! くそっ、段々腹が立ってきたぞ! 香織さんに申し訳ない気持ちが先立ってたから、自分の気持ちが後回しになってたけど、考えれば考える程、
一人でずっと考えていた浩司だが、考えれば腹が立つだけで、綾音を自分にもう一度振り向かそうとする気持ちなど全く湧いてこなかった。
浩司がそんな状態の時に綾音が仕事から帰って来た。玄関で靴を脱ぎ家の中へ入って来るなり、二階に居た浩司を呼んでリビングのソファに座らせた。
色々と知ってしまった浩司だが、何やら話したそうな綾音を前に、取り敢えず黙って話を聞く姿勢をとった。
「帰って早々何だ?」
「大事な話があるの」
「話?」
浩司に問われ頷く綾音だが、いつもと雰囲気の違う浩司に戸惑っている。
「ちょっと何よ……何か怒ってる?」
「ああ……まあな。言いたいことがあるんだろ? 俺はこれ以上喋ると、止まれそうにない。話すなら早くしろ」
「ふんっ、何で怒ってるか知らないけど、浩司が怒っても怖くなんかないんだから。──まあ、いいわ。じゃあ言うわよ……私、貴方とは別れます」
綾音からの突然の別れの言葉に、片眉を上げた浩司が口を歪めて声を出した。
「──で、理由は?」
綾音と顔を突き合わせている浩司は、綾音の表情を見て事務的に話している印象を受け思う。
──この態度は、勇夫ともう話が済んでるってことか……。香織さんに教えてもらってなかったら、慌てふためいてたかもな。それにしても見方が変わると、こうもふてぶてしく見えるんだな。顔を見てるだけで苛々してくる。女をこんなに殴りたいと思ったのは初めてだ……。
「理由はって、驚かないのね? あのね、浩司が何を言っても私の気持ちは変わらないから、話し合いは無意味なの。私が話したかっただけだから、浩司の質問は受け付けないわ。──まぁ一つだけ教えてあげようかな。私、勇夫と一緒になるのよ。もうすぐここに勇夫が迎えにくるから、出て行く用意しないといけないのよ」
綾音が一方的に話を終わらせると、立ち上がり二階へと足を進めた。その後ろ姿に、浩司が声を浴びせる。
「お前、何か勘違いしてるな。俺が何も知らないと思ってるんだろ? お前が勇夫と肉体関係にあるのはもう知ってるんだよ。──私の気持ちは変わらないとか、質問は受け付けないとか……馬鹿なのかお前?」
浩司がゆっくりと立ち上がり歩き出すと、綾音の前で立ち止まった。
「な、何で知ってるのよ? いや、別に知られて困る事でもないから……。ちょ、ちょっと、離れてよ! そんなに近づいて、手を出すつもり? そんな事したら警察に言うわよ? それに、今から勇夫が迎に来るって言ってるのに、よくそんな態度がとれるわね? アンタなんか勇夫にヤラれればいいのよ!」
「警察? 俺はまだ何もしてないぞ? 勇夫のこと頼りにしてるみたいだけど、来ないほうがお前らの為だと思うけどな? ──そんな事より……お前、本当の恐怖って知ってるか?」
浩司の迫力に後退る綾音。
「な、何よ、本当の恐怖って……。私を脅すつもり? 近づかないで! ──これ……私が書く所は書いたから、後はアンタが書いて役所に出しといて」
綾音がそう言って離婚届をテーブルに置いた。綾音のあまりの用意周到ぶりに呆れる浩司。浩司から逃げるように二階へ上がって行く綾音。
「さっきまでは怒りが勝って綾音のこと殴ってやりたかったけど、実際、綾音なんかにもう興味もないし、女を殴るのは俺の本意じゃないしな……。だからって、このままバイバイじゃしゃれにならないし……綾音とは金で事を収めてやろうか。──俺の爆発しそうなこの怒りは……勇夫さんに受け取ってもらおう。でも、今日じゃないな……少し泳がせて、完全に有頂天になったところを突き落としてやる」
二階の部屋のドアが閉じる音が聞こえると、綾音がリビングに姿を見せて直ぐに口を開いた。
「その離婚届、ちゃんと出しといてよ。あっ、言われる前に言っとかなきゃ。──この家だけど、私の親には借金返済しなくていいから。一応私が離婚しよって言ったから、それが慰謝料の代わりよ。お互いの口座は別々だったし、財産も家くらいだからそれでいいでしょ? だから裁判だのは勘弁してよね?」
「なんだそれ、勇夫の入れ知恵か? そんなもんじゃ足りないな……。それは当たり前の話だろ? 俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ?」
「足りない? 馬鹿言わないでよ。正当でしょ? ここの土地を買った金額と家を建てた時の金額より、この家と土地を売った方が安いのよ? 初めは両方の親が半分ずつ出したんだから、売れた時の金額を折半したと考えても、プラス慰謝料くらいあるでしょ。──それが駄目って言うなら、どうしろって言うの?」
「俺の受けた精神的苦痛は半端じゃないんだ。──そうだな……この土地と家で俺の親が払った分も払ってもらおうかな?」
浩司の顔が別人に変わっている。綾音はそんな浩司に恐怖を覚えたその瞬間、浩司の親友の話やそれに付随する話を思い出していた。
「ちょっと待ってよ……。それはさすがに取り過ぎじゃない? 裁判をしたって、そんな額は通らないわ。それに、アンタが言ってる事は立派な強迫よ!」
「裁判はしないんじゃなかったのか? 言ってる事がコロコロと変わるんだな……。お前の分と勇夫が俺に払う慰謝料を合わせたらそんなもんだろ? ──強迫ねぇ……そうだな、そう受け取られてもしょうがないよな。なら、これからも仲良くしよう。俺はそれでもいいぞ? お前の会社に、友達……親に、親戚……友達の友達に、親の会社……。仲良くしなきゃいけない人がいっぱいで忙しくなりそうだ。──よし、連絡先をそのままにしといてくれたら、今日のところは用は無い。話はついたんだ、もうどこでも行っていいぞ? 綾音ちゃん」
「い、嫌……や、止めてよ……。あ、アンタとこれで終わりに出来るなら、勇夫に頼んで払ってやるわよ! そ、その代わり、もう二度と私と関わらないと約束して!」
「払うのか? 別にどっちでもいいんだけどなぁ。まぁ、お前が払いたいって言うなら、お前には関わらないって約束してやるよ。──おっ、車の音だ……丁度勇夫が来たんじゃないか? ちょっと挨拶しとくか」
浩司が足を動かした時。
「お願い! 止めて! もう出て行くから! さ、さようなら!!」
綾音がそう言い残して姿を消した。
「──くそっ。あんな女でも本気で愛してたのは間違いないんだ……気分のいいもんじゃないな。──って、感傷に浸ってる場合じゃないか……さて、電話電話っと」
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