#2 拉致と社畜の困惑

 ことの始まりはなんだというのか。

 俺の引きこもりニート堕落した生活。


 とうとう堪忍の緒がキレた親父からのほぼ絶縁宣言と、叔父さんでもある――恵比寿吾妻による拉致からだ。


 ◆◇


『で。叔父さん? 後部座席の知らないおじさんは誰?』


『ああ! 彼もヒキニートさんだ! たくまと同じだね!』

『いい歳したおじさんが? 俺と同じ、だって? うわぁ』

 

 俺は後頭部座席のおじさんを横目に見た。

 くたびれて、しわくちゃなどピンクのTシャツと、同じくしわくちゃなジーパン。足元はクロックスの迷彩柄のサンダル。歳年齢層に合った姿格好に見えなくもないな。


『くまちゃんもヒキニートだったんだって? おじさんと一緒! 一緒!』


 満面の笑顔で俺の言って欲しくないあだ名をつけやがって、知らないおじさんが俺を楽しそうに呼ぶ。本当に、このノリノリでキャピキャピした感じの女の人っぽいノリみたいなのは何だろうか、苛々するんですが。

 だが、次に吐かれた言葉に。

 俺は血の気が引いてしまう。


『おじさんもなーヒッキーを20年してたんだぜぇ!』


 まるでおじさんがのようだった。こうなったらお終いの典型的な具体例。まさにお手本のような堕落した大人。ごきゅん、と俺の喉も鳴って喉が乾いてしまう。


『お! 見えて来た見えて来た! あの山の麓にある場所が、今日から君達の職場となるネット通販会社【ワールドルーツ】の日本支部だぞ!』


 声高らかに言う叔父さん。はっきり言って耳が痛くらいの声量ボリュームだから本当に抑えるかして欲しいけど、それは叔父さんが耳が遠いからだ。本人に大声に自覚なんかない。仕方がないから言っちゃあいけないんだけど、本当に五月蠅いんだけど。


『私は発送エリアの班長兼指示長を携わっている! よって求人やスカウトは仕事の一環! 丁度、職場で長期《殉職者ケアチャーヂャー》した社員が、リスト入りをしてしまっていて、すんごく困っていたんだ‼ 引きこもりでも若ければ即戦力っ! 歳をとったおじさんにしたって大事な即戦力となる! さぁ! 働くんだ‼ 社畜となれっ!』


 戦場やら即戦力やらと。まず、ケアチャーヂャー? って言葉の意味が分からない。一体どういった暗号なんだろうか。俺が、おじさんに目を向けるとへらへらと笑っていた。


『ここまで連れて来られちゃったら腹を括るっきゃないっでしょう』


 気楽な言葉を吐くおじさんに、俺は無言で前を向き直した。どうせ、このおじさんとは同じ部署にはならないだろうと。大きくため息を漏らして、窓の外を見た。


(二度と会いたくない人種だわ、コレ)



 ◇◆


「なんか図られた! 絶対、叔父さんに文句言わなきゃ!」


「言うも何も! ここから出られる自信なんかーおじさんにはないよー?? くまちゃんはあるのかなー?」

「期待なんかしてませんンン‼ あと! くまちゃん、言うんじゃねぇ!」


「はははーでも、くまちゃん」


 俺とおじさんは肩を揃えながら言い合うと、おじさんが声を低くさせて、俺に向かって言った言葉に身体がビクついてしまった。


「吾妻さんに文句言うなんざ、お門違いってもんだ、文句を言うってんならそいつぁー……堤班長さんだろう」


 ぼそっと言うおじさんを、俺も睨み返した。いい加減に、そのあだ名は止めてもらいたいんだけど。真剣な顔をするもんだから、俺も声が裏返ってしまうじゃないか。

 

「っそ、ぅだけど。そうだけどさぁ!」


 今に至る状況に陥った最大の失敗は。

 ラスボスみたいなおっさんに出会ってしまったことだ。


 ◆◇


『でだ! ようこそ! ワルツセンターの内部へ! 君達を歓迎するよ‼』


 叔父さんが駐車場に車を停める。

 するとだ。どこからともなく、きゅるきゅるる、と音が聞えた。それは近づいて来る音でもあった。

 

『ああ! あれはワルツ内で運転が出来る社内車の《白鳥型》だ‼』


 俺とおじさんは目を細めて、車内で見合ってしまうも。おじさんはドアを開けて、叔父さんや俺なんかよか早く後部座席に腰を下ろした。


『早く行こうっぜェーっ!』


 腕を宙にやって、ぐるんぐるん、と馬鹿みたくはしゃぐ。何なんだよ、このお調子者から、おじさんとは一刻も早く別れたいと本当に思った。


『全く。竜二ぃ。お前って馬鹿野郎は女みてぇにはしゃぎやがって! 今日からお前さんを《乙女オトメ》って呼んでやるよ! 決まりな! あだ名はマジで大事なんでよぉう!』

 叔父さんバックミラー越しにおじさんを見て。肩を揺らしながら、はしゃぐおじさんに、あだ名ををつけた。あまりに的を得たあだ名はぴったりだなって、思わず俺も吹き出してしまう。


『ぉ、乙女ってっ!? ぃ、いやーぁ、あのですけどーそいつぁーあの~~』


 おじさんが口許を引きつかせた。声を震わせて言いつつ、俺を見据えた。助けとばかりに上手くもないウインクを俺に向けてする。そんな恥ずかしいあだ名なんかでお前を呼びません。だから、安心をしてください、っての。


 お前は《おじさん》で確定なんだ。


『まーもーいいっすけどね。吾妻さんはオレ達をどこに拉致って配属させんのかなー?』

『拉致とは酷い言い方だな。乙女は』

「おっ、……だってそうじゃねぇかよ? こんな若いのも、騙して連れて行くなんかよぉ? 人がワリぃってもんじゃねぇだろぅ?』

 おじさんは頭を掻いて叔父さんにはっきりと吐き捨てた。


『……ただの拉致だよ。こんなのは、さ……』

『すっかり私は、犯罪者扱いされているな! ヒドイ奴だなァ、乙女は!』

 おじさんの悪びれない態度にむすっとしたのも束の間、おじさんのにやりと笑う。

『ま。オレは期待分の働きはするさ。最近、太ってきちゃったのキリちゃんに怒られちゃったしなー』


 ふっきれたかのような笑顔のおじさん。

 俺は肩を落としてしまう。

 やっぱり、この人はこのノリなんだろうな。

 

 でも、どこか。

 俺の中でモヤモヤが残った。


(キリちゃんとは、一体。誰だってのさ)

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