バグの多い世界にAIが落ちて来たと考えるべきだ。

エリー.ファー

バグの多い世界にAIが落ちて来たと考えるべきだ。

 博士は、いつも悩んでいた。

 どうしても、自分以外の生命に、自分と同じ役目を任せたがっていたのだ。

 博士は、早くから休暇を取りたいと言っていた。

 この場合の早くから、というのは、現在の博士としての職に就く前から、である。

 では、過去には何をしていたのか、という所が気になるだろうが、一切の説明はせず省略とする。

 博士にもプライバシーがある。

 博士は、二年前に交通事故に遭った。

 ただし、脳に損傷はなかったので、テディベアに博士の脳を移植することになった。

 現在、研究室の中を忙しなく動き回るテディベアがいるが、つまるところ、私が話している博士ということになる。

 博士は、お酒が好きだ。特にブランデーが好きだ。

 研究中であっても、隠れて飲もうとする。

 テディベアがブランデー片手に画面を見つめている姿は、想像するだけで中々に面白いことだろう。

 博士は、自分のことを高く見積もっていない。

 そのため、研究というものを生業にしていない人たちも、何かしらのデータを集めて分析するべきだ、と考えている。

 私は、少々、納得いかない考え方であると思っているが、博士はこの議題において道を譲ってくれたことはない。

 博士は、自らを別個の存在として見ていないのである。

 有象無象の中の一人。

 ありふれた、何かの一部分。

 常識があるのならば、そこに含まれた要素。

 私はいつも博士とお昼ご飯を食べに行くが、その度に、博士の個性的な考え方に驚かされてしまう。

 例えば、パフェとステーキを一緒に食べるべきであるとか。

 研究を生業とするのであれば、ブランデーは必須であるとか。

 マグカップで人を殴り殺したのであれば情状酌量の余地があるとか。

 キーボードとマウスは邪悪な発明品であるとか。

 まぁ、言い出したらキリがない。

 センター長と博士が話しているのを遠くで聞いたことがある。

 博士は相変わらず訳の分からないことを言っていたが、同じくしてセンター長も訳の分からないことを言っていた。そして、会話は全く噛み合っておらず、壁に向かって話しているのと同義であった。

 そう。

 それなのに。

 お互い、満足そうな表情を浮かべていた。

 結局、伝わっていないことが最高級の会話なのであって、伝わるという本来の意味を持ってしまっている会話というのは非常に低俗と言えるのかもしれない。

 ある程度の情報共有が済んでいるのであれば、掲示板にプリントを貼り付けるが如く、何かを思ったら情報を出力する方が健全と言える。そう考えれば、博士もセンター長も人間ではなくて、掲示板に足が生えているだけなのだろう。だから、画鋲で留めたはずのプリントが風に飛ばされるが如く、重要なことが抜け落ちたりするのである。

 博士は結婚をしたいとよく言っている。

 私は質問するが、明確な答えが返ってきたためしがない。

 一体、何を求めて結婚をしたいのだろうか。

 他の研究員と話してみても、皆、見当もつかないと言う。

 ある日、博士がいなくなった。

 書置きもなかった。

 その四年後。

 博士は、何事もなかったかのように研究室に戻ってきた。

 そして、私たちも特に気にも留めなかった。

 ちなみに、博士は結婚していた。

 リボンをつけたカエルの人形をフィアンセだと言っていた。

 結婚式はしないのですか、と質問すると。

 カエルの人形と結婚式をしたら頭がおかしいと思われるのでやらない、と言った。

 そもそも、あなたはテディベアですよ、とは思ったが、口には出さなかった。

 その後。

 テディベアである博士とカエルの人形の間に、赤ん坊が生まれた。

 人間の赤ん坊だった。

 訳が分からなくて、センター長を含む、研究所の全員が爆笑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バグの多い世界にAIが落ちて来たと考えるべきだ。 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ