第4話 2人の時間
「まぁ、本当に箱の中にお料理が詰まっておりますのね!」
「えぇ、そうですね……」
改めて言われると確かに不思議なものである。だが、クリスティーナに興味深げに見つめられるの程のものではないし、何より今日の普段より質素な弁当を見つめられるのは気恥ずかしさがある。
そもそも、他の貴族令息や令嬢はカフェテリアを使っている。それをライリーが使っていないのは将来の事もあるが、財布の都合も大きい。
やはり、余計な事を言わねばよかったとライリーは内心で思う。
だが、そんな彼女の耳に聞こえたクリスティーナの声は意外なものだった。
「…なんだか楽しいですわね」
「へ?」
金の髪を耳元にかけながら、クリスティーナは微笑んでいる。それは先日と同じように自然なものだ。
「小さい箱の中にぎゅっと詰まっているのが、おもちゃ箱みたいだわ」
「あ、ありがとうございます…」
「やだわ、私ったら子どもっぽいことを申してしまいましたわね」
確かに少々子ども染みた発言であったが、普段以上に質素なライリーの弁当の中身をそう捉えるクリスティーナの視点は純粋である。
ゲーム上では華やかで大人びた風格を感じさせるクリスティーナはどこか冷たい印象であった。ライリーの中の前世の記憶で浮かぶ場面はすべて、そういったものである。
だが今、ライリーの目の前にいる公爵令嬢クリスティーナは好奇心に溢れ、柔らかな微笑みを湛えている。
それは公爵令嬢でも王太子の婚約者でもなく、1人の少女としてのクリスティーナの姿に思え、前世の記憶を持つライリーとしては微笑ましくも心が締め付けられる。
まだ10代の少女であるクリスティーナが大きすぎる負担を背負いつつ、毅然と振舞ってきたことを気付かされたからだ。
「…やはり、子どもっぽいと思われました?」
「いえ、可愛らしいと思いました」
「か、可愛い、ですか?わ、私が?」
何気ない言葉に戸惑う様子も愛らしく、ゲーム上でクリスティーナをという人間を知ったつもりになっていたことを内心で反省するライリーであった。
*****
「え!こちらをご自身で作られたの?凄いわ…でも、なぜ?」
そう、クリスティーナの疑問は当然のものだ。
他の貴族令息や令嬢たちはカフェテリアを利用している。そこを使うのが当然であるため、何か使わない理由があると考えるのは普通である。
クリスティーナの純粋な問いに様々な答えが脳裏に浮かんでは消える。
カフェテリアを使わず、弁当を自ら作っている理由は、実に地味で貴族としての華やかさも体裁もないものだ。ライリーとて恥じらいは持っているし、せっかく知り合えたクリスティーナに嫌われたくないという思いも一応は持っている。
だが、そのために嘘をつくのも誠実ではない。
正直に、だが少し言葉には気を付けてライリーは話し出す。
「自活するため、でしょうかね」
「…自活」
「学園を出たら、働くつもりなので」
「…まぁ」
「料理で身を立てていくつもりなんです。これもそのために腕を磨く一環ですね」
カフェテリアでの昼食代をちょろまかしていたことなど、おくびにも出さずにライリーは将来を語る。そんなライリーに言ってよいのか、どこかためらいつつ、クリスティーナが尋ねる。
「その、失礼ですがご婚約者の方は何とおっしゃってるのですか?」
「あ、おりません」
「ですが、貴女は男爵家のご令嬢ですし、その…」
クリスティーナの言う通り、普通の男爵令嬢であればそれがごく自然な事だ。
だが、ライリーはモブ令嬢ではあったはずなのだが、前世の記憶を持つため普通の男爵令嬢ではない。
本人は先日の取り巻き令嬢との一件でようやく自らが「変わり者」として扱われているのを知った程である。自覚は薄いが今までの行動もあって、ライリー・テイラーは普通の貴族令嬢としても、当人が思っているモブ令嬢ともかけ離れたものとなっている。
「家族にはもういないも同然のように扱われております。それに私が嫁ぐことで、嫁ぎ先で家の評判が落ちる事を懸念しているようですね」
「まぁ…」
同意でも否定でもない言葉をクリスティーナは呟く。
普通に考えれば、当主であるライリーの父にとってもライリー本人にも気の毒な話ではあるが、飄々としたライリーの顔には自由を謳歌できて好都合だと書いてあるようだ。
クリスティーナを前に恐縮した様子もおだてる様子もなく、普通に接してくれている。それが既に普通の貴族令嬢らしくははないと目の前の少女は気付いているのだろうか。
目の前の少女はクリスティーナが出会ったどんな令嬢よりも、風変わりで不思議で人間らしい魅力に溢れている。
「将来的にはこれで生計を立てていけたらなぁ、なんて思ってるんです。私が得意な事って他にないので…」
「そうでしたの」
そう言って、クリスティーナは黙ってしまう。
遠くに学生たちの声が聞こえる静かな中庭に、クリスティーナと2人きり。ここは何か気の利いた事を言うべきなのか、それとも静かに考えているクリスティーナをそっとしておくのが良いのだろうか、ライリーとしては非常に気まずい思いである。
だが、クリスティーナの口から出てきたのは風変わりと言われるライリーにも予想外の言葉であった。
「これって、注文できますの?」
「もちろん!」
突然の言葉に驚いたライリーだが、速攻でクリスティーナの言葉に飛びつく。ライリーには家を出る前に、まとまった金額をためる必要があるのだ。断る理由が見つからない。
こうして、ライリー・テイラー男爵令嬢と公爵令嬢クリスティーナの不思議な関係が始まったのだった。
*****
翌日、静かな中庭には佇む2人の貴族令嬢の姿があった。
この中庭の周囲は空き教室で、人の往来もほとんどない。そのため、ライリーはもっぱらここで昼食を摂っている。
昨日の話からライリーは今日、木の箱を2つ持っている。中身は比較的質素な料理を質素ではなく見えるように詰めてある。
念のために、苦手な料理や食材がないかクリスティーナに尋ねたライリーであったが、「苦手なものでも食べるのが作法」との返事に令嬢としての自身の至らなさを感じ入る結果となった。
ライリーから弁当を受け取ったクリスティーナであるが、なぜか去っていく様子がない。不思議に思うライリーの耳に、小さな声が届く。
「……その、ご一緒できるかしら」
「え」
「食事を…、その、共に」
「いえ!その、地べたですし!」
まさか公爵令嬢に昼食に誘われるとは思っておらず、慌てるライリーにクリスティーナが提案する。
「地面に座ることは出来ませんわ。ですので、ガゼボではいかがでしょう」
ガゼボは少し高い位置にあり、風も良く通る。
ライリーはゲーム上で知っていたため、このガゼボにモブ令嬢である自分が足を運ぶべきではないと考えていた。
だが学園内の施設であり、生徒が使うには何の問題もない。そこで昼食を食べるほうがずっとスマートであろうとライリーは気付く。前世の記憶とそれに伴う行動、こうしたことが自分をモブ令嬢から風変わり令嬢に変えてしまったのだと今になって反省する。
ヒロインが攻略対象と好感度を上げるイベントが起こるガゼボに、モブ令嬢である自分とライバル令嬢であるクリスティーナがいる。用意した小さなフォークでお弁当を食べる姿を隣で見つめるライリーにクリスティーナが話しかける。
「なんだか、いいですわね」
「?」
「こうして2人で食事をしていると凄く落ち着きますわ」
風がクリスティーナの豊かな髪を揺らす。長い睫毛に覆われた青い瞳はどこか遠くを見つめている。
「周囲の目も声も気にならず…2人でピクニックをしているかのようで。あ!ピクニックってご存知?」
「えぇ」
ライリーが毎日、中庭で1人昼食を食べるのはある意味でそれに近いものだ。
「私、小さな頃にばあやと領地で行いましたの。カゴに果物やパンを入れて草原で食べましたのよ。ここだけの話、草原に敷布を広げて昨日の貴女のように座りましたの。あ!これは秘密になさってね!やだ、私、言い過ぎましたわね」
口元に手を当て、つい口を滑らせたことにクリスティーナは後悔する。
もう周囲に見放されているが、公爵令嬢として今の振る舞いや発言はふさわしくないものだ。さらに足元をすくわれる言葉を口にしてしまったのは不用意である。
そんなクリスティーナに目の前の少女は真面目な表情で頷く。
「えぇ、もちろん」
「不思議ですわ、あなたは本当に秘密になさってくれる。そんな気がしますわ」
「え?秘密なんですよね?…話す気はありませんけど」
そもそも話すような友人はいないし、秘密とはそれを他に漏らさないという意味だとライリーは首を傾げる。
「ふふ」
「?」
秘密が当然のように守られる。貴族同士であるのにもかかわらず、心の武装をせずともよい安心感をライリーといると抱ける。そんな人物は今まで、クリスティーナの側にはいなかった。侍女や取り巻きも己に利があるから、ついているのを自覚することが貴族として立場を守る事に繋がるのだ。
「ぜひ、またこうしてお弁当を注文したいわ」
「ありがとうございます!」
こうして、立場の違う2人がガゼボで昼食を食べるのが習慣となっていくのだった。
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