第3話 お弁当が結ぶ縁
「な、なんなんですの!あなたは!」
「あ、なんかすみません。いいですよ、お話続けても」
「出来るわけないでしょう!」
「やだ、あの1年の有名な変わり者ですわ」
「あ、そう思われてたんですか」
なるべく目立たぬようにと心掛けてきたはずだが、男爵令嬢らしくないライリーの行動や雰囲気は「変わり者」と評されているらしい。
これがヒロインであれば、同じ行動をしていても認められるはずなのだが、幸か不幸かライリーは生粋のモブである。むしろ、変わり者と注目されてしまっているのであれば、将来の仕事に活かすようにこれからは積極的に動いてもいいかもしれないと考え直す。
「いいわ!もう、参りましょう!」
見られた後ろめたさもあるのだろう。取り巻きの女生徒たちは足早に中庭を後にする。
ぼんやりとそれを見送るライリーに影がかかる。しゃがみ込んだまま、振り返り見上げると、そこには美しい女神がいた。クリスティーナである。
光に透かされた金の髪が波のように風に揺られ、長い睫毛に覆われた青の瞳が海のようである。陶器のようにきめ細やかな肌に、桃色の唇は柔らかく弧を描いている。目元は華やかではあるが、気品があり、上に立つ者の風格を備えたまなざしに射貫かれると背筋が伸びる思いになる。
「これは、作画が違う……」
「ねぇ貴女、そのままそこにしゃがんでいるおつもりなの?」
当然のように声まで美しく気品がある。
かけられている時間の違いが金額の違いが、生みだすキャラクターとしての違いを今、ライリーはひしひしと感じている。だが、それゆえに自分自身はモブで良かったと感じる。
もし、自分がそちら側であったのなら、この作画の違いや声の美しさに気付かずに過ごしてしまうであろう。この美しさに気付き、感謝できるのはモブである特権であり、こちら側にはこちら側の良さがあるとライリーは実感する。
「そうですね、多分、もうしばらくこうしていると思います」
間近で見たクリスティーナの美しさに腰を抜かしたとは我ながら気味が悪いので言えないので口にしたライリーの言葉は、それはそれで意味が分からない。
だが、クリスティーナはそんな奇妙なライリーの言葉にくすりと笑う。
「不思議な方ね、そんな座り方も先程のくしゃみも淑女としては失格ですわ」
まったくもってその通りであるとライリーも内心同意する。こう、何か恰好の良いことを言って、平手打ちを防ぎたかったのだが何も思い浮かばず、とりあえず大きなくしゃみで乗り切ったのだ。
結果的にクリスティーナが無事であったので、自分が多少の恥をかいたところでいいと思えてくる。何しろ、ライリーは「有名な変わり者」らしいのでこれ以上何かあっても、そう困らないだろう。
「でも……」
「?」
細い指先を唇に当てて、少し考え込む彼女の横顔を見惚れているライリーにクリスティーナは笑いかける。
「人としてはとても魅力的だわ」
花がほころぶ、笑顔をそう例えることがある。
大輪のように艶やかで高貴な存在のクリスティーナであったが、その笑顔は可憐で愛らしく繊細な美しさを持つ花のようであった。
「助けてくださって、ありがとう」
クリスティーナが去っていく後ろ姿を、しゃがみ込んだままライリーは見送る。
「うわ、レアな笑顔だ……」
高貴さゆえにどこか近寄りがたさを感じさせるクリスティーナ、今のような笑顔はゲームでも描かれていない。
常に公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者として、それにふさわしい振る舞いを望まれてきたクリスティーナは笑顔すらも完璧でなければならない。
前世のライリーが画面上で見てきた笑顔は美しいが感情は抑えられ、いつも同じようなものであった。
今、ライリーが見た本当の笑顔を王太子が知っていればまた違う未来があったのだろう。だが、過ぎた時間は戻らない。ここはゲームの世界ではあるが、ゲームとは違い、やり直しはきかないのだ。
*****
「何を食べてらっしゃるの?」
「ふあっ!」
突然、かけられた美しい声にライリーは驚き、声を上げる。残念ながら美しくはないし令嬢らしからぬ声ではあるが、モブなのだから仕方がないと自分自身を納得させる。
「驚かせてしまったようね、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です」
どちらかというとクリスティーナの登場に驚いているのだが、そうとも言えずに平静を装う。
今日のクリスティーナは1人である。以前は彼女を慕う者たちや昨日の取り巻きが大勢彼女の周りにいたのだが、全校生徒の前での婚約破棄で、クリスティーナの周りにいた者たちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
これは前世のライリーも知らない出来事である。ゲーム本編ではライバル令嬢であるクリスティーナのその後は詳細には描かれていないのだ。文章として「クリスティーナは婚約破棄をされた後、エイミーや王太子と顔を合わす事はなかった」この一文で記されているのみである。
だが、当然ながらクリスティーナにはこれからの人生があるのだ。
そんなことに改めて気付くライリーの手元を不思議そうにクリスティーナが見ている。その視線の先には木箱がある。これはライリーのお弁当箱だ。
当然ながら、この世界には弁当箱などなかった。ゲームの世界なのだからあっても良いはずなのだが、探しに探してもない。ゲーム内で主人公であるエイミーが手作り弁当を気になる相手に差し入れるイベントがあったのだが、どうやら主人公にしか弁当箱も入手できないらしい。
モブ令嬢であるライリーは泣く泣く木箱を弁当箱として活用している。
「それは……。あ、こんなこと聞くのは無作法ですわね。つい…」
「え、あぁ、これはお弁当箱です。中には昼食が入っています」
「昼食が…箱の中に……?」
睫毛をしぱしぱと瞬かせ戸惑うクリスティーナは公爵令嬢というよりも、好奇心旺盛な小さな女の子のようだ。驚きつつも、ライリーの手の中にある木箱を興味深げに見つめている。
それは王太子の婚約者として、常に周囲の視線に晒されてきた彼女の意外な一面であった。
そう、この世界に弁当というものはないのだ。木の箱に昼食を詰めて持参している貴族女性。ライリーは自身が周囲から「有名な変わり者」として評されている一端を今、自覚する。モブ令嬢で目立たぬように生きてきたつもりが、前世の記憶が仇となり、悪目立ちをしていたのだ。
同時にクリスティーナは実は寛容な女性なのだとも知る。なぜかカフェテリアを使わず、木の箱に昼食を詰めて地べたに座る貴族女性にも優しく話しかけてくれているのだ。
「よろしければ、見ます?」
言ってしまってライリーはすぐ後悔した。
この国の常識ではあり得ない木の箱に食べ物を詰めている女からいきなりその中身を見るかと聞かれたら、恐怖感を抱くであろう。
縁あって会話をできるようになったクリスティーナから、強く拒まれる場面が頭に浮かび、ライリーはスッと自分の体温が下がるのを感じた。
それはたった数秒のことだが、ライリーには恐ろしく長い時間であった。
クリスティーナがかすかに息を吸う音が聞こえて、小さな可憐な声が聞こえた。
「……ぜひ」
「!!」
その言葉は自分に恥をかかせないためであったのだろう。やはり、そういった振る舞いも公爵令嬢らしい配慮だと思うライリーだが、クリスティーナ自身も人の持ち物をしげしげと眺めたことに恥じらいを感じていた。
今日のお弁当の中身がいつも以上に質素なことを思い出したライリーが、さらに恥じらいを感じるのはあと数秒後である。
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