『豆腐よりも熱く、餡蜜よりも甘いもの』Ⅳ

 「おやおや。これは奇遇ですね、二人とも」


 窓から舞い降りた木の葉のように静かな歩み。

 それでいて、揺らめく炎のような存在感に、久遠も周りの客も圧倒された。


「相変わらず仲の良い事で、感心致します」


 人好きのする微笑み、気高さに艶を含んだ甘い声色は、久遠を除く全ての女性を魅了していた。

 和人には珍しい白金髪や、炎のように赤い瞳に、白い肌の長身という大人の美貌も相まって。

 生憎、クリスティアヌス様一筋で、彼の美貌と心の輝きの虜である久遠の心臓には響かない。


 「こんにちは、ゆずりはさん。先程はお世話になりました」

 「いえ、こちらはお役目を果たしただけですので」


 この白金髪の美丈夫は、「ゆずりは竜臣たつおみ」――三大剣豪の一人であり、花山院家の専属医として代々仕えてきた楪家の当主様らしい。

 もっぱら、任務先や戦場においては戦闘力に治療応急処置にも長けている竜臣は、剣豪としても医術師としても一目置かれている。


 「また、お身体など気になる事があれば、いつでもお気軽に相談しに来てください」

 「ありがとございます」


 花山院邸を出る前に、聖徳様から竜臣を紹介された久遠は、彼による採血と簡易な問診を受けた。

 聖徳様と竜臣は、久遠の身体に異常はないかを検査すると同時に、彼女の特殊能力の仕組みを研究したい、と提案してきた。

 確かに"神再生力"という尋常ならぬ回復力による、身体への異常や負荷はないかを調べてもらうのは心強い。

 さらに再生力の研究が進めば、何かしら人の役に立てるのではないか、という漠然とした希望も抱いた。

 そういう意味では、久遠にとって竜臣もまた今後、よりお世話になる人間に入るため、自然と頭が下がる。


 「それにしても、久遠様のように麗しい女性を連れて、白昼堂々と"逢瀬"をなさるとは……冷泉殿も、隅に置けませんねぇ……」

 「ええ!? いえ、逢瀬だなんて、とんでもございません……! ただ、買い物をしたついでに休憩を……」


 にこやかな竜臣に指摘された久遠は、予想外の言葉に対して、大袈裟なくらい真っ赤な顔を横振りした。

 久遠はこのお出かけを"でえと"だとはまったく自覚していなかった分、激しく動揺していた。

 きっと周りの目からも、姉と弟くらいにしか見えないだろうと気軽に構えていた。

 それなのに、楪の言葉通りであれば、まるで自分が未成年の男子を誑(たぶら)かしている悪いお姉さんになったみたいで、居心地が悪くなった。


 「そうですよ」

 「そうなんですよ! って、あれ?」

 「彼女は僕の許嫁なので、当然のことです」

 「純真君!? な、何を言って……」


 逢瀬である事を全力で否定していた久遠とは、真逆な応答を涼しい表情で行った純真。

 聖徳様と翡水歌様公認とはいえ、改めて許嫁である事を開示された久遠は、ますます狼狽える。


 「では、これで失礼させて頂きます。大切な許嫁との"逢瀬"の途中ですので――」


 この瞬間、あたふたする久遠には、想像する余地すらなかった。


 「――ええ、お邪魔をして失礼致しました。また、お会いいたしましょう」


 静かに言葉を交わした純真、と竜臣の間に流れていた空気。

 互いを静かに映した双方の眼差し。


 それらは氷のように冷ややかで、炎のように危うい気配を孕んでいた理由を――。


 *


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