ようこそ。そして、月光の隙間まで。さようなら。

エリー.ファー

ようこそ。そして、月光の隙間まで。さようなら。

 もしも。

 貴様に何か喋る機会があるとするならば。

 死んだ後だ。

 何か、文句があるか。

 いや、あるわけがない。

 あるわけがないな。

 何故ならここより下の階層は存在しないからだ。

 いいか。

 貴様は、もう、これ以上、生きることができない。

 月光の隙間へと落ちたのだ。

 助かることはない。

 ここは、裁判所ではない。

 有罪か無罪かを決めるのではない。

 ここは、世界で、最も清潔な処刑場。

 月の裏側である。

 人間は、地球を汚し過ぎた。

 言い訳を思いつくのが早いのであって、問題を解決する能力が高いことを忘れてしまっている。

 そのために、私がいる。

 この月には、多くの建築物がある。

 月光猩々。

 山狸荒川塔。

 屁亭。

 上昇狐古頭。

 そして。

 この処刑場である。

 月で、最も歴史があると言っていいだろう。

 あたりを見回しているようだが、無駄だ。

 助けなどこない。

 絶対にこない。

 くるわけがない。

 ここは、そのために作られたのだ。

 誰もが孤独になるための場所。

 孤独を愛さずにはいられなくなるための場所。

 孤独との付き合い方を学ぶための場所。

 孤独の色を知るための場所。

 孤独の定義について考えるための場所。

 いいか。

 貴様は、既に死刑囚なのだ。

 この月で、地球の汚さを学び、宇宙の美しさを知って、穢れを落とす。

 命を失うだけではない。

 すべてを失う。

 存在意義を捨て、過去を捨て、貴様の記憶をこの世から捨てさせる。

 この月で起きることは、貴様の中で起きることだ。

 つまり。

 現実ではないのだ。

「助けて下さい」

 あぁ。助けるとも。

 これは、祝祭である。

「助けて下さい、お願いします」

 願われたのであれば、なおのこと。

 貴様を救おう。

 どんな手を使っても清らかにしてやろう。

 音楽を聞かせ、笑顔にして、踊り方を教えてやろう。

 案ずるな。

 生きることよりも、難しい死について語ってやろう。

 この処刑場では、人よりも兎が多く殺される。

 何故か、分かるか。

 兎というのは人間に迎合した、最初の下劣な奴隷であるからだ。

 十二支を知っているな。

 方角を示していることも分かっているはずだ。

 本来、当てはまるのは漢字ではなく、平仮名だったのだ。しかし、誰かが書き変えた。考え方としては、より理解しやすくするためだそうだ。

 けれど。

 蓋を開けてみれば、どうだ。

 誰も、正式なものだと思っている。

 誰も、勉強をしようとしない。

 誰も、奥深くまで進もうとしない。

 結果、人間は、この様だ。

 何度でも言おう。いや、頼まれなくとも、叫ぼう。

 成長を忘れた凡人たちの文明を潰すための時間がやって来たのだ。

 逃れることは不可能である。

 宿命なのだ。

 いずれ、貴様らは多くの問題に簡単な答えを求めるようになるだろう。

 真実かどうかではなく、自分たちにとって理解できる範囲なのかどうかを一番に考えるようになるだろう。

 いや、もうなっているか。

 そう、そうだな。

 だからこそ、貴様はこの処刑場に送られてきたのだ。

「助かる方法はありませんか」

 ない。

「何をしたら助かりますか」

 何をしても助からない。

「あんまりです。助けて下さい」

 貴様には何度でも言ってやろう。

 救いとは。

 社会的な、文学的な、数学的な、生物学的な。

 死。

 なのだ。

 さらば。だ。

 この会話すら、退屈であったということに気づけぬ貴様に、最後の贈り物を。

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