第8話

マリアさんの話は驚きの連続だった。


「あいつ、本当ならあのアホに討伐される予定だったの。

でもあそこであのアホに拾われて、弟子に入ったわけ。」


かつて「魔神の卵」と言われる「魔王」になりかけたという轟。

一度魔王になってしまったらもう元には戻れない。

そしてそんな彼女を救ったのが、当時彼女の討伐を引き受けたマミさん。

マミさんは自分の失われた娘さんたちと同い年の女の子が苦しんでいる姿に彼女を救うことを決めて、命がけで彼女の魔王化を止めた。

そのことで轟はマミさんの弟子となり、マミさんと同行を決めたわけだが、


「あれって絶対普通に弟子として抱ける感情ではなかったよな…」


私はマミさんの打ち上げた下着を猛烈に追いかけて行った轟のことを単なる「弟子」という一文字で片付けるのはさすがにどうかと思う。


「「魔王」になったらもう手遅れになってしまう。

あのアホにとって娘と同い年の子があんな存在になることだけはどうしても止めたかったのよ。」


実にマミさんらしい理由。

その話にほっとしてしまった自分があることには自分でさえびっくりだったが、それでも私はマミさんがマミさんのままでいてくれたことに心から安心してしまった。


その後、轟はマミさんの元で修行を積み、堂々と一人前の「オーバークラス」として成長したが、ある日を堺にマミさんから離れて元の場所に戻るようになった。

理由についてはマミさんですら分からないようだが、一つ確かなのは、


「ウララはいつだって先生のために頑張ります。」


今、彼女がやっているのはすべてマミさんのためであることだそうだ。


「その最後の一言を残してウララは二度とあのアホの前には現れなかったわ。」

「そしてその久々の再会の時、マミさんの傍にいたのが偶然私だった…というわけですね…」


それは確かに怒る。

大好きなマミさんに自分は何年も会ってないのに、いきなり現れた私というぽっと出の女がついていたらそりゃ頭にくるわけだ。

でもせめて話くらいは聞いてやってもいいと思って、何なら私から応援してやってもいいと思っているくらいだ。

私はマミさんのことが大好きだが、それが決して轟がマミさんに対して抱いている感情とは全く別のものだと思うから。

たとえ彼女は私のことを死ぬほど嫌っていても、私は叶える望みなら叶った方がずっといいと思うから。

次に会ったらそれだけはちゃんと伝えるつもりだが、


「…あまい…」


そんな私のことをテラはあまり感心しないようだ。


あの場所に轟がいなかったことに思わずほっとしてしまう、情けない自分も確かにいたが、


「あいつのことなら大丈夫。ああ見えても一応「L'Arc」が使える怪物だから。」


マリアさんは彼女が他の魔女と一緒に私の攻撃で死んだりすることはまずないと、ズバリと断言した。


「オーバークラス」の中でも「L'Arc」が使えるのはほんの一握りの人しかない。

長い歴史の中、対魔神の切り札と言われる「オーバークラス」はどこの時代にも存在していたが、どうやって、誰が「L'Arc」を使えるのかは、本人すらわからないらしい。

あるきっかけで才能が目覚めてしまうのか、それとも修行を重ね、研鑽を続けて極めた究極という境地でやっと手に入れるのか。

術師は皆、気がついたら使えるようになったと言うだけで、それ以上は説明できなかったそうだ。


「L'Arc」にはまだ判明されてない謎がいくらでもあるが、確かなのは「L'Arc」は何らかの形で魔神と関係のある古の魔術ということ、そして同じ「L'Arc」でも術師の個性によって能力が違うということ。

それについてマリアさんはテラにも意見を求めたが、テラにも詳しいことは知らないようで、結局「L'Arc」の謎は謎のままで残るようになった。


轟の能力は時空の因果律に干渉、改竄できる「むらさき」。

人智を超える不可解の魔術である「L'Arc」の中でも最も危険で理解不能の事象能力と言われているが、自由に使いこなせるのは「オーバークラス」の歴史の中でも轟、たった一人らしい。

千年一度の天才と言われるあの轟すら、あれを自分のものにできるまで何度も命を落としかけたという話から見たら、「紫」がどれだけ危険な能力なのか、あえて説明する必要もない。

そしてそれと同様の能力、気象と星の力を具現化する「あい」を使うマミさんも轟と同じく千年に一度の魔術師だと、マリアさんはそう言った。


あの時に見たお星様の黄金の杖。

マミさんが握っていたあの燦然の杖のことをテラは確かに「ミルキーウェイ」と呼んだ。

なぜテラがマミさんの杖について知っているのか、テラとどういう関係があるのか、私は後でしっかり調べておかなきゃと、こっそりと誓うようにー…


「…大したことではない…前にあれを持っていたやつに一度会っただけだ…」


なる前に割とあっさりと答えを聞かせてくれたテラ。

そういえばこいつ、私の体と頭にリンクしているから私の考えることなんて全部見えるんだったな…


魔神になる前に最後に会った人という杖の持ち主。

大分前の記憶でもう顔も、声も覚えてないというその女性は少しテラと話をして、南の方へ向かった。


ただの放浪の魔術師。

しょうもない自分はもともと世界を変えられる玉ではない。

ただ平穏な毎日を過ごせればそれでいい。


その一言だけを残した星の杖の女性は何も見えない果てしない広い草原を一人で歩いて行った。


それについてマリアさんは何も言わなかったが、


「まあ、あのアホだってその杖はお下がりなんだから。」


それとなくテラの言っていることが分かっているような、そういう顔をしていた。


それからマリアさんは私に轟のこと以外にも、自分のことやマミさんの色んなことを話してくれた。

異端審問官としての自分、そして魔術師のマミさん。

特にかつてマミさんが率いたという世界救世プロジェクト「バージンロード」のことは、今のマミさんでは見られないところがたくさん見られて実に興味深かった。


「あいつと私を含めて全員で5人だったわ。

皆で色んなところを回ったのよ。」


今は伝説になったという世界救済プロジェクト「バージンロード」。

ただ「より良い世界にするために」に結成された「バージンロード」は数々の危機から世界を救い、全員が現役の「オーバークラス」でありながら女性ということもあって「帝国」だけではなく全世界規模で大人気だったそうだ。


グッズまで作られるほど「バージンロード」の人気はすごくて、特にマリアさんと一緒に前衛を務めた「姫騎士」、「環八千代」さんの人気はその中でもダントツだったそうだ。


「元々「帝国」の王族で、しかもお姫様だから人気があったのよ。

鎖国政策に徹していた「帝国」が門戸開放して、各国に差し向かわせた使節団の代表を務めていたのがあのお姫様だから顔もよく知られてたわ。」


おとぎ話から出てきた金髪碧眼の美少女。

「バージンロード」の中でも圧倒的な美貌を誇ったというヤチヨさんはお姫様でありながら優れた剣士だったそうだ。

そしてそんなヤチヨさんが特別な想いを寄せていたのが、すなわちリーダーのマミさんだったらしいが、


「でも私、マミさんからヤチヨさんにちょっと嫌われているって聞きましたが…」


今のマミさんは妹のように大切にしていたヤチヨさんと結構気まずい関係に置かれていることを、私は先日、マミさんの口から直接聞いたばかりであった。


それについてマリアさんは一度、


「ああ、それね。」


浅いため息をついて、


「そりゃ怒るのも無理ではないわ。

あれは絶対あのアホが悪かったから。」


何もかも全部マミさんが悪いと、しょうがないという顔で、あの時の記憶を思い出してくれた。


「一回だけ皆で全滅になりかけたことがあったの。

皆でやった最後の任務だった「魔王」の討伐の時のことなんだけど、それがありえないほど強くてね。」


今、思い出してもそれほどの強敵はなかったと言うマリアさん。

あんなに仲良しだった「バージンロード」の解散のきっかけになった一つの事件。

彼女はもう十数年も経ったあの時のことを、今もよく覚えていた。


「魔神の卵」、つまり魔神になる直前の存在を我々は「魔王」と呼ぶ。

魔神と同様、そう簡単に生まれる存在ではないが、たまに出現して、災害に近い被害を及ぼすこともある。

魔神がいない限り、「オーバークラス」が戦う現実的な最大の敵と言っても過言ではないほど、魔王は甚大な被害をもたらす。

もちろん、その中にはちゃんと意識を保てる個体もいるらしいが、大体は爆発的に増幅した魔力によって暴走してしまうから、「オーバークラス」には速やかな判断が求められる。


轟みたいに魔力の安定で元に戻れたらセーフ、早速暴走を始めたらアウト。

討伐はあくまで最終手段で、ベストはやはり元の姿に戻すこと。

魔王と戦ったらいくら「オーバークラス」でもただでは済まないということを皆よく知っていた。


成功率は極めて低い。

その上、一歩間違えたら自分までその魔力に飲み込まれてしまう。

時間が経つほど元に戻すのは困難になるから「オーバークラス」は速やかに状況を判断して、決断しなければならない。


一番手っ取り早いのは、暴走を防ぐための討伐。

でもマミさん代の「オーバークラス」はあまりその方法はあまり気が進まないと、最後の最後の手段として残していたそうだ。


「うちは全員が訳アリの変わり者だったから。

何よりあのアホがそういうのは間違っているって言うから。」


っとマリアさんは「頭お花畑の理想主義者が力を持てばどうなるのかを分かれるいい手本」だとマミさんのことをそう言ったが、本当は彼女自信もそういうやり方は決して得策ではないと思っていたと、私はそう信じている。

だからマミさんは彼女のことを信頼して、背中を任せたのだろう。


当時、マミさんたちの「バージンロード」が相手にした魔王は半世紀の修行を積んだ高徳の僧侶。

老人の体とは思えないほどの強靭な肉体と「タオ」と呼ばれる気を使った鋭くて破壊的な拳法を駆使する一大の強敵だった。


「急に賢者タイムで来たのか、勝手に闇堕ちしたばかげたジジイだったわ。

崩壊した秩序を立て直すとか言って自分の弟子たちを全部殺して、半日で西大陸に小国をめっちゃめっちゃにした怪物だったの。」


軍閥、マフィアなどがぞろぞろしている無法地帯。

その西の大陸で軍閥が牛耳っていたある国をたった一人で壊滅に追い込んだ老いた僧侶。

今代、西の大陸を襲った一大の危機と言ってもいいほど、その老人の強さは圧倒的であった。

一度拳をぶつけた時、まるで岩の山を叩く感覚だったと、マリアさんは当時、感じた感覚をそう説明した。


「5人揃って仲良く殺されるところだったわ。

あのアホが私達を逃してくれなかったら今頃、私達はお陀仏になったんでしょう。」


絶体絶命のピンチ。

その時、皆を助けたのが一人で魔王に立ち向かったマミさんだった。


圧倒的な戦力差。

それでもマミさんは皆を守るために決断するしかなかった。

まるでこの前、マミさんを守るために自分がやったように。


「魔法で崖を崩して私達をわざと川に落としたわ。

自分一人であそこに残ったあのぶっ飛んだジジイと戦った。

結構離れたの街まで流された私達があそこに戻った翌日には全部終わっていたの。」


マミさんが見つかったのはその翌日で、あの時のマミさんの無惨な姿は今もよく覚えているというマリアさん。

彼女は「月食」の発動してボロボロになった私がここに来た時、ちょうどあの時のマミさんと同じ姿だったと、両方の無惨さをそう表現した。


魔力崩壊による魔力回路の損傷。

そして直接的な打撃による体のダメージ。

その上、老僧の「タオ」という力によってマミさんの体は内側まで破壊されて、すでに限界を越えていた。

それでも自分を探しにきた皆を見て、


「おかえり。皆。」


彼女はなお、笑顔を崩さず、いつものように振る舞っていた。


その後、マミさんは何度目の命の危機を乗り越えて、無事に回復、全世界の人々から称えられるようになった。

「バージンロード」は一気にスターダムにのし上がって、史上最大のセンセーションを巻き起こした。


でも、


「先輩とはここまでです。」


マミさんが命がけで皆を守ったそのことが、「バージンロード」解散のきっかけになるとは、誰も予想できなかった。


最後の一言。

その言葉だけを残して「バージンロード」を抜けてしまったヤチヨさん。

でも彼女が「バージンロード」を抜けた理由を皆は知っていたから彼女を止めなかった。


「あのアホ、追い詰められたらすぐ自分一人で背負い込もうとする悪い癖があるから。

傷つくのは自分ひとりだけでいいとね。

あいつはそれが嫌になっただけなの。」


マミさんの何としても仲間を守りたいという気持ち。

それが何でも自分一人で背負いこむという形になって彼女の悪癖として発現した時、ヤチヨさんは彼女の傍を離れることにした。


「あのアホは私達を信頼していない。

ヤチヨはそう思ったからそれ以上、あのアホの傍にはいられなかったの。」


人と人の間で一番大事なのは信頼。

それが崩れてしまった時、ヤチヨさんはそれ以上、マミさんの傍にはいられなかった。


そのことでマミさんは大きな衝撃を受けて、しばらく立ち直れなかったそうだ。

人一倍は愛情を持っていたヤチヨさんがいなくなることで大切なものを失ってしまったマミさんはずっと自分を責めてなんのために「バージンロード」を始めたのか、その目的まで失って彷徨を始めた。

そして、しばらく4人体制で活動した「バージンロード」は、


「ごめんなさい、皆…私はもう無理です…」


マミさんのその一言で解散の時を迎えるようになった。


「一番近くにいる大切な仲間すら幸せにできない私なんかにより良い世界のために頑張れることなんて…

私はもう頑張れない…」


自分を信じてここまで来てくれた仲間たちへの申し訳無さ。

それでもマミさんはヤチヨさんがいなくなった「バージンロード」をそれ以上、続けられなかったそうだ。


「ヤチヨは私と一緒に「バージンロード」結成メンバーだったわ。

だからこそ自分を許せなかったと思うわ、あのアホは。」


そんなマミさんの気持ちを受け入れて、マリアさんたちは少し話し合った後、「バージンロード」解散に同意、それぞれの道を歩くことにした。


そして「聖王庁」に戻ったマリアさんはしばらくシスターの業務に復帰するようになったが、その数年後、彼女は前代未聞のテロリストと規定され、聖王庁に追われるようになった。

現役の「オーバークラス」として嘱望された元異端審問官のマリアさんがどうして聖王庁に追われるテロリストになったのか、私はその経緯についてあえて聞かないことにした。

それにはきっと彼女なりの深い理由と決意があったのだろうと、


「私は後悔しないわ。

これもまたより良い世界のためだから。」


そう自分の心を奮い立たせるマリアさんの揺るぎない表情を見て、私は何故かそう思っていた。


「だからお嬢さんにも自分の人生に後悔のない生き方を選んで欲しい。

あの時、そうしたら良かったのに、と思われないようなそんな生き方を。」


っと私の手をギュッと握ったマリアさんは、ただ静かな声で私のこれからの安寧を祈ってくれるだけであった。


「じゃあ、私はこれから往診だから。あのアホもそろそろ帰ってくる頃だし。

そこの棚の本、好きなだけ読んでもいいから。」

「あ…ありがとうございます…すみません…なんかお時間を取っちゃって…」

「いいのよ、別に。」


「じゃあ、夕食前までは帰るから」っとそのまま往診のために、出かけてしまうマリアさん。

彼女がいなくなった病室はシーンと静まり返って、まるでトンネルの中の生活を思い出させるほどであったが、私の心はマミさんのことやマリアさんのことを知ってもうこんなにいっぱいになっている。

だから私はもう前みたいに寂しくはない。

それでも私は、


「お礼…言えなかったな…」


最後まで村の人達にお礼を言えなかったことをずっと気にかけていた。


あそこにはすでに魔女の襲撃による避難指示が出されている。

それはつまり私とテラが戻れる場所はないということ。

マリアさんの言った通り、今の私はマミさんと行動するのが一番いいかも知れない。

それでも私はもう一度あの村に行ってちゃんとお礼を言いたかった。


そうやっていろんな思いを抱いて、ついに始めることになった私の旅。

私は窓を開けて少し外の景色を眺めながら、少し考え込むようになったが、きっとほんのちょっとだけドキドキしていたと思う。


今まで見たことのない景色。

それを誰かと一緒に見られるということがこんなにもドキドキするとは。

私のことを初めて人として見てくれたマミさん。

そのマミさんの過去に触れ、ほんの少しだけマミさんのことを知ることができた。

もうしばらく入院生活しなければならないが、私は初めて自分の意志で自分の道を選べるようになった。

たとえ今は追われている立場としても、私はマミさんと一緒ならきっと楽しい旅になると、信じてやまない。


そしてもしできればマミさんの力になりたい。

私のことをもう何度も助けてくれたマミさん。

そのマミさんだって過去のことやいろんなことで苦しい思いをしているから。

だから今回の旅で少しだけでもいいから、元気になって欲しい。

そのためなら私は努力を惜しまないつもりだから。


「ただいまーヤヤちゃんー」


マミさんはこんな私の気持を分かってくれるのかな。

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