第3話

夜風になびく桃色の髪の毛。

暗闇の中できらめく赤い目はまさに不吉の象徴。

黒いマントと純白のパンスト、大きな帽子を被ったその少女は空に浮いて、


「探したわ。この泥棒猫。」


私のことを「泥棒猫」と呼びながら見下していた。


私が魔女から盗んだのはただ一つ、長い時間、「ウィッチクラフト」に封印されていた「万眼の深淵」と呼ばれた魔神「テラ」。

そしてテラと彼女の間に何らかの関係があることに気づいた私は早速彼女の招待について推測できたが、


…?」


彼女の興味は一瞬で私ではなく、私の傍にいる「漆黒の魔術師」、「オーバーマインド」のマミさんの方に移ってしまった。


「「ウララ」ちゃん…」


そしてマミさんの口からその名前が出た時、私は彼女こそ「ウィッチクラフト」の中でも異端児と呼ばれ、同じ魔女の間にもイレギュラー扱いをされている「囁きの魔女」、「とどろきウララ」であることを確信した。


私があの拷問に等しい地獄のような実験を繰り返されていた3年前、当時そこの雑務を任されていた私はいつか私達の実験を主導した総責任者「ブラックモーガン」が彼女のことについて他の魔女に話していたことを耳にした。


「カッカッカッーあれは不良品だ。

ブラックサバス魔女長」の命令もろくに聞かない強さだけが売りの出来損ないの魔女。

使い道がなかったら今頃消されたんだろう。」


魔導開発主任「ブラックモーガン」。

痘痕が酷くてみっともない鷲鼻を持った猫背のあいつは同じ魔女の中でもダントツでブッサイクだった。

そのせいかあいつは幼い少女を痛めつけて実験台にするのが好きで、性格の悪さも他の魔女達には比べ物にならないほど残酷で常に厄介者扱いされていた。

不老不死の象徴とも呼ばれる魔女ではあるが、何故にあいつだけは同じ魔女達の間でも常にネタにされるほどとびきりのブスだった。

それに口臭がきつすぎて、顔を近づけられたら目の前が真っ暗になってしまうくらいで…

まるで溝の水でも飲み干したかのような、忘れられないほどひどい口臭だったと、私は今でも覚えている。


でもそんなモーガンが舌を巻いてしまうほど轟の存在感は圧倒的なもので、モーガンを含めたどの魔女も彼女との関わりを持たなかった。

下手したら「ブラックサバス」に目をつけられて同類にされる。

そうなったら出世の道が防がれて、二度と「サバト集会」には出られないから。

魔女の社会は至ってシンプルな実力主義だが、


「ただ強くて頭がキレればいいってもんじゃない。

ああいうイレギュラーのせいで種族全体が危険に晒されることもあるから、魔女にとって協調性は不可欠だ。

ある程度従順さも兼ね備えてもらわなければ困る。」


それも一旦種族のためという大義が前提になってからの話だと、モーガンは彼女のことを徹底的に異物として扱っていた。


でもまさかあの異端の魔女が自分の目の前に現れて、しかもマミさんのことを「先生」と呼ぶとは…

あまりの出来事に頭が追いつかないが…


「…あっちも随分ボイン系の女子だな…」


その先生にその生徒ってところかも…


「…お前とは違ってな…」


黙れ。


「ウィッチクラフト」の中では「ブラックサバス」に次ぐ実力者と言われている轟。

彼女の強さはなんといっても絶妙な魔力操作と魔術的な共鳴による魔力増幅。

その手で作り出す魔力的な反応は奇跡と言っても過言ではないと他の魔女達舌を巻いていた。


「「轟」家の魔女は大体魔力操作と増幅に長けているがあれは規格外だ。

だから親にも捨てられてどこにも自分の居場所を作れない。

その上、あの傲慢で反抗的な性格だ。好きにしてくれるもの好きなんてそうそういないだろう。」


強いだけではこの先やっていけない。

モーガンは確かにそう言って、


「喋りすぎた。仕事に戻る。」


自分の実験室に戻ってしまった。


でもまさかあの伝説の魔女がまさか今日出会ったばかりのアイス屋さんと何らかの関係があって、しかも彼女のことを「先生」と呼んでいる。

目当てはほぼ間違いなく私、もう少し正確に言えば私の中にいるテラだと思うが、


「あの魔女…なんだかすごく切ない顔をしている…」


私は今の彼女にとって私のことなんてどうでもいい、なぜかそう感じていた。


まるで届かない大切なものをただ見ているだけのような切なさに満ちた目。

その紅月に宿っているあまりにも純粋な感情に触れた時、彼女が本当に自分が知っている最強の魔女なのか、私は一瞬自分の目を疑ってしまった。

そしてマミさんもまた、


「ウララちゃん…」


そんな彼女のことを遠く、ただ悲しそうな顔で見ているだけであった。


私は彼女を見た時、一歩も動けなかった。

私は完全なる魔力の生き物である魔女と違って外部からの魔力供給がなければ生きられない使い魔である「ホムンクルス」に過ぎなくて、いくら魔神が宿っているとしても魔女と戦って勝てるわけがないから。

ここ3年間、そこそこ蓄えておいた魔力はあるが、あの轟なら私が何か仕掛ける前に確実に私を仕留められる。

だから私は判断するべきだった。


どうやってマミさんをここから逃がすのか。

私は初めて私のことを人として見てくれたマミさんのことをすでに守るべきの存在として認識していた。


いくらマミさんが「オーバークラス」としても所詮は人間。

一人では生物の頂点である魔女には到底敵わない。

でももし自分の魔神の力を一瞬でもぶち込むことができたらあるいはっと思った私は、


「仕方ない。」


一度だけ、私が体の主導権を握られる権利をマミさんのために使うことにした。


この魔女を招き入れたのは他でもない自分自身。

この「魔神狩り」に轟一人で参加しているわけもないから、この周辺はすでに「ウィッチクラフト」の魔女たちに囲まれていると考えた方が妥当だろう。

自分が死ぬことは怖くない。

ただ私のことを初めてちゃんとした人格として見てくれたマミさんに自分のせいで被害が及ぶのは死ぬこと以上にいや。

産んでくれた実の母も振り向いてくれなかった私のことを受け入れてくれた唯一の人。

彼女を守るためなら残った命なんていくらでもくれてやる。


そう思ったら急に勇気が湧いてきた私は、


「あんたが欲しいのは私なんでしょ?」


未だに空中に浮いて様子を見ている轟の方に話をかけたのであった。


私の名前は「杉本ヤヤ」。

年齢は15歳で小学校の時に魔女たちに売られ、そこで使い魔の「ホムンクルス」に改造されて、2年も実験体としてあらゆる実験を強いられた。


実験の担当者は「ブラックサバス魔女長」の遠い親戚であって魔導開発主任の一人である「ブラックモーガン」。

あいつの実験室から逃げて偶然落ち込んだ大きな穴で「万眼の深淵」、「テラ」に器として体を貸す条件であそこから脱出してここまで逃げ込んだ。


私はずっと死者として扱われていた。

社会にいた時は周りの人から疎まれ、魔女に売られてからは社会的に死んだ人となった。

もう誰も私のことなんて覚えてくれない。

でももしここでマミさんだけがうまく逃げられたらせめてマミさんだけは私のことをずっと覚えてくれるのだろう。

そう思ったら私は心の中がぐっと希望に満ちて

これでマミさんだけはもし私が死んでも私のことを覚えてくれるだろうと私はほっとした。


そう思って一歩踏み出したその瞬間、


「あなた、もしかして先生のために死のうとなんて思ってるかしら。」


まるで私の心を見透かしたような轟は嫌悪に満ちた真っ赤な目で私のことを睨みつけた。


初めて向けられる本物の殺気。

一瞬で全身の身の毛がよだつ恐怖と背骨が凍るような寒気に私のちっぽけな決意はあっという間にあの魔女から放たれる殺気に圧倒されてしまった。


「あなた、半分はホムンクルスなんでしょ?

私、魔力の流れなどで人の心は大体読み取れるわ。

だからあなたの浅はかな考えなんてもうとっくにお見通しなんだから下手な真似はしない方が利口よ。」


ホムンクルスの体を半分持っている私の心理状態をその一瞬で魔力の流れで把握してしまう俊敏さ。

そして恐ろしいほどの正確度を誇る的中率。

その時、私はようやく自分の身を持って確信した。

なぜ同じ「ウィッチクラフト」の魔女たちも彼女のことを恐れて、遠ざけているのか。


「あなたが持っている魔神は元々私達「轟」家の所有物。

それをノコノコ盗み取ったくせに今度は先生とために死ぬ名誉まで盗もうとしているわけ?

とんだ泥棒猫わね、あなた。」


そして、


「自分の立場をわきまえなさい。下等。」


その底知れぬ暗黒と、それ故の純粋さを。


その時、私は彼女が私が自分たちの所有権があるテラと勝手に契約を交わして逃げたことに怒っているのではないということはなんとか分かりかけてきた。

だって彼女は、


「先生は私のもの。先生の全ては私、「轟ウララ」のもの。

誰にも渡さない。たとえそれが先生のために死ぬことでも。」


マミさんに対して凄まじい執着心を見せかけていたのだから。


「ウララちゃん…!話をしませんか…!」


そんな轟のことを落ち着けるために下で彼女に話し合うことを訴えるマミさん。

なにか事情でもあるのか、マミさんは一旦地上に降りて話し合いましょうと何度も轟に呼びかけていた。


「先生…私の大切な先生…

ウララは先生のために頑張ってます…」


でもそんなマミさんの努力にも関わらず、轟は最後までこっちには近づかなかった。

マミさんの気持ちが届かなかったわけではない。

ただ何らかの事情でマミさんの元には戻れないって感じ。

実際、彼女はあんなにとてももどかしくて切ない表情でマミさんのことを見ているのだから。

そして彼女はまるで自分に聞かせているように小さな声で自分はマミさんのために頑張っていると何度もつぶやいていた。


でもこれではっきり分かる。

彼女にマミさんに危害を加えようとする意思はまずないと見てもいいってこと。

うまくすれば自分も助かるかも知れないという見通しはあまりにも都合がいいと自分でもそう思ってしまうが、問題はやっぱり私の体に宿っているテラの方だった。


私は単なる依代だから魔女たちにとってどうでもいいちっぽけな存在に過ぎない。

テラさえ取り出せたら私はこの先、好きにしても構わないと、きっとそう思っているはず。

でも問題は、


「言っておくけど私はテラから離れられない。

そういう条件だから。」


私とテラは契約で結ばれていて、それを取り消す方法が全く知らないということ。

それについてはテラも全く知らないようだ。


そして残った最後の手段。


「なら話は簡単。あんたを殺して中身を取り出すまでよ。」


それは契約を交わした私を殺して、肝心な部分だけを摘出して回収すること。

そして同時にこれは私がマミさんを逃がす時、彼女にテラのことを任せられる唯一の手段であった。


「…コワッパが…」


そんな轟を見て珍しく苛立っているテラ。

テラは特に私のことを殺して自分を回収するというところが一番気に入らなかったように、


「…やれるものならやってみろ…跡形もなく食いちぎってやろ…」


私と契約を交わして初めてむき出しの敵意を轟に向けていた。


でもいくらテラでも依代が私である以上、今の轟から私のことは守りきれないということを私はあまりにもよく知っている。

私の体の半分は自分では魔力の生産ができない「ホムンクルス」。

3年間の備蓄量があったとはいえ、魔神の力を一瞬でも振る舞ったら私は魔力の崩壊でその場で消えてしまう。

だからそれはあくまでマミさんの逃亡の時のために使う切り札として残しておきたい。

テラは絶対反対するけど、私達の契約の内容にその項目がある限り、私は強制的に自分の意志を通すことができる。


「…お前は一回だけ、自分のために自分の身体のすべての主導権を握ることができる…

それはつまり私の力も、魔力もその一回だけはお前のものになるということ…

どう使うかはお前の自由だがくれぐれも慎重に使い給え…」


契約期間中、一回だけテラの力を自分のものにできる項目。

今まで使う機会なんて全くなかった分、私はこの権利を使う時はきっと自分の命にとてつもない危機が迫った時だと、そう確信していた。


でもその時、私は見てしまった。


「なに…あれ…」


ふと見上げた夜空からいつの間にか消えてしまった月。

雲が掛かって見えなくなったのかと思ったその時、気づいたのは、


「あれ…全部魔女…?」


それが全部私達を掴みに来た魔女の大群であることであった。


夜空を埋め尽くすほどの魔女の大群。

私は覚悟を決めなければならなかった。

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