勇者アサシネイション
木古おうみ
標的:≪勇者の血≫
ガラクタと遺産.1
朽ち果てた勇者像の真上に聳える、街頭モニターが速報を告げた。
「戦後から六十年、再び国を襲う魔族・通称≪魔王禍≫への対策として、首都・統京は聖騎士庁の樹立を発表しました。また、非合法かつ非承認の自治を行う殺し屋は明らかな違法と見做し、≪勇者の欠片≫の密売と共に、取り締まりを強化する見込みです……」
銀のワンボックスカーの車内から、スーツを着込んだ三人の男女がモニターを見上げた。運転席の男が舌打ちする。
「聞いたかよ。俺たち殺し屋の取締りを強化だってさ」
「今更国がしゃしゃり出て何ができるってのよ。王政が潰れた後のハリボテでしかないくせに」
助手席の女は青い髪を弄りながら答えた。
「でも、政府のお陰で統京は発展したって祖母ちゃんが言ってたぜ」
「平和ボケした連中が防衛費まで技術革命に注ぎ込んだのよ。そのせいで、魔族が復活しても国は太刀打ちできなかったじゃない。代わりに人間を守ってあげた私たちを取り締まるなんて」
「政治の話すんな。わかんねえよ」
「馬鹿ね」
「何だって? 俺はちゃんと三年間義務教育を受けてんだぞ」
「喧嘩は駄目っすよ!」
後部座席から赤いバンダナを巻いた少年が両手を伸ばした。
「ふたりとも落ち着いて。僕たちこれから大仕事なんすから協力しないと。あと、義務教育は九年っす」
男は刺青だらけの腕をハンドルにかけて舌打ちした。
「お前が一番心配なんだよ、ロブ。変なバンダナ巻きやがって。勇者気取りか」
ロブと呼ばれた少年は苦笑いを浮かべる。青髪の女が溜息をついた。
「私はその爺さんのが心配だけど」
彼女の視線の先、後部座席のロブの隣には老人が座っていた。
三人と同じスーツを着込んでいるが、肌には深い皺の刻まれ、髪は煙のような灰白色だった。二対の山刀を乗せた膝は小刻みに震え、鞘からはみ出た刃がカチカチと鳴った。
「何で死にかけの老人と一緒に仕事しなきゃいけないのよ。介護タクシーじゃないんだから」
「ふたりとも知らないんすか?」
ロブが身を乗り出した。
「このひとは魔王を倒したあの勇者パーティの一員っすよ!
「嘘でしょ。勇者の仲間はみんな殺されたって」
「ヴァンダさんは戦後すぐパーティから追放されたんすよ。唯一の生き残りで唯一の追放者っす」
「何でもいいや。ロブ、目的地に着くまでにその変なバンダナ外しとけよ。俺たちはこれから勇者の欠片を盗りに行くんだからな」
男はアクセルを踏んだ。
街の風景が高速で流れる窓を眺めながら、ロブは呟く。
「そんなに変っすかねえ」
「いいんじゃねえか……赤は勇者の色だ」
嗄れた声に、ロブは隣の老人を振り返る。
「今喋ったのヴァンダさんっすか?」
「死に損ないだが耳はまだ生きてるぞ」
ヴァンダの枯れ木の幹のような喉が上下した。
「すげえ……」
ロブは老人ににじり寄った。
「僕、勇者伝説大好きなんすよ! マジで憧れで、ヴァンダさんの話も演劇で見ました!」
「俺が追放される話か。大抵勇者に金をせびる悪役だろうよ」
「いや、そんな、すみません……」
ロブが肩を落とすと、老人は震える手で背中を叩いた。
「優しいんすね」
「優しかったら追放されてねえよ」
銀のワンボックスカーは腹に街並みを移しながら、人影の少ない細道へ進む。ヴァンダは弛んだ目蓋を瞬かせた。
「時代が変わっちまったな。統京がまだ王都だった頃は馬車しかなかったってのに」
「勇者専用の馬車があったんすよね。勇者の髪と同じ色の、赤い天鵞絨張りのやつ!」
「よく知ってるなあ」
車は更に進み、郊外に入った。産業革命から打ち捨てられた街外れは、六十年経った今も魔族との戦いの爪痕が残っている。瓦礫が散乱した道をタイヤが踏むたび、車が大きく跳ねた。
「ヴァンダさん、聞いてもいいっすか」
「何だ?」
「魔王との戦いの後、すぐ勇者や仲間たちは王族に暗殺されたんすよね」
「……そうだな。自分より名声も力もある象徴が邪魔だったんだろうよ。勇者も魔王に勝って人間に殺されるとは思わなかっただろうな」
「マジで最低っすよ。その後、反乱で王家が失くなったのは天罰っす。ああ、聞きたいのはそこじゃなくて……」
「勇者の欠片か?」
「はい」
ロブは声を潜めて言った。
「バラバラにされた勇者の死体は、一個一個が魔力を持つスゲえ武器になったじゃないっすか。今だって俺たち人間と魔族が取り合いになるくらいの。何でっすかね」
「知らねえよ。魔王との戦いで全身に魔力を浴びすぎたせいだって聞くけどな」
ヴァンダは素気なく答える。ロブは更に声量を落とした。
「じゃあ、ヴァンダさんが≪勇者の欠片≫を集めてるのは何でっすか」
「集めちゃいねえよ。悪用されるより信頼できそうな筋に渡して保管させるようにしてるだけだ」
「勇者が悪の手先になっちゃ駄目っすもんね」
「そうだな……」
「あの、ヴァンダさんは何で追放されたんすか」
答える前に、車が止まった。
「着いたぜ」
ロブが窓を下ろすと、辺りには風雨に削られた廃墟が広がっていた。
半壊した礼拝堂のような建物の扉は傾き、奥から魔物の口を思わせる黒穴が広がっている。ロブは息を呑んだ。
「ここって……」
「ダンジョンよ。魔王の配下の魔族が根城にした場所の跡地」
青い髪の女が答えた。
「最近、四騎士が壊滅させた魔王禍の残党がここに例のものを運び込んだらしいの」
「例のものって≪勇者の欠片≫っすか」
「そう、ここに隠されてるのは≪勇者の血≫よ」
ヴァンダの膝の上で、独りでに山刀の刃が鳴った。
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