第19話 命の瞬き
蒼side
「チヒロ!殴って!」
美味しいフカヒレラーメンを食べて、組織のビルに戻ってきた所でケイが突然走り出したので慌てて追いかけた。
ドアを蹴り上げて事務所に乱暴に入って、びっくりしたチヒロが手にした書類から顔を上げてる。
な、殴るって言ったの??私もびっくりなんですけど…何事??
「は?」
「俺を殴ってくれって言ってんの!!」
「よくわからんが嫌だ。蒼が見てる」
「じゃあ、あっちに行こう」
「何言ってんだお前…頭でも打ったのか?」
はっ!そういえば。
「ハンドルにごんってぶつけてた!」
「それが原因か?」
「ちが、違う…」
ケイがヘナヘナと床にうずくまって、頭を抱えてしまった。
「ケイ?どしたの?本当に大丈夫?」
「蒼!危険だからこっち来ないで!」
近づこうとすると、両手で押し留められる。
顔が真っ赤になってる。眉を顰めて、目をぎゅうっと瞑って…どうしちゃったの?
「…何となくわかった。だがあえて殴らんぞ」
「なんでだよ!」
「殴らん方が罰になりそうだから。とりあえず落ち着いて座れ…蒼は昼食を済ませてるか?」
「うん、フカヒレラーメン食べたよ」
「ん゛っ…そ、それなら良かった。ソファー座ってて。コーヒーでいいか?」
「コーヒー嬉しい!ありがとう」
チヒロはなんか変な声出たけど大丈夫かな。
ぽすんと目の前のソファーに座る。コポコポ音がして、コーヒーのいい匂いが漂い始めた。
ラーメン美味しかったな。フカヒレって不思議な食感だけど、お出汁が格別だった。
もしかしてフカヒレが良くなかったのかな?まだ蹲ってるケイをつつくと、飛び上がる。
わぁ。びっくりした。
「ケイ、危ないって何が危ないの?」
「俺が危ない」
「ケイが…?」
「蒼、ケイはほっとけ。取り敢えず今までの経緯を説明してもらえるか?」
コーヒーを持ってきたチヒロが微妙な顔をしながら向かいに座る。
ケイが蹲ったままなんだけど…良いのかな。
「え、えぇと、うん……」
━━━━━━
チヒロに説明を始めてすぐ昴が帰ってきたので、お医者さんでの話、ケイと車の中で話したことも伝えて…だんだんと二人が崩れていって、最終的にみんな同じ格好になってる。
昴と千尋はソファーの上で、ケイはずっと床で膝を抱えて頭を抱えて、小さくなって…大丈夫なのかな。
「あのぉ…」
恐る恐る声をかけると、ケイがため息をついて私の横にくっついてきた。
「ふー。やっと落ち着いた。二人を待つことにするので今日の予定は中止」
「えぇ!?お医者さんに行ってラーメン食べただけになっちゃう…」
「お医者さんでの内容も中々の物なんだよ。ちなみに今体調はなんともない?」
「なんともないけど、二人が心配」
ふ、と困ったような笑顔を浮かべて、ケイが手を握ってくる。ケイの手はおっきいなぁ。昴よりも大きいかも?背の高さに比例してるような気がする。
チヒロ、ケイ、昴の順に高いけど、もともと背が低い私は三人とも見上げる対象だ。
「嫌じゃない?」
「ん?うん。大丈夫」
「そっか…」
なんだか嬉しそうにしてるけど…うーん。昴もチヒロもまだ自分の世界から戻って来ない。
「どうしよう。私のせいでこんなになっちゃった…」
「…蒼」
私の手を掴んだケイが優しく手のひらを撫でてくる。
「ボスも千尋も、蒼が大切だから。これは通らなきゃいけない道なんだよ。気にしなくていいからね」
ケイが僅かに微笑む。
どうして泣きそうな顔してるの?私は知らずのうちに、ケイも傷つけてしまったんだろうか。
「ふぅ…」
あっ、昴が戻ってきた?
彼はケイの反対隣に腰掛けて、同じように私と手を繋ぐ。
「……」
チヒロが無言のままで立ち上がって、ケイを押し退けて、座り込む。ケイが私の後ろに回って、首に抱きついてくる。
「な、何これ?」
「嫌じゃないんだろ?」
「昴?なんで口が尖ってるの?」
「昴は散々触っただろ。遠慮しろ」
「チヒロ??あ、あの、くっつきすぎじゃ?」
「嫌じゃないんだろ?」
「はぇ…うん…」
耳元でくつくつと笑うケイ。
こ、こそばゆいです。
「…問題があるとすれば三人ってことだ」
「あー、まぁ普通はねぇ」
「俺はフラれた気分なんだが」
「振られてはないよ、まだ」
「と言うかそっちの話より、先に蒼の事だろ」
「確かにそうだ。ちょっと話し合おう」
三人がデスクの方に歩いて行って、でこしょこしょ話し出した。
ついかじょうほう?
ケイの口を見つめる。なんとなくしか読めない。
昴とチヒロは全くわからない。二人がしてるのは、読唇術をさせない喋り方なんだなと今更ながらに気づく。
じーっと見つめてると、昴がケイをつついて、三人とも苦笑いになった後背中を向けられてしまった。
くっ。気づかれたっ。
手持ち無沙汰になってしまったので、コーヒーをちびちび飲む。
コーヒー美味しい。
チヒロが入れてくれたからかな。
苦味と香りを楽しんで、ふと頭の中に何も浮かんでこないことに驚く。
…どうしたんだろう。私。
普段ならうるさいくらい頭の中で色々考えられるのに。
手のひらから、チヒロと昴の温もりが消えていく。
首に絡んできたケイの香りがしなくなる。真っ暗な中に、私が見える。
しゃくりあげながら、涙を流してる。初めて鏡を見た日の小さな自分が居る。
どうして、そんなに傷だらけなの?
どうして、そんなに悲しい顔してるの?
どうして、そんなに寂しいの?
どうして?…どうして?
私が消えて、三人がソファーに戻ってくる。ゆっくりゆっくり、まるで時間が遅くなったみたいに。
みんな険しい顔して、涙を拭ってる。
どうして?
「あれ…?」
暗闇が消えて、いつのまにか三人に囲まれてる。さっきと全く同じ位置にいる三人。……泣いてない。ニコニコしてる。
「夢見てた???」
「お、帰ってきたか」
「おかえり」
「今回はまぁまぁの長さだったな」
「た、ただいま?あっ、私またやりましたか?」
「そうだな。何考えてたんだ?敬語にもどってるぞ」
チヒロが左手を握ってる。傷だらけの手が…あったかい。
「思考の海に潜るとリセットされるのかな」
ケイが私の肩に腕を乗せて、耳元で喋ってる。くすぐったい。
「ふ、面白いな」
昴が右手を握って、優しく撫でてる。とっても…気持ちいい。
なんだか元通りな感じだけど、みんな元気になったのかな?それともさっきのは本当に夢だったの?
じっと三人を見つめる。
…大丈夫そう。誰も、悲しい顔をしていない。
「とりあえず今日はケイの家に泊まることになったが、嫌ならウチに来てもいいぞ」
「へ?え?ケイのところにお泊まり?チヒロのお家?」
「嫌って言ってないでしょっ!それに二人は蒼に言うべきことがあるから、ちゃんと話し合ってもらわないといけないし。俺が預かります」
「な、何?どういうことですか」
「はぁ……。慧、あまり突かないでくれ。今日から順番に三人のところで寝泊まりしてみるかという話になった」
「昴さん、口が尖ってます」
みんなが一斉に口をつぐむ。なんだろう?なんか変な感じがする…うーん。
「お泊まり?どうしてそうなりましたか?」
「ん、蒼の気持ちを確かめてほしい。俺たちの事をどう思ってるのか、考えてほしいんだ。あと敬語からそろそろ戻してくれないか」
しまった、また敬語に戻ってた。
昴がほんのり寂しそうな顔で微笑む。
「今日は講習が出来なかったから、少し休んでから自宅で教えるよ。
毎日日替わりで1日かけていろんな事を教えながら、蒼に心の整理をしてもらおうかって話になったんだ。明日はチヒロのところ。明後日はボスのところだよ。どうかな」
「な、なるほど?」
早めに教えたいということかな。心の整理って、好きとかそういう?決着を付けろって事だろうか。
「そうと決まれば早く帰りましょうっ!殴り方を教わらないと」
三人が一斉に吹き出す。
だってさっき、ケイトの話でそうなったから。ちゃんと習っておかなきゃ。
「じゃあ、いきますか。お姫様、お手をどうぞ」
ケイが笑顔で手を差し伸べる。
私は手を取り、微笑む。
「お姫様じゃなくて、ナイトがいいな」
三人の困ったような微笑みが胸の中に柔らかく広がった。
━━━━━━
がこん、と大きな音を立てて車が立体駐車場に吸い込まれていく。
大きなSUV車が姿を消して、骨組みがスケルトンで丸見えの建物にシューっと上がって収納された。こ、これが立体駐車場…!
「わぁ…」
くるくる回りながら自動で駐車場に吸い込まれていったんだけど、なんて面白い構造なの!どう言う仕組みなんだろう…。
「気が済んだかな?」
「はっ!ごめん、面白くてつい…」
私のお泊まりセットとカバン、先ほど買った食材たちを抱えたケイがつんつんと肩をつついてた。
「蒼といるとなんでも面白いものになるねぇ」
「お上りさんでごめんね」
「なんで謝るの?俺も面白いよ」
蒼以外には適用されないけどね、と呟かれて思わず頬が熱くなる。
なんか、ケイの言葉がやたら刺さってくるようになった気がする。
エレベーターにカードキーを通して、最上階のボタンを押す。
昴の自宅と同じでかなりセキュリティが厳しめみたい。そしてまたもや高そうなマンションです。
「もしかして三人ともこんなお家なの?」
「ボスの家と比べたらここはショボいよ。千尋の家はちょっと違う感じだけど、大きさは1番かな。俺は中間だけど高さがある感じ」
「はぇー」
ううむ。お仕事柄こう言うところに住むのがセオリーなのかな。
74階に到着して、ガラス張りの廊下に出る。夕日の色に染められた廊下を歩くたびに影が伸びていく。夕暮れ時の今の時間まで過ごしたのに、今日はお医者さんの情報だけが収穫とは…私のぐうたら生活はなかなか直らない。
「ここが俺の家。登録するから親指ここに乗せて」
一番端っこの部屋に着くと、ドアの前の認証ボタンを指さされる。ここも指紋認証なの…?
言われた通りに黒い板へ親指をくっつけると、ケイが何やら操作して、カチャッと開錠音が響く。
ケイがドアを開いて、先に入れてくれる。
「お邪魔します」
「どうぞー」
木目調のドアをくぐり、ダークウッドで統一された室内にお邪魔する。
うん、玄関広い。廊下がある。部屋数多い。1LDKとかの存在を三人は知ってるのかな。
「なるほど」
「なんか納得された。こっちがリビング、こっちが寝室、おトイレとお風呂はここ。お布団は一緒でもいい?」
「は、あ、はい。」
昴と同じでお布団は一緒の様子。
リビングに荷物を下ろし、大きな窓から眼下に広がる景色を眺める。……すごぉい…高い…。
「高いところ苦手じゃない?」
「平気。こんなに高いところに人が住めるんだ…」
ケイが部屋に置いてあるウォーターサーバーから水をくんで、ダイニングテーブルに置いてくれる。
「水分補給してね。落ち着いたら護身術からしよっか」
「はいっ!」
街が夕陽の光に飲み込まれていく。
オレンジ色からだんだん紫色に空が染まって真っ暗な闇がやってくる。
闇の中に一つ、一つと灯っていく光。無数に瞬くそれは、まるで星空のよう。 あの光は人が灯したものだ。人の命の数だけ、光が存在している。
「夜景気に入った?」
いつまでも手にとらないグラスをケイが持ってきてくれた。
「ありがとう。夜景かぁ。あれと同じ数だけ人がいて、光を灯してると思うと、なんだか不思議な気持ち。命の瞬きって、あんな感じかなぁって」
「……命の、瞬き…」
つぶやいたケイの顔が少し暗くなる。
「ケイ?」
何も言わずに背中からケイが寄り添ってくる。私の頭の上に顔を乗せて呟く。
「蒼も、キラキラしてるよ。凄く綺麗だと思う。」
なんとなくふわふわした気持ちになって、微笑んだまま二人で街の光を眺めた。
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