第13話 負けたくない


蒼side


「はぁー、楽しかったです…土間さんとお別れするのが寂しいな…」


「彼とあそこまで打ち解ける人はそうそういないぞ。ベタ褒めだったな。」




 昴さんがハンドルを切りつつ、微妙な顔になる。サーキットでおよそ六時間、びっちり車に乗せていただいて。とても満喫してしまった。


 おおよそ車の挙動は把握出来たし『追いかけっこもこれなら問題ねぇ』と土間さんにも太鼓判を押していただいて。

 教えるのが上手だとあっという間の上達だった。土間さんが教室を開いたら凄腕レーサーばかりになってしまう。

教え方も上手で優しくて、仲良くなれない筈がないと思うけど…誰にでもそうでないならちょっと嬉しい。




「土間さんのおかげでほとんどマスターできましたねぇ。素晴らしい方でした」

「まぁ、そういう事にしておくか。お昼を食べ損ねたし、なにか食べよう。」

 

「途中で私だけお菓子食べて…うぅ」

「いや、本当は休憩した方が良かっただろうが…あまりにも蒼が上手くてな。土間さんは夢中になってしまったと謝ってたぞ」


「土間さんのせいじゃないですよ。あんまり面白くて。すみません」

「そんなに面白かったなら、良かったとしか言えなくなるな」




 苦笑いで返されて、私も苦笑いになる。

 なんとなく、昴さんにとってはあまり喜ばしくはない感じだ。

でも、今後は良かったとしか言えなくすればいいのかもしれない。それは良いことを聞けた。


 

 サービスエリアの看板を見て、昴さんが左のレーンに車を寄せる。


「人数が多い所は危ないから、次で寄ろう。そばかラーメンか、パンくらいしかないが」

「何でもいいですよ。私嫌いなものありませんし、お腹に入れば幸せなので」

「そうか…」


 小さなサービスエリアは人もまばらでポツポツと車が泊まっている程度。

先におトイレを済ませてから、ということでしばし単独行動となる。


 


 おトイレを済ませて手を洗っていると、ニコニコしたおばあちゃんがとんとん、と肩を叩いてくる。


「肩にゴミが着いていましたよ」

「あら…。ご親切にありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて紙くずを受け取る。どこでこんなのついたんだろう?親切な人もいるものだなぁ。

 おトイレを出ていくと、昴さんが目の前の木に背を凭れて佇んでいる。




 そよそよと吹く風に髪を揺らして、スマートフォンを見てる。 

日差しの光に瞳の青が揺れて、とっても綺麗。


「あ!あの!日本の方ですか!?」


 女性2人組に声をかけられ、ちらりと目線を送るが、表情を変えないままこくりと頷く。


「おひとりだったらご飯一緒しませんか!」

「私たちこれから温泉に行くんですよ!」


「すみませんが、人を待っておりますので」




 きゃーっ!と黄色い声が上がる。


「素敵な声ですね!!」

「エキゾチックでかっこいいです!」





 うんうん、それにつきましては大変同意。ナンパされてしまう位のかっこよさ。独特な低い声が色っぽいし。

 スーツのジャケットを手に持って、ワイシャツ姿だから肉体美まで強調されて…とても美しいと思うの。

昴さんが私に気づいて、眉を下げた。


「蒼」


 ふと唇に優しい微笑みが浮かび、トイレの入口で呆然としている私の腰を抱く。




「待ちくたびれましたよ」

「えっ…トイレ待ちなんてしなくてもいいのに。すみません」


「貴方と一時も離れたくないんです。ここはお蕎麦が美味しいそうですよ。行きましょう」





 ニコニコの顔の上に「居たなら早く声を掛けろ」と書いてある。

 あれは声かけづらいと思うんだけど。うん。

 二人組の女の子たちに見送られて、売店まで来ると、ため息が落ちる。


「見てないで助けてくれてもいいのに」

「す、すみません。あまりにも素敵なお姿に見とれておりまして」


「それなら…仕方ない」




 若干頬を染めて…照れてる?食券の販売機を眺めた彼は短く咳払いした。


「鬼おろしがついてる蕎麦がある」

「はっ!!それは素晴らしいですね!」


 二人でそれを買って、お蕎麦を受け取り、壁際の席に腰を下ろす。


「いただきます!」

「いただきます。鬼おろし増量なんてできるのか?すごい量だな」





 受け取る際に鬼おろしのすばらしさをお話したら食堂の方が沢山つけてくださって、山盛りになってる鬼おろし。確かにすごい量をサービスしてもらってしまった。


「お話したら増やしてくださいました!」

「ふふ…そんな事あるのか。面白いな」




 二人でお蕎麦を食べて、ルンルン気分で車に戻る。またもやドアを開けてもらって座席に座ると…。


 ピー!と警告音が鳴る。

 な、なに?


「蒼、ちょっと」


 手を引っ張られて、もう一度車外に戻される。なんだろう?

 

「後ろを向いて」


 車に向き直ると昴さんが身体中をさわってくる。

「な、何です???」

「すまんな、背中のボタンがズレてるのが気になって…」


 


 ボタンがあるお洋服だけど、背中にはない筈…しかも触ってるのは背中じゃないし、何でだろう?

 と思っていたら、私のワンピースの襟から小さな丸い物体を昴さんが摘み出した。それを見つめて、昴さんの目つきが変わる。眉間に皺がよって、怒ってるような顔だ。

 

「ボタンは直せたよ。車に乗ろう」

「はい…」





 険しい顔になった昴さんがスマートフォンをいじってメッセージを送ってくる。

 な、なんで?横にいるのに。

 車を発進しながら、口パクで「早く見ろ」といわれて、アプリを開く。




『話を合わせろ。名前を呼ぶな』

 

 どういうことでしょう???


「疲れただろう。せっかくだし少し寄り道しないか?」

「寄り道ですか?でも…あっ、はーい、わかりましたー」


 うぅ、睨まれてしまった。

話を合わせるってこう言うことか。

何か起きたのかな?あの丸い物体はなんだろう?



「どういう所がいいかな。任せてもらってもいいか?」

「は、はい」


 何の話しなんでしょうか。全然分からない。昴さんがすぐに高速を降りて、スイスイと走ってたどり着いたところは。





━━━━━━


「あのー…」

「なんだ?」

「なぜホテルに?」

「休憩と言えばホテルだろう?」


 私の常識とはだいぶかけはなれているようです。シティーホテルでもビジネスでもない…ファッションホテル。いわゆるラブホテルに到着している。

 天井は鏡だし、いかがわしい色の灯りが灯ってるし。昴さんにはあんまり似合わない場所としか思えない…。




「…おいで」


 ベッドに腰かけた私を押し倒して、首筋にキスが降ってくる。

やたら音を立てて吸い付いてくるのは何でだろう…初日以降にこう言うことがなかったから、びっくりして、体がカチコチに固まってしまう。




 首筋を這う唇の温度に少し違和感を抱く。冷たい。

 あの日はあんなに高かった温度が低く、冷たい唇が耳元に上がってくる。


「何もしない。合わせてくれ」

「ひゃっ!はい。」


 耳元でしゃべられると、昴さんの声はそれはもう色っぽくて。筆舌に尽くし難い。




「もう我慢できないよ!」

「えっ?は、はい」


 昴さんがそこらじゅうにあるものをばさばさとベッドの周りに放っていく。

空飛ぶ枕、舞い飛ぶシーツ。ちょっと面白い!


「敬語じゃなくていいよ。可愛い下着だね」

「そ、そうかな」


 私は服を着たままなの。

 何を言えばいいんだろう。

 正解が分からない!



「どうして欲しい?どういうプレイがお好みかな」

「むむ。ち、超!激しいやつでお願いします!」


 目の前で尋ねる昴さんが目を逸らし、プルプルしてる。笑ってるよね、これ。私大根役者過ぎる?





「そうか!わかった!じゃあこうだ!!」


 ペロン、と体をひっくり返されて、うつ伏せにされる。


「きゃっ!な、なにするのっ?!」

「激しいのがお好みだろう?そうしてやる」


 私の腰の上に跨り、大きな手のひらが背中を押してくる。




「あっ!や……だ、だめ……っ!ひゃん!」

「…くそっ。なんだその声。だ、だめなのか!?ここはどうだ!」


「そ、そこダメっ!そんな強くしないで…痛っ!」

「痛いのがいいんだろう?良く効くはずだ」


「あっ……痛…うう、気持ちいい…あぁ~」


 ちょっと強めの指圧が背中のコリを上手に解して来て、変な声が出てしまう。

以前昴さんに私がしたマッサージを、そのまま真似られて…くっ、上手い!



「はぁ……っ!そこ…気持ちいい…」

「そ、そうか……もっと良くしてやろう」


「ひゃっ!だめえぇ!!!」


━━━━━━




「はぁ…はぁ……」

「……良かったか?」

「とても……良かったです……」


「水を取ってこよう」

 

 さっきの謎の物体を踏みつぶし、プシューとそこから煙が上がる。


「…くっ。あはは!!!蒼の…蒼の演技がおかしくて、腹筋が鍛えられた…くくっ」

「ほぁ。もういいんですか?」


 くの字になって笑ってますが。私は演技も何も無かったのでなんだか不満。

 昴さんがこんなふうに笑うのは初めて見た。あどけない笑顔が眩しい。




「あぁ、すまないな。サービスエリアのトイレで誰かと接触したか?」


 はぁー、とため息をついて昴さんがベッドに腰掛ける。ぎし、とスプリングが音を立てた。


「おばあちゃんが肩にゴミがついてるといって、肩にトントン接触がありました」

「それだな。これは盗聴器だ」


「あぁ!それでですか?」

「そう。帰ったら解析してもらおう。蒼の訓練を早く進めないとならないな」


「あの、私宛でしょうか」

「恐らく…そうだ。俺たちがずっとそばにいるから心配しなくていい」




 手を握られて…瞳を閉じる。

 私だけが狙われてる?それとも、昴さんのそばに居るから?


 どちらにしても、守られるばかりではなんだか変な気持ち。

 鼻持ちならないというか。腑に落ちないと言うか。やられてばかりは嫌だ。

…昴さん、俺って言ってるの、いいな。素になるとそうなのかな。そのままでいられる様な存在に私がなれればいいのに。…強く、なりたい。




「ふんっ!分かりました。帰りは私が運転します!復習しますから!」


「えっ、いや公道は大人しく走るところだろ」


「ギリギリで行きましょう。密かに逃げてる設定です。明日は早朝から動きましょう!」

「あ、あぁ」




 ベッドの上に立ち上がり、拳を振り上げる。


「打倒!謎の組織!お荷物脱出!」

「…………」

「ほらっ!エイエイオーですよ!」

「えぇ…」


 心底嫌そうな顔をする着衣の乱れた昴さんを引っ張り、手を繋いで持ち上げる。二人してベッドの上に立った。



「えいえいおー!」

「おー……」

 

 うん!これでよし。



「ふっ。面白いな、蒼は…」

「そうですか?」

「あぁ。俺の周りには見たことの無いタイプだ」


 ぎゅっと抱きしめられて、顎を持ち上げられる。


「な、何?今度はなんですか?」

「ん?なんだと思う?」



 

 瞳が閉じて、唇が重なる。

 暖かい…高い体温。身体の力が抜けていく。優しく啄まれて、頭がクラクラしてくる。

 膝から力が抜けた私を支えながら、昴さんが微笑む。


 

「マッサージ…強くしすぎたか」

「そ、そうですね」


 がっしりと隙間なく抱きしめられて、口が勝手にぽそりと呟いた。


「私、ちゃんと覚悟してますよ。だから、変なふうに気負わなくていいです。どうせなら楽しみます」


 うう、と昴さんが唸る。

「そう、言ってくれるなら、俺も全力でサポートする。早く終わらせよう」


「はい」


 昴さんの背中に手を回して、肩に顔を埋めて。私はひっそりと感嘆のため息を落とした。

 

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