第9話 敏感なお年頃



「お姫様をお届けに上がりました」

「お疲れ様です!お邪魔します!」


 

 大きなビルの最上階。完全に普通の会社に見える昴さんの組織のお部屋に到着しました。

 入館証もあったし、エレベーターにはスーツの人達しかいなかったし。こんな大きいビルなの?


 ケイがすれ違う人に、度々頭を下げられてるから本当に偉い人なんだな、って実感してしまった。

怖い人がいないから余計に普通のビジネスビルに入ったみたいに思えた。


 大きな部屋の中はワンフロアになっていて、ソファーとローテーブル、社長室みたいな豪華なデスクが3つ並んでいる。




「おはよう、蒼。ラーメン食べてきたか?」


 チヒロさんがパソコンの脇から顔を出してくる。あっ!メガネしてる!!

色からしてブルーライトカットかな……?メガネもとてもいいですねっ!




「はいっ!ラーメン美味しかったです!」


 笑顔で返事していると、チヒロがハッとして立ち上がり、早足で近づいてくる。

 

「買った服、着てくれたのか?かわいい…」

「ちょっとー。うちの姫にちょっかい出さないで貰えますかぁ」


「ケイ。書類できてるぞ。早く行け。」

「ちょ、酷くない?お茶くらい出してよ」


「お茶を出してる暇はない。さっさと行ってこい」

「うぇーい」


 げんなりしながらケイが書類を受けとり、手をヒラヒラさせながら部屋を出ていく。……が、頑張って下さい!




「さて、じゃあ蒼には事務処理を手伝ってもらうぞ。ここに来たらタイムカードを切ってくれ」

「タイムカードあるんですか!?」


「あるさ。表向きは普通の会社と同じだ。ちゃんと給料も出すから」

「お、お給料もあるんですか?!」

「あるに決まってるだろ。ほら、こっち来て」


 


 チヒロが手を引っ張り、チェーン店時代に嫌という程使ってきたタイムカードの機械を指さす。

 ひらりと見慣れたタイプのタイムカードを手渡された。

私の名前が書いてある。チヒロの字?角張っているけれど綺麗な文字だ。

 文字をなぞる。筆圧が強いのか、文字に合わせて強めのでこぼこした感触が指先に伝わってくる。ふふ、チヒロはこう言う人なんだな…。


 


「ここにカードを…漢字間違えてるか?」

「あ、いえ。大丈夫です。タイムカード久しぶりだなぁって思って」

「そうか」


 カードを機械に刺すと文字が印字される。懐かしいなぁ。タイムカードの横にあるボックスに差し入れるけど、うん。私のしかない。

 

 もしやわざわざ買ったんだろうか。




「荷物はここ、デスクはボスのを使ってくれパソコンのパスワードは覚えてくれるか?」

「はい」


 三つ並んだ真ん中の大きなデスクに座る。ごーじゃすなですく。大きい。イスの座り心地も大変いいですね。



 

「今日の仕事だが、マッピングをして欲しいんだ」


 背後からチヒロがマウスを動かしてくる。はわわ…距離が近いです。

 この前ご飯の時は感じなかったチヒロの優しい甘さの香りが私を包み込んできた。




「マップはここに保存してある。大通りと小道を色分けしてなぞる。こういう感じ」


 航空写真の地図に色分けしながら道路をなぞっていく。なるほど、そういう感じですね。


「私でも出来そうです!」

「ん、分からなければ聞いてくれ。数は多いがゆっくりでいい。ブルーライトカットメガネは使うか?」


「あ、いえ…メガネつけると頭痛くなってしまうので大丈夫です」

「わかった。横にいるからな」




 にこ、と僅かに笑みを浮かべてチヒロが左横のデスクに座る。

あれ、煙草吸うのかな。脇に灰皿が置いてある。


「煙草吸うんですか?」

「あぁ…徹夜の時だけな」

「徹夜されるんですか?」

「そういう時もある。蒼にはさせないが」

「むむ…」


 そんなに忙しいのかな?よし!頑張ってお仕事するぞぉ!!


━━━━━━



「しまった。おやつの時間がすぎたな。蒼、一旦休憩に…」

 

 カチカチと響くマウスの音にチヒロの声が混じってくる。あともうちょっと。


「蒼、こんなに処理したのか?」

「後ちょっとで終わるので!」


「いやいや、かなり枚数あったはずだが。一旦休憩にしよう。お腹空くと困るだろ?」

「はっ!はい…そうですね」


 パソコンから目を離すと、目の前にグレーの瞳が現れる。ケイがさっきの話を共有してくれたのかな。ちょっと恥ずかしい。



 


「休憩も仕事のうちだからしっかり休まないとダメだぞ。お菓子持ってきたから沢山食べるといい」

「チヒロのお菓子ですか!やった…!」

「甘いものでいいだろ?」

「はいっ」


 ケトルの電源を入れて、チヒロがカバンからクッキーを取り出してくる。

クッキーサンドとは違う色してるっ!


「チョコクッキーだ。ココアがあと少しだったから分量多めで苦いけど、チョコチップが沢山入ってる」

「わぁ!!」




 暖かい紅茶とチョコクッキーを載せて、ローテーブルに招かれる。

 ここもふかふかのソファーなんだ。こういうのって普通はセットで売ってるんだけど、このクラシックな見た目はケンジントンでは無いでしょうか。うん。考えるのをやめよう。この人たちの周りは恐ろしい物品だらけだ。


 

「いただきます」

「召し上がれ」


 紅茶に口をつけて、ほっとため息を着く。クッキーもサクサクしていてほろ苦いくて甘い、チョコの味が幸せを運んでくる。

 ううん!おいしい!

 

「蒼のやったマップチェックしてくるから、ゆっくりしててくれ」

「は、はい…」


 


 チヒロが私の座っていたところに腰を下ろして、ポチポチしてる。

ちゃんとできたか心配だなぁ。

 見た感じ組織ビル周辺の道路だと思うけど、最近大きな工事があったりして道路が細かく変化しているみたい。


 マッピングするって言うことは、お仕事柄追いかけっこするのかもしれないと思って…車幅別で通れそうな道も印をつけたけど、やり過ぎかな?


 

「蒼、この白と赤と緑はどういう意図だ?」

「白はケイの車が通れる広さ、緑は一般的な車幅、赤はバイクなら行ける道です」


「凄いな。何も言ってないのに。何を想定した?」

「追いかけっこですかね。車道だけだと意味が無いかと思いまして。やりすぎましたか?」


「いや、後で足そうと思っていたんだ。助かる。それにしても処理した数が尋常じゃないんだが。パソコン得意か?」


 画面からちら、と目を離したチヒロがすぐに画面のチェックに戻る。

 メガネに画面が写ってる。次々に地図が表示されては消えていく。

チヒロだってすごい速さなんですけど。私はあんなの無理!




「お仕事と事務は切って離せないので一通りは出来ますけど。文書作成は誤字が凄いのでお勧めしません」


 ふ、と微笑みが浮かぶ。


「誤爆王か?」

「よくそう言われましたねぇ。何度も見直してるのになぜ残ってしまうんでしょうか。絶対おかしい」

「…面白いな」

 

 チヒロが握った手を顎に添えて、パソコンを見ながら笑ってる。

誤爆王は間違えて打ってないのに、パソコンさんのせいです!

 嘘です。…ごめんなさい私のせいです。何回見直しても必ず残る誤字はどうやっても無くせた試しがない。




「うん、いい仕事だ。期待以上だよ。マッピングが終わったら動画でも見て時間潰しててくれ」


 向かい側のソファーに座ってチヒロはスマホをポチポチしてる。

もうチェック終わったの?早いなぁ…。


「お仕事はおしまいですか?」

「用意していたのが終わってしまったんだ。ここまでパソコン得意だとは思わなかった」


 残念、そうなのね。しょぼん…。




「普段動画は何見てるんだ?」

「私、アニメが好きでですね」


 そう、私はアニオタなのです。最近はお客様がおすすめしてくれたモータースポーツのアニメをよく見てた。

 免許は所持してるけど、あんなふうに走らせたことは無かったから本当に面白い。


 お客さんは「なんでキャラクターじゃなくて車の方なの?!」と叫んでいらしたけど。キャラも好きだけどあのアニメを見て車に興味を持たないなんて無理なのでは?

 ちなみにスポーツカーにしか興味が無いのでケイのSUVは微妙なところ。あれはポルシェのカイエンだとは思う。多分。



 

「アニメはケイがみてたな。Cチャンネルっていうのが…」

「見ます」

「食い気味だな。ケイのパソコンで見られるぞ」

「ひゃっほう!!」

「そんなにか」


 若干呆れた目で見られるけど、続きが気になっていたから嬉しい!ボスのおうちはテレビがないから。




「スマホにアニメのアプリ入れといてやる」

「ありがとうございます!!」


 差し出された手に素直にスマホを渡して、パソコンに戻る。

お仕事を早く終わらせて動画見よう!!



━━━━━━


 

「すごい音だな?」

「あっ、ごめんなさい。イヤホンありますか?」

 

 現在主人公がいろは坂でバトル中なので。車のタイヤが出すスキール音が室内に響いてしまっている。




「いや、いいよ。何見てるかわかった方がいい」

「そ、そうですか」


 このアニメの特徴なんだけど、キャラクターが喋る時は基本的にボソボソ喋るから音量が下げられないんです。ごめんなさい。

 はっ!MSXがそろそろ必殺技を!


「わあ、飛んだぁ!!」

 

 バトル相手の車がカーブをショートカットするために空を飛んでる。

えぇー、こんなのできるの?着地ができても下は歪まないのかな…現地を見てないからなんともいえないけど、これはちょっと厳しいかも。




「車が空を飛ぶとは恐ろしいアニメだな」

「これはさすがに無理だと思います…」


 登場人物達は突飛な走りをするけど、このアニメの魅力は車の描写。人物は当時のアニメらしくブレブレで作画崩壊してるけど車は絶対崩れないんです!本当に素晴らしい。


「車の運転出来るのか?」

「出来ますよっ!車は持ってないですけど」


「そうだよな。組織の処理が落ち着いたら買おうか。何が欲しい?」

「えっ??車?!私一文無しですし…ローン組めない気がします…」


「あー、財布まだ戻ってきてないな。急かしておく。免許は再発行手続きしてある。金に関しては気にしなくていい。どうせ会社の金で買うんだから。蒼の負担はない」

 

 そ、それはいいの?車まで買ってもらうのはどうなんだろう。うーん。欲しい車は、決まってますけど。


 


「で、何に乗る?」

「あの、その…買っていいならFDがいいです」

「FD?そんな車あったか?」


 カタカタカタ、とチヒロさんがパソコンに打ち込む。

「あっ、RX7です。FD3Sで出てくるかと」

 


「出てきた。随分古い車だな。スポーツカーがいいのか?」

「推しが乗っていまして」

「推し?アニメのか?」



 立ち上がったチヒロが画面をのぞきこんでくる。

「あっ、この回にはあまりでてなくてですね、こちらです」


 映像を止めて、推しさんが出てくる回をポチポチして表示する。




「派手だな」

「さすがに黄色はちょっとあれなので。黒とか?」


「ふむ、なるほど。男はワイルド系が好きなのか?」

「そういう訳じゃないんですが、彼の生き様というか、パッションが好きです。お兄さんも好きですよ。この人です」


「パッション…」

「はい」




 私の推しはレースが忙しくて告白してきた女の子を振っちゃうんだけど、そこがまたいいのです。お兄さんも好きだけど…2人まとめて推しと言っても過言ではないかも。


「ふぅん?見た目の雰囲気ならケイに似てるかな。吊り目だし」

「うーん?性格が違いますし、見た目で好きになった訳では無いですけど。お兄さんならチヒロにそっくりでしょう?」


「確かに…2人ともタイプが違うように見えるが、どういう人が好きなんだ?」

「うーん。静かで優しい人かな?男性の好みで言えばお兄さんの方が好きかも…」

「…なるほど」


 なんか微妙に笑ってるけどなんだろう?はっ、続きを見なくては。



━━━━━━


 

「えっ!?アニメ好きなの?しかもこれが??」

「はい」


 帰ってきたケイと昴さんが、動画を見ている私の後ろで腕を組んでる。




「昴、車はRX7が良いとさ」

「スポーツカーか。構わないが、もう生産されて居ないぞ」


「マジ?!ロータリー好きなの?」

「は、はい」


 顔に熱が集まってくる。趣味を披露しているような気がしてくる。オタク趣味を暴かれて恥ずかしい…。




「もう少し硬い車の方がいいんじゃない?BMとかベンツとか」

「BMWならM4かな。ベンツはAMGのGT?でもどちらも高すぎますねぇ」


「M4…?M3ではなくか?」

「昴さん、M3クーペの2ドアモデルは現在M4と呼ばれています」


「車オタクでもあるわけか」

「どちらかと言うとそうかもしれません」


「いやいや、メーカー言っただけで車種が出てくるなんて、完全にオタクでしょ。俺そこまでわかんないよ」

 

 昴さんもケイも苦笑いになってしまった。ううっ。恥ずかしい!


「蒼がそもそもモータースポーツ好きなのは意外だろ。びっくりした」

「確かにな。イメージにはなかったな」

「うーん、面白いねぇ」

 

 三人して見つめないで欲しい。私のイメージってどんななんだろう?


「あぁ、そうだ。財布受け取ってきたぞ。免許もできていたから中に入れてある」

「はっ!!私のお財布!」




 昴さんから手渡されて、脇に入れていたメモを取りだす。


「わたしのメモちゃん!」


 昴さんが最初に残したメモ!ちゃんと残ってた。手のひらで握りしめる。

 今日ポケットに入れてきたメモたちも合流して、同じ場所にしまい込む。

もう一度最初にもらったメモを開いて、ちゃんと戻ってきてくれたメモに笑いかける。

 おかえり、わたしのメモちゃん。




「そこなのか。一応中身を見て欲しいんだが」

「あっ、そうでした」 


 お財布の中身は、あら?キャッシュカードとクレジットカードがない。新しくなった免許と現金、ポイントカード類だけになってる。


「足がつくから申し訳ないが数枚カードは処分させてる。あとで現金を渡すから」

「ねぇ、これお財布変えた方がいいんじゃない?結構古いよね」

「というか昴は何故赤くなってるんだ?」

「あっ、ほんとだ」


 昴さんが真っ赤になってる…なんで?

 チヒロさんとケイが私が握りしめたメモを見つめた。




「…これか?」

「ぽいねぇ」

「うるさい。ケイが言う通り財布は変えた方がいいと思うが」



 ケイとチヒロにジト目で見られて昴さんが睨み返してる。何のやりとりなの…?


 私が買った覚えのないお財布はグレージュのシンプルなもの。いつ買ったのか覚えていないということは、恐らく記憶のない年に買ったものだとは思うけど。

 確かにちょっとくたびれてはいるかな。角が丸くなって、ちょっと縫い糸がはみ出てる。



「いつ変えたんだ?」

「買った覚えがないので、記憶が無い歳に買ったんだと思います」


「5年以上使ってるってこと?!」

「物持ちがよすぎるだろ」

 

 うーん。お財布なんてなんでもいいと思うけど。買い替えるのは穴が空いた時くらいじゃないのかな。


 

 

「普通どれ位で買い換えるんですか?」

「一年位じゃないのか?」

「俺もそんくらい」

「縁起物としてなら3年が普通だな。俺も一年で替えてるが」


「えっ!?皆さん絶対ブランド物ですよね?」

「「「当たり前」」」


 当然のような顔でハモらないでください!

当たり前じゃないです!私は持ったことありません!しかも一年なんて……。




「これから買いに行くか。予定もないし」

「俺も行くー」

「じゃあ俺も」


「いやいやいや、私はこのお財布でいいです」

「貧乏になるぞ」

「そうだよ。お財布は綺麗なの持ってないと」

「そろそろ替え時だろう。どう見ても」


「何度も言いますが一文無しなんですから!キャッシュカードもないし」

「キャッシュカードは今後持てないからな。三人財布がいるんだから問題ない」

 

「いやぁ……あのぉ」


 どうしてそんなに食い下がってくるのぉ…?

 

「2人とも服買ってあげたんだから俺が買うよ。どこで買う?」

「えぇ?なんか私、パパ活してるみたいじゃないですか」


「「「パパ活じゃない」」」

「はい……」


 

 しまった。敏感なお年頃だった。



 

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