【完結】爪先からはじまる熱と恋

只深

第1話 差し出された手


「おはようございます」


 私の小さな声が朝の挨拶を告げる。

 開店から数年経った小さなマンションの一室は白に染められ、窓から差し込む柔らかい光に満ち溢れていた。


 1人で仕事を始めてもうだいぶ経つのに、誰にともなく挨拶をしてしまう癖が抜けないな。


 複数ある窓を開け放ち、空気を浄化するホワイトセージを燻して煙を立たせる。

 独特なハーブの香りはすっきりとした香りを纏って白い空間に広がっていく。

 効果があるのかはよくわからないけど、お祝いに貰った大量のハーブはまだ消費し切れていなかった。




 タイマーセットしておいた冷房の風を弱め、サーキュレーターのスイッチを入れる。

 夏の日差しの中で容赦ない熱気が汗を止めてくれない。でも、ひんやりした風に吹かれてるとしあわせだなぁ…。

 冷房の風に栗色の髪を靡かせて、ため息がひとつ落ちる。


「よし、準備準備」



 小さなタブレットのロックを外し、ヒーリング系の音楽をかける。

 ゆっくりとしたクラシックの響き渡る室内でキッチンの扉を開き、蛇口のハンドルを捻った。

 ぬるい水を出し切った後にバケツを差し入れて水を溜め、すぐそばに干してあるハンドタオルを沈み込ませてアロマオイルを垂らす。

 温めたタオルはここを訪れる人たちが大好きな癒しアイテムのおしぼりだ。

 女性でも男性でも温かいタオルに包まれた瞬間になんとも言えない声を出してしまうのは共通だった。

 私自身が好きだからこれは必ずサービスしてる。




 鏡の前に立ち、真っ黒なロングエプロン、肩までのストレートな髪を髪ゴムで一つにまとめてじっとその姿を見つめる。

 眉を整えるのはちょっと苦手。チェーン店に勤めていた時代に先輩に散々教えてもらったのに結局は身に付かなかった。最低限だらしなくないように整えていれば、接客中はマスクを外す事もないし。わずかに目の周りだけを装飾するのみにとどめた平凡な顔。


 栗色の髪、色素が薄めの茶色い瞳、眠たそうな瞼が重い顔。

中肉中背としか言いようのない身体。平凡を極めた私はエプロンをしてマスクをすると、多少マシになったように見える。


「よし」


 身支度を整えて、タブレットの予約表を確認する。今日の予約は満席。朝はうちで唯一の男性のお客様。

 デスクライトをつけて、テーブルの上にキッチンペーパーを敷く。

 ウォーターサーバーから熱湯を注いでボウルに入れて準備が完了する。



 《ピーンポーン》 


 優しく間延びしたチャイムの音。パタパタとスリッパの音を響かせながら走って、インターホンを覗く。

 スーツ姿で隙のない微笑みをたたえた男性。汗一つ額に浮かんでいない。どうしていつも涼しげなのか不思議で仕方ないがこう言う人なんだとなんとなく納得してしまう容姿を抱えたその姿が朝日を背負っていた。



「おはようございます、今開けますね」

「ありがとうございます」


 ロックを開けて、玄関前で待機する。



 彼は訳ありのお客様で、来店時には緊張してしまう。

 プライベートサロンを謳っている小さなお店に異性を入れてしまうのは気が引けたが、出会いからして強烈だった彼は私の思惑とは別に足繁く通い詰めてくれていた。


 足音が近づいてくる。そっと玄関のドアを開き、ほのかに笑みを湛えた彼を迎え入れた。


「どうぞ」

「お邪魔します」

 

 スリッパを差し出し、ピカピカの革靴が目に入る。

大きな手がそっとドアを閉めて、それを脱ぎ、礼儀正しく揃えてスリッパに足を通す。

 パリッとノリの効いたシャツ、オーダー物のスーツを着込んでスーツの上からでもわかる体躯のしっかりした風貌。

 涼しげな所作で重さを感じさせないものの、わずかな動作でスーツの下の筋肉が動くのを感じられる。

 ドアを潜る時も僅かに頭を下げるほど背が高い。

 濡羽色の髪、深青の瞳、童顔とも言える顔は健康的な肌色の顔におさまってエキゾチックな様相だ。


 失礼だと思いつつもしっかり観察してしまった。きゅっとしまったウエストに感心してしまう。

 (なんて綺麗な人なんだろう)

 心の中でつぶやいて、来店時の決まりである手洗いうがいを済ませた彼を誘導してデスクの向こう側へ着席してもらう。


 両手を差し出した彼は微笑みを深くしながら、口を開いた。

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 彼が口に出した男性らしい低い声に心臓がどきりと音を立てる。それを緩やかに抑えて、仕事を始める。



「今日もケアとマッサージでよろしいですか?」

「はい。」

「暑くなりましたね」

「夏本番ですね。スーツは暑くて仕方ないですよ。車でもなければ汗をかいてしまう」

「ふふ、本当ですね。室内が暑ければ言ってください」

「はい」

 


 爪を観察しながら告げると、幼い顔の彼は一層笑みを深める。大きな体の彼が可愛らしくなる瞬間だった。


 がっしりしている手は傷の跡が沢山ある。豆が潰れて硬くなった手のひらを支えながら、爪を切り始めた。




「少し脆くなっていますね、お野菜は食べられてますか?」

 チラリと目線を上げると彼の双眸の下には濃いクマが鎮座している。

「最近忙しくて…すぐにバレますね」

「爪は生活の鏡ですからねぇ。簡単なものでもちゃんとお腹に入れてくださいね」

「はい、気をつけます…」



 爪やすりを通しながら素直な応答に思わず口の端が上がる。

 忙しい中でもこうしてお店にに訪れてくれる。一歩でもここから外に出たらなんの関わりもない彼がやってきてくれることに喜びを感じている自覚がある。

 

 熱湯を注いだ小さなボウルはちょうどいい温度になっている。指先で確かめて、右手をそこに鎮めると小さなため息が溢れた。

 お疲れのようですねぇ。


 左手をもう一度観察して注意深く爪を切り、優しくヤスリを挟み込む。規則正しいヤスリの音に耳を澄ませて集中していく。


 彼と出会ったのは梅雨の時期。長い雨がようやくあがろうとしていた晩のことだった。


━━━━━━


 いつもの通り予約が立て込み、仕事が終わったのが夜中の0時。終電まで後5分しかない。駆け足で階段を降りて集中ドアを開けたその時、エントランス脇の木陰がかすかに音を立てた。

 真っ暗な中、木陰に人がいる。

 驚いてドアの影からそっと覗くと白いシャツにネクタイ姿の人がいる。

 腕から血を流して顔を顰めうずくまるその姿に息を呑み、しばらくそのまま沈黙を保った。


 マンションのすぐそばの駅から終電が滑り出し、それを見つめて覚悟を決める。



「あ、あの…濡れますよ」

 

 精一杯の声を振り絞って傘を差し出した。

 振り向いて見開かれた目。僅かな街灯の光を灯したその瞳に自分が映り込む。


「放っておいてください」

 

 驚いたのも僅かの間、整った顔を歪めたままの彼がふいと目線を逸らす。腕の血を隠し、握りしめた手から血がじわりと滲んだ。

 伏せられた長いまつ毛に雨の雫を宿している。どう見ても男性であるこの人を一人の部屋に招き入れるのは危険だと分かっていても…放って置けなかった。

 

「雨に濡れると、怪我に良くないと思います。応急キットがありますから、手当てだけでもしませんか?」


 傘を差し出したままじっと見つめていると、彼はもう一度振り向き…差し出している本人の髪に雨が降り注ぐのを認めてため息が漏れる。


「お願い…します」


 小さな呟きで了承され、店舗へと引き返す。バックヤードのソファーへ座らせて棚の上にある応急キットを取り出して差し出す。


 彼は少しだけ迷った後にワイシャツを脱ぎ捨て、黒いTシャツ姿になる。引き締まった筋肉が滑らかにまとわれていて思わず目を逸らした。

キットを開いた彼はテキパキと自分で処置をしている。怪我に慣れてる様子。

 二の腕にある切り傷はそこまで深くはないものの…通常では受けるような傷ではないことくらい理解できた。

 

 雨で濡れた彼にタオルを手渡し、ケトルの電源を入れる。

お土産にいただいたバラのジャムをカップに放り込むと小さな唸りが耳に届く。

 利き手を怪我しているようで、口の端に包帯を咥えながら四苦八苦して居るようだった。


「巻きますよ」

「…すみません」

 

 包帯を受け取って、お互い苦笑いしながらそれを巻きつけていく。うーむ…二の腕の逞しさに感心してしまった。スラリと長いその腕はかなり鍛えられていて、力を入れなくても育った筋肉がみっちりと詰まっている。


「キツくないですか?」

「大丈夫です」

 

 ぺこり、と頭を下げられて頷きながらちょうど湧き立ったお湯をカップに注ぎ、そのまま手渡す。

 両手でそれを受け取り、腕を動かしたことで眉を顰めた彼にまだ開けていないロキソニンの箱を膝に置く。


「あの…」

「体が温まると痛みが増すと思います。飲んでください」

 水を注いだカップも追加で手渡して、血の染み込んだワイシャツを手に取る。

 お店で使って居るアセトンで血抜きが出来るはずだ。


「血抜きしておきますから、ゆっくりしていてくださいね」

 

 両手にカップを抱えたまま茫然とした彼を部屋に残し、キッチンで腕の部分だけ洗剤をつけて洗い、丁寧にアセトンでシミを抜いていく。

 流石に切れた袖部分を縫うのは道具がないけど…仕方ない。と納得させながら部屋に戻る。


 ドアをノックしても返事がない。そっと扉を開けるとソファー横のサイドボードに空のカップが二つとロキソニンの箱が開けられて置いてある。

 ソファーに横になって居る彼が静かな寝息を立てていた。


 解かれたネクタイを拾い上げ、ワイシャツと一緒にハンガーにかける。

 痛みがおさまって居るといいんだけど…と彼の顔を覗き込む。


うっすらと瞼が上がり、長いまつ毛の奥に青い瞳が見えた。

 頰が赤く染まって、じっと自分を見上げてくる彼はまるで手負いの猫のように頼りなく寂しそうな顔。


「「……」」


 お互い無言で見つめ合った後、包帯が巻かれた腕が伸びて体を引き寄せられる。

「ひゃっ!あ、あの…ちょっ…」


 抱き抱えられるようにソファーの上に持ち上げられて、しっかり抱きすくめられてしまう。甘くて暖かい匂い。香水…?ムスク系の香りが体を包み込み、もがいてみても抜け出せない。


「彼女さんと間違えた…?」

 


 瞼を閉じて寝息を再び立てて居る彼はびくともしない。

 どうしてこうなったの??

 悩みながら整った顔を思わず見つめて観察する。

 目の下の薄いクマ、唇がプルプルして柔らかそう…僅かに開いた口から温かい吐息が顔をくすぐってくる。

 心臓がうるさい…あまりにも綺麗な顔を眼前に掲げられて戸惑いを隠せない。


「うーん、うーん…」


 悩みながら、心臓を抑えるために目を瞑る。

 モゾモゾ動くと腕にさらに力が入って、頬に唇が当たってくる。跳ね上がる心臓はもはや制御下にありません。

 だめだ、動いたら危険だ…。悩みながらも体の力を抜いて居るうちにいつの間にか眠ってしまった。



 目が覚めて、彼がいなくなった空間で一人、起き上がる。

 カップが置いてあったサイドボードからそれがなくなっていて小さなメモが一つ。


『ありがとうございました。連絡を下さると助かります』

 

 簡易な言葉の後に電話番号が記してある。なんの躊躇いもなくそれを自分の携帯に登録して、SMSでメッセージを送って…その後からやり取りをして、今の状況に落ち着いて居る。


━━━━━━


 一通りのケアが終わってアロマオイルを手に取り、保湿しながらマッサージしていく。

 指先の毛細血管が開いて滞っていた血が巡り、血色が良くなってきた。



「本当にお上手ですね…疲れが取れました」

「ふふ、お役に立ててよかったです」



 彼を笑顔で見送り、満足感で満たされる。週に一度この日を迎えるたびに心が暖かくなる。

 おかげで今日も1日頑張れそうだ…と呟き、次のお客様のセッティングに手をつけた。


━━━━━━

 

 「困ったなぁ…」

 小さく呟いた声は、土足で上がった男たちの喧騒にかき消えていく。


「おい!金はどこだ!?」

「お金はレジに…」



 言い終わる前にキャッシャーが引き出され、中にあるレジ金を掴んでばら撒かれる。

 コツコツ毎日働いていたのに…それはやめて欲しかった。1日分じゃないのにな。



「こんな端金な訳ねえだろ!?情報ならあるのか?」



 胸ぐらを掴まれて持ち上げられて、息ができない。

 

「お金は…それしかないです…情報?」


「テメェアイツの情婦だろ!?隠してもためにならねぇぞ」

「…ご結婚してる方とお付き合いはありません。どなたの事です?」


「はぁ!?黒髪碧眼のイケメンだよ。週一できてるだろ?他の客とは明らかに周期が違う。しらばっくれんな」




 うーん。彼のことだとは思うんだけど、指輪はしてなかったけど結婚されてるのかな?周期が違うのはジェルネイルとケアの場合の違いだけど、この人たちが理解できるとは思えない。

 どうしよう。


「黙り込んでんじゃねぇ!」



 ハンドガンを胸元に突き刺され、肌が擦れて痛い。すごーく嫌な予感がする。


「デケェのぶら下げてんだからここに聞いてやる」

 

 そのまま力任せに引っ張られ、お気に入りの下着とワンピースのボタンが弾け飛ぶ。

 あぁ…高かったのに。一張羅のお洋服が…。


「アニキ!ソファーありやす!」

「おう、連れてけ」


 背の低い男が私を担ぎ上げて、乱暴にソファーへ投げられる。

 着地の瞬間に体を丸めたけど、肘掛けに後頭部がぶつかって目の前に火花が飛ぶ。ホントに痛い。ぶつけた衝撃で口の中も切れたみたいで血の味が滲んだ。



「アニキに手を煩わすわけにいかねーからなっ!」

 小さな男が布を引き裂いて、見るも無惨な姿に成り果て…私は目を瞑った。


「手を上げろ!」




 低くて艶のある、独特の声。今朝聞いたばかりで聞き間違えるはずもない。

 そろり、と瞼を開けると息を切らした彼がハンドガンを構えて居る。青の双眸がチラリと私を見て、細く引き締まる。


「出てこい」

「で、でるかよ!?アニキはどうした!?」


 問われた彼が答える間もなく、複数の黒い影が背後から現れる。みんな土足で上がってる。…お店の白い床が真っ黒になりそう。


「武器を捨てて首の後ろに手を組め」

「す、するかよ!こっちには人質がいるんだぞ!」


 首根っこを掴まれて、引っ張られて持ち上げられる。

 痛い!もう。今日は痛いことばっかり…。



 私の姿を見つめた彼の目が見開かれ、青の中の瞳孔がぎゅっと開く。

 くぐもった銃声、目の前の人間の額から血が溢れて倒れていく。引っ張られて倒れ込みそうになり、彼の腕に支えられて抱きすくめられる。


 触れ合った胸から激しい鼓動が伝わってくる。

 汗でしっとりとしたシャツが急いで来てくれた事を教えてくれる。…どうして、わかったの?


「…すまん。私のせいだ」

「ええと、あの…」

「……」


 結ばれたままの手を胸元で掲げて、露出を隠す。

 悲痛に歪んだ顔が目を閉じ、私の首に衝撃が落ちて…真っ逆さまに闇に堕ちていった。


━━━━━━


「組織の人間の可能性は?」

「ない」

「でも、調べないとわからないでしょ?」

「ありえないと言っている」


 三人の男の人の声。不機嫌な声は彼のだとわかるけど…他の人は誰?

 重い瞼を叱咤して無理やりこじ開け、瞬く。ふんわりいい匂いが漂ってる…嗅ぎ慣れた、彼の匂いだ。


「気が付いたか」




 駆け寄って来た彼に脈を取られて、ホッとため息が落ちる。

 体に柔らかい感触。手首がヒリヒリしてるし、頭と胸と口の中が痛い。持ち上げられた時に擦れたのか、顎の下からも痛みの主張がある。

 

 大きなジャケットが私に着せられてる。この匂いがするっていうことは彼のなんだろう…。腕が長いのか私の手がすっぽり覆われている。

 ボタンがしっかり閉められた中を覗くとあれが夢じゃなかった事実を叩きつけられた。私のワンピースは帰らぬ物となりました。


「頭を打っているから医者に見せたが問題ない。痛むか」

 強い口調の彼はいつも降ろしていた柔らかい髪を半分上げて、精悍な顔つきをしてる。



「痛いのは…そうですけど」

「すまん。説明は後日だ」

「安齋さん」

「それも偽名だ」


 あまりにも簡素なやり取りに胸が萎んでいく。

 そっか、偽名だったんだ。体の痛みよりも、サロンをめちゃくちゃにされた事よりも、その事実が私を打ちのめしてくる。

 私に嘘、ついてたんだ。




「君はあいつらと面識あるのか?」


 彼の横で仁王立ちして冷たい目線が落ちてくる。

 さっぱりした黒髪の短髪は前髪が長く整えられていて、クールビューティーと形容できるような日本美人な様子。猫目の中は灰色の瞳で冷たさがより増して居る。


「数日前に来た水道業者さんの筈でした」

「詐欺でよくある手口だろ…中に入れたのか」

「はい…」


 はぁーっ、と特大のため息。私も迂闊だったとは思う。上げなくてもこうなった可能性があるのは分かるけど、下見をさせてしまったのは良くなかった。


「しかもだ、度胸がありすぎる。普通泣くところだぞここは」

 

 呆れ顔で言われてしまうが、私としてはまだ受け止め切れていないというか…いや、そうじゃないかも。

 だって彼の偽名の方がショックだったし…私自身自分のことがよくわかっていないから自信がない。


「うるさいよりいいでしょ?嘘ついてるかどうかもわかるしさ」

 

 にっこり微笑みを浮かべながらしゃがんできたのは反対側にいる男性。

 肩までの黒髪サラサラロングヘアーを耳にかけて、たくさんついたピアスが金属音音を立てる。

 釣り目の中は三人の中で唯一日本人らしい色。ちょっと黒すぎる気もするけど。大人っぽい色気があるけど、優しそうに見えて得体の知れない圧力が奥底に感じられた。



「で、どうするの?」

「うちに連れていく」

「ダメだろ…調べがつくまで置いていけ」

「この様子だと聞く気がないねこりゃ」


「わかって居るならわざわざ聞くな。…立てるか」



 大きな手が差し伸べられる。私が手入れした、艶々の手が物悲しい。わざわざこれを断っても私に利益がないことは誰でも理解できる事実だった。



 大きな手に私の手を重ねる。


 1日のうちに何度も触れ合うのは初めてのことだけど、私の心は静まり返って一つも音を立てようとはしなかった。

 

 

 


 


 

 

 

 

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