トゥエルブ 龍眠る世界にて 金髪青年の現実は理想を夢見る

善義

第1話

冷たい風が背の高い木々を揺らし無数の葉がカサカサと鳴る


木漏れ日が大地に降り注ぎ、小さな草花を彩る


動物たちは自然のBGMの中、自らの足や喉を使いコーラスを添える


人を寄せ付けない大自然。森に水色の自転車が乗り捨てられている。


異質なそれがカランと不協和音を鳴らす


そのさらに奥、森の中の崖または大きな穴とも呼べる場所が見えてくる



そこに1人の青年がいた


長い金髪でずんぐりむっくりつぶらな瞳がどこかあどけなさを彼の年齢よりも若く感じさせる


彼は慣れない足取りで、崖を降りているようだ


だらしがないお腹をこすりながら、崖の途中にできた踊り場までたどり着く


「ふー、はー」


青年が息をつく。額に汗が浮いている。


踊り場は青年が走り回れる程度の広さはある


かといって彼にそれをさせる勇気は持ち合わせてはいない


彼は背を丸め、そこから下の崖をのぞき込む


先が見えない崖の下の暗闇にうわぁと声を漏らし、唾を飲み込んでいる


そして後ろを振り返り崖に横穴が開いているのを彼は発見する


横穴の入り口は人間の背丈ほどの高さで、幅はそれよりも狭くなっている


よろよろとそこまでくるとリュックを降ろし、ライトをそこから取り出す。少しだけ迷っていたようだが中に入るのを決めたらしい


入り口は門を構えるように岩でできていたが、中は土を掘ってチューブ状に作られている。


彼はそこに吸い込まれるように入っていく。


どんどん狭くなっていく謎の洞窟、ついに彼は身をかがめ這うように進んでいく。





「はぁ」


自身の服装が間違っていることに気がついた。


白い使い古されたTシャツ一枚に黒の作業パンツ。


こういった場面に出くわすとは微塵も考えていなかったことに嫌気がさす。


けれど、この穴の先にきっと探しているものがあると信じている。


そう自分に言い聞かせ、ずるずると穴の中を這っていく。


「ぐほっ」


塵のようなものが暗い洞窟で舞う


穴の中が次第に臭くなる、野性的な臭いなのかそれとも生ごみのものなのか


それらが土の匂いと混ざり鼻の中に入ってくる。


(息がしづらい)


またライトを照らすと足の多くついた虫や木の枝、糸くずのような塊が映る。


数本の木の根らしき柔らかい細い棒が天井から垂れ、いく手を阻むのも見て取れる。


不気味なその穴の様子を確認しながら中へと這っていく。


(暗い けど いける)


10メートル程進んだと思った頃、不意に「ピーピー」と鳴く声が耳に入る。


ライトをその方向へとやるとその声の持ち主が2匹並んでいた。


(な 大きいな)


人の頭ほどの大きさの灰色の羽毛に包まれたヒナのようだ。


見た瞬間は驚いたが、今は当たりを引いた気分だ。なぜならそれを狙っていたから。


真ん丸とした目がこちらを向き、無邪気に手を振るようで可愛らしい。


(きっとあるに違いない)


そのヒナがいる場所まで数メートル、そこに探しているものがあると信じ、進んでいく。


「「ピーピーピー」」


木の枝でできた巣から大きな声をあげるヒナ


どうにか、穴の一番奥にたどり着く。その声の中、くまなくあたりを探す。


動物の死骸、虫、木の枝、石ころ・・・・・・・


「あった!」


やっとの思いで見つけたそれを拾いあげ、まじまじと見つめる。


(キレイだ・・・・・・・。)


それは人の腕ほどの長さの大きな羽根


誰もが想像するような羽ではない。模様が特別であった。


ひし形が3つ直線に並び、そのひし形の中に目を思わせるような二重丸が描かれている。


色は黒をベースに緑や赤、黄色で美しく描かれている。


そしてさらに特徴的であったのが、その羽根の先から延びる細長く白い羽毛である。


それにライトを当てるとキラキラと光を反射しながらふわふわと動いている。


あまりの美しさに今こうして暗い穴の中にいることを忘れてしまいそうになる。


(なんだか 吸い込まれるような)


その羽根から冷たい何かがそれを持つ腕から流れ込み、体の中をめぐっていくようだ。すると徐々にそれが暖かいものへと変化していく、そんな感覚があった。


(不思議な感覚だ でも ほんといいかんじだ)


やっと探し物を手に入れた。一日中自転車を漕ぎ、たどりついたこの森、そしてこの穴。


(手に入れるまで帰らない)


そう心に決めて、今まで無我夢中でここまできた


誰がこんなところに来るのだろう、人の気配など全くしない森だ。


かといって危険な状況に今のところ1つも遭遇していない。自分は運がいい。


「よし、帰ろう」




そう思っていたその時だ。


「「バサッ」」


穴の外、ここから見ると随分小さくなってしまったが、入り口の明かりから小さくその音がやってくる。


そしてその音で今の興奮が冷めていくのが分かった。


万が一のことなど考えもしていなかった。


やっと自分の置かれた状況が分かってきた。


(ヒナがいるってことは・・・・)


体をどうにか明かりの方向に向けUターンさせ、今考えてしまっている最悪のシナリオを確認しようとする


再度入り口の明かりを確認すると、人かそれよりも大きな何かが逆光を浴びているのが見て取れた。


そしてその何かがこちらに物凄い勢いで迫ってくるのが音でわかる


(まずい)


今まで気にしていなかったヒナの声が、いや、おそらく今まで以上に鳴いているのであろうそれが警告音のように鳴り響く。


自身の内側からも心臓が低く、早く脈を打っているのがわかる。


「「ガァァァァァァぁぁぁ」」


洞窟内を自身が触れている地面や壁を細かく振動させるほどの轟音が響く。


突然の大音量に警告音は消し飛び、さらにそれは自身の頭の中を真っ白にさせた。


多量の汗が頬を伝うのだけがわかる。


反射的に後ずさり、ヒナの巣を通り過ぎ行き止まりの壁に背をぴったりとつける。


「「ズサズサ」」


それが近づく音。それを聞くことだけに意識を集中させる。


(あっ)


右手に持っていたライトを落としてしまう。


そして、そのライトが入り口の方向を向き、迫ってくる者の正体を照らす。



長く大きな口ばし、ボディービルダーのように太い二本の前足、そして地に鋭く刺さる長く湾曲した爪。


想像をはるかに上回る存在に寒気が襲う。


そしてその怪物の口ばしが少し開き、長い舌がだらりと垂れる。そしてその先の黒く真ん丸の瞳が自身をとらえている。


何もできない。歯がガチガチと鳴る。


冷たい壁を背にし、再び鳴る警告音だけが耳に入る。


「「ぴぃぃ、ぴー、ぴー、ぴー、ぴっ」」



音が止んだと思った。次の瞬間。


(痛いっ)


それは止んだのではなく自身が、大きく動いているためだと気づく。


すねを固いところに間違って打ってしまったような鈍い痛み、そして背中を強く搔きむしられるような痛みが同時に襲ってくる。


怪物の大きな口ばしが左足を噛み、出口に向け自身を引きずっている。


(あでででででででででででっ)


仰向けに引きずられTシャツが胸元まで巻き上げられ、露わになったお腹がぷるぷると震えている。


あっという間に穴の入り口まで戻される。


次に映り込んだ景色はぐんにゃりと曲がった木。


((空中を舞う青年))



「「ドシーーーン」」



固い地面に背中を強く打つ


(イテテ)


呼吸すらままならないが、とっさに目を開ける。大きな足とそれに付いた爪が映る。


小さい頃に図鑑で見たワシの足に似ている気がしたが、大きさが違いすぎる。


(自分の2倍はある)


そして震える手で顔を覆いながら怪物の全体をとらえる。


異様に膨れ上がったもも、そのももと同じくらいの細い引き締まった腹部、風船のように膨れ上がった胸部。


重量挙げの選手のような肩、そこから左右に伸びるタクマシイ腕と、上に伸びる長い首。


顔はカラスの顔。全身黒い毛に覆われている。だがその体の所々に5百円玉程度の大きさのうろこがあり、妖しいメタリックな光を発する。


それらを背中の黒い羽が覆う。



そして目が合う。大きな真ん丸とした黒目だけのそれが自身を捉える。


怒っているのだろうか?


その黒目が何を語っているのか、それを知ることはできない。


どうにか緊張を和らげようと空気を吸おうと口を開けるが、それが入ってこない。



そんなことお構いなしに、突如として黒い怪物が物凄い早さで襲ってくる。


避ける間もなく右腕がそれの鋭い爪に捕まる。


あまりの激痛に溜まった肺の空気が絶叫とともに抜ける。


「「あああああぁぁっぁあ」」


逃げようと必死に地面をもがくが、爪が深く腕に食い込みその場から離れることができない。


動く左手で顔を覆い、襲ってくるやつを見上げようとする。


だがその瞬間、自分の意志とは別の、反射神経が顔を右に傾けさせた。


「ピ」という風切り音だけがする。


おそらく顔のすぐそばを物凄い早さで通ったであろうやつの口ばし。


やつが顔を斜めにしてこちらの様子をうかがっている。


左耳の違和感に気が付いた。顔を覆っていた左手をそれに移すとぬるぬるとした嫌な感触があった。


(あきらめよう もう 無理だ)


・・・・・・・・・・・・・・・。

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